第15話 一人と一匹、ブームを作りたい。

 異世界に転生してから早いものでもう二ヶ月。


 隠れ家の中に貯蔵した木材の香りのせいで、時々製材所で寝泊まりをしている気分になるけど、まぁ慣れれば悪くない。


 山あり谷ありというようなこともなく、基本的には面白おかしく生きている。それもこれも偏に頼りになる小さな相棒のおかげだ。


「あのさ、ホッチキス型のハンドミシン作った人って発想が天才なんだけど……あんまりネットの評価が良くないよな~」


【たしかに いとぬけ おおい みますね】


「でも直線縫いしかほぼ出来ないし分厚いものも縫えないけど、単純な物ならあれで充分だよな。要はこれでもう少し厚めの生地が縫えたりしたら良いんだろ?」


【いうはやすし と いいますし さいごは てぬいが いちばんなる】


「それそれ。手仕事ってやっぱ凄いよな」


 袖が擦りきれて着れないこともないけど、見た目が悪くなったストライプのシャツで作ったカバーをかけた、中身は三百円のクッションにもたれて励む針仕事。こういうのは黙々とやるよりお喋りをしながらの方が意外と捗る。


 今作っているのはあずま袋だ。エドの店でダブついていた籠の展示方法を変えた時に、ふと籠の形がかっちりしてると不定形な荷物を一個入れただけで、収納力が下がるという事実に気付いた。そしてこの世界にエコバックという概念はない。


 まぁ別にエコバックという概念がなくても良いんだけど、要はペタンコに出来る布の買い物バッグというのがないのだ。その地位には紙袋がいる。でも取っ手はない。しかも紙質が弱くてどうにも不便そうだった。そこであずま袋なのだ。

 

 材料は百均の風呂敷を三枚か、手ぬぐいを二本。レアアイテムでもなく、二、三枚柄と大きさの違う物を作って複製すれば良いだけなので、量産化しやすい。上手く隙間産業を狙えたら良いんだけど。


「でも現代でまだ保育園とか小学校にでたまに見かける手作り神話は、あれは駄目だわ。共働きでそんなこといちいち出来ない親もいるし、子供に一切手をかけたくない親もいるんだからさぁ。市販品あるなら買うっての」


【だから まりは ぬいもの じょうず ですか】


「上手……っていうか、普通。うちの親は後者だったからな。体操服のゼッケン付けとか、休み明けの雑巾なんかは自分でやった。直線縫いとかがり縫いは得意だ」


 あずま袋を縫いながらそう言うと、スマホを傍らに針山の針に糸を通してくれていた忠太が、テテテッと肩をよじ登ってきて、私の頬に鼻先をくっつけた。手にしていた針で忠太を刺してしまうと大変なので、糸を抜いて針山に戻しておく。


 微かに湿った感触とすり寄ってくる白いフワフワの身体に癒される。鼻と同じ小さなピンク色の手が頬を撫でてくれるのも嫌いじゃない。


「ネズミの掌ってさ、結構でこぼこしてるよな。ちょうど良い刺激を感じるわ」


 ふと零れたそんな言葉にも律儀に反応する忠太は、一度ジッと自身の掌を眺めてから、再び何を思ったのかペタペタと私の頬に触れた。可愛らしい張り手だな? しばらくペタペタと頬やこめかみをそうしてくれていた忠太は、疲れたのかバランスを崩して肩から膝に転がり落ちてきた。


 あずま袋で受け止められた忠太はすぐに体勢を立て直してスマホに向かうや、文字サイズを最大にして【まり いいこ いいこ】と打ち込んだ。


「ハハッ、何だよそれ」


【これからは ほめてのばす じだい】


 でかすぎる文字をこちらに向けて【いいこ いいこ】を連打する忠太を見て、ひとしきり爆笑した後の作業速度は、自分でも驚くくらい早くなった。


***


「おお、随分綺麗な柄の布地じゃないか。これも鑑定するのか――って、んん? 不思議な形に縫ってあるが、もしかしてこれも新しい商品か?」


「〝ああ。試作品だけどな。俺の国で古くから使われてる買い物袋だ〟」


 最近はだいぶ板についてきた商談後、エドがテーブルの上から買い取ったアクセサリー類を片付けたのを見計らってあずま袋を出すと、早速興味を持って食いついてきた。掴みは悪くない。肩に乗った忠太と視線を交わす。


「買い物袋? 冗談だろ。この柄と色使いで壁掛けタペストリーじゃないのか?」


「〝縫わないで生地のままならそう使えなくもないけど、これは買い物袋だ。俺の国ではこれを鞄にたたんで入れて持ち歩く。で、荷物が思ったより多かった時なんかに補助鞄として使うんだ〟」


「補助用なら紙袋があるだろ。あれなら無料だ。わざわざ別に購入してまで使う奴がそういるとは思えん」


 こっちの世界で袋はまだ無料らしい。エドは急激に興味を失ったのか、渋い表情で手にしていたあずま袋をテーブルに戻した。ここまではまぁ予測内だ。無料で使える物があるのに、敢えて金を払ってまで、それほど不満に思っていない現状を改善する人間はいない。


「〝今まで俺はあんたに損をさせてこなかった。最初はここにある六枚で良い。売り物の籠の縁から見えるように引っかけといてくれよ。あんたは置いてくれるだけで、買い取りはしなくて良い。一週間で一枚も売れなかったら、もう二度と持ち込まない。それでも断るか?〟」


 あずま袋の利点を教えた上で煽るように尋ねると、エドはそのスキンヘッドに青筋を立てた。すかさず忠太が肩から飛び降りて、テーブルの上のスマホに【ほかのみせ あたります まり むりいって こまらせる しない】と打ち込んだ。勿論これも打ち合わせ済み。


 最終的に六枚のあずま袋を引き受けてくれたエドには悪いけど、この人、商売人に向いてないんじゃないだろうかと思ったのは内緒だ。


【うれると いいですね】


「売れなくても、別に良いさ。忠太と何か作ってる時間好きだし」


【まり いいこ いいこ】


 そう言ってペタペタと頬に触れる忠太の手の感触にむず痒い気分になりつつ、一週間後の進捗を楽しみに歩く帰り道。ポケットに入れたスマホがメールを受信して、ブルリ、震える。

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