第12話 一人と一匹、市場調査に行く。
かれこれ三度目になる取引を終えて金の枚数を数え、それを空のボックスと一緒にリュックの中に片付けていたら、不意にだらけた姿勢でソファーにかけていたエドが溜息をついた。
「〝一応聞いてやるけど何の溜息だよ?〟」
「いやなに、最初は安く仕入れられそうなヒヨッコを見つけたと思ったんだが、あてが外れたなと思ってよ」
「〝はん。騙し合いは商売の常だろ。それに少なくとも一回目は安く仕入れられたんだ。甘い汁は吸ったろ〟」
「甘い汁は何回だって吸いたいもんだぜ」
「〝ま、それは同感だけどな〟」
エドのどうしようもない発言に同意したら、すぐさま忠太に【ほどほど ですよ】と釘を刺されてしまった。苦言を呈されて二人仲良く首をすくめていたら、急に忠太が両耳を手で折りたたんだ。
――直後。
「やっぱり! 店の札がクローズになってると思ったらマリが来てたのね!!」
大きい音を立てて開かれたドアよりもさらに騒がしい声に耳を撃ち抜かれる。恨みがましく肩の忠太を見れば、ハツカネズミはそっとたたんだ耳の皺を伸ばしている最中だった。コイツめ……!
「レティー、そこは先にただいまお父さんだろ」
「えー? だってお父さんは帰ってきたらいつもいるじゃない」
娘のそんな登場には慣れているらしいエドが投げかけた言葉は、何の躊躇もなく叩き落とされて。肩にかけていた鞄を放り投げたレティーが「マリと忠太はいつも品物を売ったらすぐ帰っちゃうから、珍しいんだもん」と言う。
「〝売ったらすぐ帰るのはその通りだけど、俺達を珍獣みたいに言うな。レティーの方は学校はもう終わったのか?〟」
「終わったから家に帰ってきたんじゃない」
そりゃそうか。まだ一時を少しすぎたくらいなことを考えると、この町の学校はあまり授業時間が長くないようだ。
子供も貴重な労働力ってことなのだろう。忠太の手を借りている私が言えることでもないが、小さいのに働かせるのはどうなんだろうなとは思う。まぁエドは前世の私のバイト代をあてにしまくってたクズ親よりは、よっぽどマシな親ではあるだろうけど。
それよりも今回で三度目の納品に店を訪れているにもかかわらず、私の性別はレティーにもエドにも未だ男だと思われていることが気になる。相変わらずここに来るのにピアスはつけていないけれど、こうも女だとバレないと楽しくもなってくるが、やや複雑な気分でもあるんだよな……。
「マリ達はまだうちにいる?」
「〝いいや、もう用事は終わったから帰るとこ〟」
「そんなのせっかく町に来たのに勿体ないじゃない。たまには町歩きでもしてさ、美味しいもの食べて帰ったら?」
「〝外食する余裕なんかないっての〟」
「屋台だって美味しいものはあるんだから。ほら一緒に来て、教えてあげる!」
子供は自分の家に来た大人をみんな遊んでくれる人と捉えるところがあるが、それは小生意気なレティーでも変わらないらしい。視線でエドにどうすりゃ良いのか訊いたら、納品分の支払いとは別に、大銅貨一枚と中銅貨を五枚渡されて無言で頭を下げられた。
娘の分の金は持たされたからたかられる心配はなし、片道二時間かけて町まで来ていることを考えれば、確かに少し町の様子を見るくらい良いか。忠太にスマホの画面を向けると【しょくにん どおり みたいです】と注文が入ったので、B級グルメを探しつつ、敵情視察に出かけることにした。
***
四本目の肉串を平らげて唇周りに残ったソースを舐め取っていると、下からクレープっぽい菓子を手にしたレティーが感心したように溜息をつく。
「マリってお肉が好きだったのね。食べっぷりが良くて見惚れちゃったわ」
「〝んー……まぁ確かに元から好きだけど、肉を食べたのは久しぶりだったから、何でも美味かったってのはあるな。でも個人的には二本目のやつが好きだった〟」
「あそこのお店のはお父さんも好きなの。お酒に合うんだって」
「〝あー、確かにそんな感じだな。甘辛いタレと黒胡椒が凄いきいてた〟」
【わたしも にほんめの すきでした くだものも たくさん ありましたね】
肉串は食べ比べも兼ねて四本とも違う店舗で購入したけど、どこの店の肉も肉質自体は固くて獣特有の臭さが残っていた。そのせいか味付けもスパイスが勝っている。ただB級グルメらしくそれぞれの店に独自の臭い消しのスパイスがあるらしく、癖になる味わいの店を見つけるのも楽しそうだ。
ついでに忠太は見た目こそハツカネズミなものの、守護精霊特典なのか私と同じものを食べることが出来る。なので最初に肉串を一口ちぎってやった時のレティーの驚きようは結構見ものだった。
異世界というか、同じ世界でも異文化の時点で食べ物は結構心配事の上位に上がる。その点幸いにもこの世界は、全世界の食を一国内で味わい尽くせる国に生まれた私にとって都合が良い方だった。勿論レティーの案内してくれた店の選び方が良かったのもあるだろうけど。
現在は腹ごなしをしつつ職人通りを巡回中……なんだが。
御大層な名前の通りな割には前世の祭りで見かけた露店商より、ちょっと上くらいのデザインの品物を置いている店が多い。古臭いわけではないんだけど、目新しいわけでもなくて、何だか野暮ったいのだ。
スマホで情報集めをする癖がついた忠太も同じことを感じているようで、しきりに周辺の店先に並んだ商品と値札を気にしている。店によっては商品を並べてある台座の方が豪華だったり、逆に商品が華美すぎて手に取りにくい印象だった。
「〝何か思ってたより本物の宝石とかを使ってる店が少ないんだな。この辺の魔宝飾具師は、そういうのはあんまり使わないもんなのか?〟」
「使わないっていうか物が少ないのよ。マリは忠太がいるけど、ここの人達は見習いだから、まだ素材集めをしてくれる使い魔もいないし、親方から魔晶盤ももらってないもん。たまに出てる魔石入りのやつは屑石を使ってそれっぽく見せてるの」
「〝へぇ……使い魔とか魔晶盤ってのは親方からもらうものなんだな〟」
「普通はそうだけど。というか、マリ達だってそうだったでしょう? 加入してるギルドによって違うと思うけど、大体はそうよ」
私の質問はこの世界の住人からするとかなり常識からずれた内容だったのか、レティーが目を細めて疑わしいものを見る目付きになった。だって仕方ないだろう。こっちはそんな特別感のあるもらい方をしてないんだから。
しかしすかさず【とちが ちがうと ぶんかも かわります】と忠太がフォローを入れてくれたおかげで、やや疑いの眼差しを残しつつも納得してくれたようだ。でもまぁ何にしても今日ここを歩いたことは無駄にはならないだろう。少なくとも、まだしばらくは私と忠太の作るアクセサリーで荒稼ぎが出来る。
――が、それでも客というのはすぐに飽きるものだ。目新しい次の手を考えておかないと、ここの連中みたいにその他の作品の中に沈む。
そんなことを考えながら歩いていたら、レティーが他の商品に気を取られている最中に忠太がツンと頬をつついてきたので、条件反射でスマホの画面を向けた。トトトと軽快にフリック入力された文面に、私はまたしても感心してしまう。
【まり えどのみせ てんじ ほうほう さべつか しましょう】
そんな感じで、私達の取るべき次の一手はあっさり決定してしまった。
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