第9話 一人と一匹、拠点改造に着手する。


 異世界転生……またはスナ○キン生活も一ヶ月と二日目。


 この二日がかりで一人と一匹でスマホと睨み合い、ああだこうだと相談しながら色々カートに突っ込んで注文した小一時間後。拠点の一角にいつもの注文とは規模の違う段ボール梱包の山が出来ていた。


 こんな馬鹿な買い物のしかたが出来るのも、前回のエドとの取引で巻き上げた財力あってこそだ。あとは販売方法の見直しで出た微収益。


 町で売るのはアイテムを閉じ込めた私のレジンアクセサリーに絞り、他は多く採取出来た素材をコーティングしただけのものをフリマアプリで出品し、忠太の製作してくれるレース編みを、単価の高いアプリのみで売買することにしたのだ。


 初めてマルカの町に行った日は、森へ帰ってきたら足が血みどろになっていて自分でもかなりひいた。忠太が加護を使って傷を塞ごうと無茶をしたせいで昏倒し、一晩寝ずの看病もした。ここに積まれたこれが諸々の成果だ。


「おぉ……結構こういう商品の実物って、届いてみるとでかいよな」


【ですね でも やりがい ありそう】


「だな。とは言っても、組み立てるのは私だけどな?」


【うぅ ねずみのみは むりょく でも すうじはかる ねじあな しるしつけ がんばります】


「冗談だって。むしろ私は性格的にそっちの細かい数字関連の方が絶対無理だから。頼りにしてるよ忠太」


【おまかせあれ】


 ホームセンターのネットアプリで注文して届いたのは、押入れに使うような大きいサイズのすのこが三枚と、ちゃんとした蝶番が四個とネジに刷毛。それから一番安い大工工具一式だ。


 他にはフリマアプリで購入した使いかけのニスとペンキ。どちらも出品者が使いきれずに売りに出した物を格安で競り落とした。これをすのこに塗れば防水性と防腐性を上げられるだろう。


 あとは百均で購入した繋げることが出来る型のワイヤーネットを三枚に、棚型になっているフック付きのワイヤーネットを六個。六個入りのフックを二袋と、正方形や長方形の木箱が十個。小さいすのこが四枚。瞬間接着剤が二本。


 ――……総額が一万円を余裕で超えたけど、夢の拠点を作るための投資金額だと思えば大丈夫だ。たとえこの先一週間の食生活が安いコーンフレークの大箱と牛乳、忠太が探してきてくれる野生の木の実だけでも頑張れる。


 この材料で作ろうとしているのは、大型のすのこを使った自立式の壁面型収納スペースだ。すのこを縦にしてワイヤーネットや、各種小箱などを配置していく。


 例えば小さいすのこ四枚と長方形の小箱を組み合わせ、大きいすのこの端に小さいすのこだけを張り付けてから小箱を差し込めば、アクセサリー素材の細々した物を片付けられる抽斗が出来る。


 新居に持って行く場合も蝶番でたためるようにしておけば、小箱なんかを張り付けた面を外側に集中させることで運びやすくなる……と思う。


 ちなみに収入の半分はスマホで買い物が出来るように前世の通貨のままネット銀行に、もう半分はこちらの通貨にしていつか町に部屋を借りられるように貯金してある。目下の目標は町で一年間……いや、せめて半年部屋を借りられる金額だ。


 この国は前世住んでいた場所よりも降水量が少ない。六月も半ばだというのに梅雨の片鱗もないのは良いが、それでもまったく降らないわけではないし、冬には雪が降る可能性だってあるだろう。


 それまでにはこの森を一旦離れないと私と忠太の命が危ない。あの旅慣れしたスナ○キンだって冬は某谷からいなくなるのだ。凍死は勘弁願いたい。


 幸い部屋を借りる時の保証人はエドが名義を貸してくれるという。付き合いとしてはまだ短いものの、町に個人店舗を持っている人間の名義は強い。最初にこちらを試してくれた分は利用させてもらうつもりだ。


「さて、それじゃあ景気よく塗っていくか!」


 晴天の下にすのこを運び出し、気合いの腕まくりをしてそう告げた私の足許で、ちょこちょこと跳び跳ねて【ここに ねずみのても ありますよ】と。懸命にスマホを弄る忠太を見たら、それだけでヤル気が漲った。


 ――――――作業開始から二時間半。


「よ……っし、出来た出来た。初めてにしたら上出来だろ。あとはこのままここで二時間くらい日に当てて乾燥だな!」


 白木色だったすのこは三枚と、それぞれの木箱各種も濃げ茶色で塗装されている。ペンキ缶にわざわざ木目が目立つと書いてあった通り、うっすらと木目が浮かび上がって見えるのが良い。


 額に浮かんだ汗を拭っていたら、肩口で口の中に入ってしまった髪を引っ張り出してくれた忠太が、地面に降り立ってフリック入力を始めた。


【ぺんき にす ぺんき にす まり たいへん ごくろうさま でした】


「んー、別に? 重ね塗りするのは面倒だったけど速乾性だし、それにようやく何か家具っぽいのが置けると思うと楽しいしな」


【まり まえむき えらい すごい】


「ハハ、ありがと」


 ピンク色の手を叩いて称賛してくれる忠太を見下ろして笑いつつ、五回目のニスとペンキ塗りを終えたすのこを壁に立てかけ、だいぶよれて来たメモ帳を手に取った。中には忠太と私で毎晩寝る前にDIY動画サイトを観ながら考えた、これから作りたい物の設計図が色々と描かれている。


「忠太的にさ、これは先に蝶番で繋いだ方が良いと思うか?」


【いえ さきに たなを つけたほうが さきに つなぐと さぎょう しにくいと おもいます】


「そっか。忠太が言うならそうなんだろうな。じゃあその方向で進めていこう。乾いたあとにすのこに線入れするのは忠太に頼むな」


【はい おまかせあれ】


 猫の手ならぬネズミの手を元気良く挙げた忠太とすのこが乾くまでの間、近くを流れている川に足を浸して涼んだり、川の水で冷やしておいたジュースで喉を潤したり、メモ帳に次の構想について練ってていたらあっという間に二時間がすぎて。


 乾いたすのこの上に忠太を下ろし、小さな白いハツカネズミの指示するままにメジャーを伸ばして、印をつけるよう言われた部分にペンで線を引いた。黙々とその作業を終えたら、いよいよ部品の取り付けだ。


【まり ここに きばこを かいだんぽく ここには わいやーねっと】


「ん、了解。ミニすのこの抽斗は?」


【それは まだ せちゃくざい あとにすれ】


 気が逸るのは私だけではなく忠太も同じらしく、フリック入力の打ち損じも少々あったり。慣れないネジとドライバーに苦心しつつ何とか全部の部品を取り付け終え、最後の仕上げに蝶番で全部のすのこを繋げば、私達にとって初めてのDIY家具が完成した。 


 重量はそこそこになってしまったので、組立だけなら中でやれば良かったななんて反省も挟みながら、傷をつけたりしないよう慎重に背負って小屋に運び込んだ。


 設置場所は先住者(?)の脚立に端材を渡しただけの棚の隣。たたんだ状態を広げて衝立っぽく角度を持たせて立てれば、飾り戸棚とぶら下げ収納の充実した壁面収納家具がデンと存在感を主張した。


「忠太……なかなか私達ってイイ線いってるんじゃない?」


【はい じがじさん かも ですが じょうでき では】


「だよな!」


【はい まり だよな です】


「忠太、お前って守護精霊は最高だよ!!」


【まりこそ てんさい すぎでは】


 丸一日がかりの作業にすっかりハイになった私と忠太は、明日の自分達に借金をするつもりで、夕飯はガッツリ財布に優しくない宅配ピザという禁断の贅沢をしたのである。

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