第14話 一人と一匹、魅せ方に言及する。

「マリ……いつもより早く納品に来てくれたのはありがたいんだが、本当にそれを店の壁にかけるつもりなのか?」


「〝さっきから何度も言わせるなエド。今日から俺が作ってきた商品は、全部これか他に持ってきたやつに陳列する〟」


 魚焼き網で展示用の枠を作ってから四日後。


 あの夜に入った臨時ポイントのおかげで、さらに素材コピー初級☆(一日六回まで。簡単な造形に限る)と、一度作ったアイテムの複製☆(一日六個まで。レアアイテム品は不可)を獲得。それで増やした商品も含めたことで、何とか見映えのする数を揃えたというわけだ。


 ――が。


 いつもよりかなり早く納品に現れた私達に対して最初は喜んでいたエドも、こちらがスケッチ用の画板や画材を入れる大型帆布バックからそれらを取り出すと、微妙に顔をひきつらせた。


 当然の反応だろう。エドの店の内装は地味ではあるものの、しっかりとしたレンガと木で造られている。そこに急にこの魚焼き網を使った謎の枠をかけたいと言われたら嫌だろう。


 今回持参したのは四角い枠が三と、刺繍枠のやつが二、後は指輪を展示する円錐形の台座がついたやつだ。四角い枠の物にはそれぞれ二枚ずつ鏡をつけてある。


「いや、しかしこの網のついた額縁になぁ……今お前の持ってくる商品はちゃんと売れてる。それを何でわざわざこんな真似をする必要があるんだ?」


「〝今の陳列方法だと視界に入る商品が限られてる。この店の商品はほとんど普通の雑貨だろ? 外からだとこの店にアクセサリーがあるようには見えない。一回来て買った客はまた来るだろうけど、知らない人間は知らないままだ〟」


「まぁそれはそうなんだが。元々うちは生活雑貨の店だ。ただお前の商品は一応店の中で一番目立つ会計場所の真ん前に置いてるぞ?」


 言われて指差された場所は確かに一番目立つ場所だった。けれど前世のデパートや雑貨屋を陳列の仕方を見てきた私には物足りない。はっきりいって、ウィンドウショッピングのワクワク感がないのだ。皆無。


 極力無駄遣いをしなかった私の財布の紐を緩ませるような、あのトキメキが存在しない。生活雑貨店にだってトキメキは必要だと思う。忠太は商品棚の上に立ち上がり、こちらのやり取りに頷いている。


 彼の前にはいつでもメール機能が使えるようにスマホを置いてあるので、私が口を滑らせた時はカットに入ってくれる手筈だ。


「〝それは感謝してるさ。でもな、女性向けの商品を並べるなら、当然女性向けに視線の高さを誘導した方が良い。特別な日にしかアクセサリーを買わない男性と違って、女性は日常で使える物も探してるはずだ〟」


 せっかく通りに面した大きな間口があるのに、そこから見えるのは両側に積み上げられた籠やホウキ、ロープ、バケツ、その他諸々。むしろ今までよく男性客達はアクセサリーの存在に気付けたものだと感心している。


「確かに一理あるな。だが何だってこの網に装飾品を引っかけて壁にかける必要があるんだ? 商品棚の上に立てかけとけば良いだろ」


「〝壁にかけとくのは、外から見えやすいようにともう一つ。盗難被害に合いにくくなるってことだ。視線の高さにかかってた商品がなくなったらすぐ気付くだろ? それに女性客はあんたに話しかけられるのは怖いと思うぞ〟」


 そう私が口にしたその時、ついに忠太が動いた。翻訳機能からメール機能に素早く切り替えられた画面にお叱りの文字が並ぶ。


【まり せいろんは ときに ひとを きずつけます】


 口を滑らせたのは何となく自分でも分かったけど、忠太のその言葉がまさにブーメランだったことはどうしたら良いんだろうか。しかしこの言葉に心が折れたのか、項垂れたエドは「……良いぜ……やれよ」と快諾・・してくれた。


 そんなわけで持ち込んだ商品の買い取りに加え、今回の陳列のしかたで売れ行きが上がったら、材料費と工賃を寄越すという誓約書を書かせてから作業に移る。ただ触っては駄目な物が分からないので、そこは店主を使って壁に枠をかけるスペースを作らせ、私達はかけられたそれらにフックを使ってアクセサリーを実らせた。


 四角い枠にぶら下げた鏡の両側には一番高値のついたピアスかイヤリングを、その下にそのピアスに合う見映えのネックレスをかける。そうすることで鏡を覗くだけでつけた姿を予想出来るようにしてあるのだ。


 可愛いけど高そうな商品は手に取りにくい。店員にも声をかけられたくない。でもつけたところを見てみたい。そういう要望を全部叶えてみた形がこれだった。指輪も全部はめた形で展示してあった方が断然分かりやすいと個人的には思う。


 幸先の良いことに、その作業中からこちらに興味を持ってくれた女性客が来店してくれ、立て続けに六点の商品がお買い上げされていった。この間、四十分。初日でこれなら手応えは充分だ。


 肩に乗ってフックにイヤリングをかけていた忠太が、ヒゲをブワッと広げてヒクヒクさせている。これが忠太なりのドヤ顔なのだろう。


 頷き返しながら次々に商品を引っかけていたら、背後から「すみません、その首飾り見せてくれないかしら?」「私はそのネズミちゃんが持ってるピアスを」と、私達を店員だと勘違いしたお客が声をかけてくるのでそれにも応じた。


 結局かけ終えた時には手持ちの商品は、店にあった前回の残りと合わせても半分くらいになっていたが、意外だったのは近くにあった籠やホウキといった物まで在庫を減らしていたことだ。


【まり すこし おもった ことが あります】


「奇遇だな忠太。私もだ」


【いしんでんしん】


「そうそれ。今言おうと思ってたとこ」


 連日深夜まで続けた作業と予定外の労働からくる疲労に負けて、店内の死角で忠太と一緒に蹲っていたら、不意に頭上から影が降ってきて。ゆるゆると重い頭を上げると、そこにはマグカップを手にしたエドが立っていた。


「あー……悪かったなマリ、チュータ。こんなに売れ行きが変わるってことは、オレがあんたの作品の価値を潰してたってことなんだろう。それなのに疑ってかかったりして、本当に申し訳なかった」


 そう言って差し出されるマグカップを無言で受け取って口をつけると、中身は蜂蜜がたっぷり入ったレモネードだった。爽やかな酸味と甘味が舌先を刺激する。でも私達が今欲しているのはこれではない。


「〝別に、こっちも急に無茶を言って悪かったしなお互い様だ。でもその良い心がけついでにちょっと大工道具を貸してくれ〟」


【もくざいと くぎと ものさしも ほしいです】


「お、おお。それは構わんが……今度は何をするつもりなんだ?」


 最初よりは素直に応じつつも、まだどこかこちらを不安そうに窺うエドを見上げ、私は忠太と一度視線を交わして口を開く。


「〝この店の眠たい陳列をどうにかしてやるって言ってるんだよ〟」

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