第10話 一人と一匹、称号を得る。


 転生してから初めて大物の創作物らしい壁面収納を作った翌朝。


 昨日食べきれなかったピザの匂いを確認したところ無事そうだったので、それとお茶を前に朝食を始めようとしていたら、脚立に渡した余った端材の残りで作ったミニテーブルの上でスマホが震えた。差出人は以下略。


「ん、また……メールだな」


【まえより はやいですね よみましょうか】

 

「いや、取り敢えず食べながら聞けるように読み上げ機能にしよう。どうせ前回と同じような内容だろうし」


【そうですね では】


 そんな短いやり取りの後学習能力のあるハツカネズミは、音量をチェックして読み上げ機能アプリを立ち上げた。


『おめでとうございます!! この度、転生してからの売上金額が第二条件ラインを越えました。つきましては前回同様、新たに加算されたポイントのオプションを選んで下さい。まずは――、』


 内容はほぼ前回の使い回し。むしろ説明文が一部短くなっているので、下手をしたら文字数はもっと少なくなっているかもしれない。真面目な忠太はヒゲと口の動きを止めて聞き入っているけど、私は食べながら適当に耳を傾ける。


 増えたオプションは前回選んだオプションのレベルアップと、他二点。前回選ばなかったものは重要性が低いとみなされたか、単にこのオプションというのがランダム生成なためか分からないが、読み上げられなかった。


 一、フリマアプリで新着に四十分居座り続けられる☆。

 二、素材コピー初級(一日三回まで。簡単な造形に限る)

 三、一度作ったアイテムの複製(一日三個まで。レアアイテム品は不可)

 四、レアアイテム拾得率の上昇☆。


 聴いた分だとザッとこんな感じ。途中で読み上げ機能がバグったのか、一部不明瞭で聞き取れなかったものや、最後に読み上げられた部分が気になったものの、ピザという脂ぎった物を食べている最中にスマホの画面を触る勇気はないので、ひとまず食事を続けることにした。


 食後にアルコールティッシュで手を拭い、再びスマホを起動させて覗き込むと、前後の文章から読み上げが不明瞭だった部分と思われる箇所だけが、何故か文字化けしている。適当な仕事ぶりに頬がひくついた。


 忠太はそんな私とスマホの画面を見比べていたものの、すぐにメール機能を呼び出して【いちぶ よめませんか】と入力した。語尾が〝ね〟でないことに忠太の慌てぶりが分かって微笑ましい。それとも恐怖で打ち間違えるほど私がキレているように見えたのか……?


「何かの手違いでデータが壊れたのかもな。でも知りたい情報は大概出尽くしてるし、気にしないでも良いだろ」


【 そうですね】


「ふふ、忠太まで打ち間違えなくても良いだろ」


【ごあいきょう です】


「だな。可愛いから許す。で、今回はどうする? 私は一と三かなと思ってる」


【わたしは にと さんが きになります】


 忠太は前回のように戸惑うことはなかったけれど、前回と同じくまた一つかぶりの一別れだ。ということは、私が見落としているところに気が付いたんだろう。この小さい相棒の助言は聞いておいて損をすることは絶対ない。


「よし、それじゃあ三は決定ってことで。何で一じゃなくて二が良いと思ったか教えてくれるか?」


 そう尋ねると忠太は一度姿勢を正して敬礼し、次の瞬間にはスマホの上で踊るように軽快に理由を入力していってくれた。


 それによれば一を選ばなかった理由として、三十分だった前回からたった十分しか上昇していないのは、最大値が六十分だと考えられるからだということ。たぶんそれ以上になるとサイトから不正を疑われて通報される恐れがあり、もしかするとこのオプション自体が〝神様〟の引っかけである可能性を教えてくれた。


 どちらも選ばなかった四は、この森で拾えるレアアイテムがそもそも少ないのではないかという疑惑。確かにこの頃同じようなものばかり拾うから、これは当たりっぽいと思う。


 二を選んだのは木材のコピーをしたかったからだそうで、今一つこの理由にピンときていない私に対し、忠太先生はスマホで〝木材の製造工程〟と打ち込んで分からせてくれた。成程。あの工程をぶっ飛ばせるのは実に魅力的である。


 そうなると出来るだけ大きいままの方が良い。値段と材質によって使い分けや妥協があるだろうから、忠太が回復したらまた相談して選ばないと。それ以外に必要なものとしては、アクセサリー類の台座とかもちょっと良いやつが欲しいし、そこも要相談だな。


 ひとまず選んだオプションをタップしたらポイントが消費されたのか、細かい数式っぽいものが浮かんで謎の記号が増減する。その後は例によってオーバーヒートした忠太を手で扇ぎつつ、メモ機能を開いてやることの整理と、前回と今回選んだオプションも打ち込んで保存した。


「えーと……じゃあ、しばらくは忠太の製作してくれるレース編みを中心に複製してアプリで販売。私がこっちで他の製作に集中出来る資金を作る、と。素材は一日分の上限を毎日使って貯蔵で良いか?」


 忠太も扇がれながら私の言葉に頷いたので、いよいよ最後に気になっていた読み上げ部分まで辿り着いた。数日前まで無表記だった職業欄に【〝称号=駆け出しハンドクラフターを承認しますか?〟】とある。


 あまり聞き慣れない名前の職業ではあるものの、何となく悪い気はしない。やっとこちらの世界で生きていく足場が出来た感じとでも言えばいいだろうか。職種が決まれば気も引き締まる。


「なぁ忠太、私達の職業名が決まったみたいだ。一緒に承認してくれるか?」


 そうこえをかけると膝頭に乗って伸びていた忠太が再び頷いてくれたので、その眼前にスマホの画面を差し出し「せーの」の合図で〝承認する〟をタップした。しばらく見守っていると称号獲得ボーナスなる案内が新たに浮かび上がって、小金貨二枚と銀貨一枚の計二万五千円が受給された。


「あー、何かやっと前に進めてるって実感が得られた気分! これからも頑張って美味い物食べたり、新しい土地に行ったり、これまで出来なかったような楽しいこと、目一杯しような相棒」


【はい まり どこまでも おともします】


「馬鹿、お供してどうすんだよ。一緒にするんだってば。忠太も楽しむの」


【いっしょに たのしむ りょうかい です】


「堅苦しいなー。本当に分かってんのかぁ?」


 ピンク色の鼻をヒクヒクさせてこちらを見上げる赤い瞳に笑い返して。どこか浮わついた気分のまま、新オプションを使って忠太の作品を複製したりしてはしゃいだのだった。

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