第8話 一人と一匹、試し返す。


「そういや今さらだけどよ、マリ。お前さん達もしかしてうちの店以外でも取引先があったりするのか?」


 前回マルカの町のエドとレティーが経営する雑貨屋に来てから二週間。要するところ異世界転生をしてから一ヶ月目。


 ネットフリマで在庫がだぶついた物や、ここで売る用に新たに作り溜めしてきたアクセサリーを担いでやって来た。そんな私達と店先で軽く天気についての世間話を交わし、店内に招き入れられてから僅か十分後にエドがそんなことを聞いてきた。この時点で忠太と目配せをする。


 一人と一匹で作り溜めをする都合上、再訪が遅れたことで何かこちらにとって良い風が吹いたのかもしれない。こんなに早い段階で値段の再交渉のチャンス到来とは幸先が良いぞ。


「〝あぁ――……あると言えばあるけど。別に規約違反じゃないだろ〟」


 わざとたっぷり勿体ぶって口を開いてみる。実店舗じゃなくてネット上にだけどな、と言っても通じないから敢えて言う必要もないが。


 リュックの中から間仕切りのついたプラスチックボックスを出しつつ、突然妙なことを聞いてきたエドを見やれば、奴は「だよなぁ。やっぱそうなるか」と苦い表情になった。その様子を見てボックスを出す手を一旦止める。


 契約書は端から端まできちんと確認したし、忠太も加えればダブルチェックをしていたはずだから、ここだけの専売契約の記載があったりしたら覚えている。今日は肩乗りネズミな忠太に視線をやっても、同意するように頷いてくれた。


「いやなに、変なことを聞いて悪かったな。ただお前が持ち込んでくれるアクセサリーが思ったよりも捌けるんだよ。若い男の客が彼女への贈り物にちょうど良いってとこらしくてな。この前買い取らせてもらったやつは、棚に置いて四日もしたら全部完売だ」


 内心で嬉しさ少々に良いことを聞いたが大半を占めたものの、前回の忠太に倣って何でもない風を装う。肩口でその相棒が頷きながら先を促すようにエドの方へと尻尾を向けた。


「〝この店って他の装飾品系の商品はそんなに高いのか?〟」


「いいや。そもそもあんまり入荷がない。魔宝飾具を作る連中は、魔道具を作る連中より芸術家寄りで自尊心が高いんだわ」


「〝じゃああれか。俺にやったやつを毎回やって見限られたか。自業自得だな〟」


「仰る通りで」


 肩に立つ忠太の後ろ足の指に力がこもる。尻尾の先を身体の横に回して、私にしか見えないように丸を作った。どうやらこのまま詰り続けても良いらしい。


 幸いにもレティーは学校に行っていて不在だ。まだここであの子の母親を見たことはない。本当なら他人の家庭の話題は触れぬが吉だ。でも私達はもっと稼ぎたい。異世界でもどこでも金は力だ。


 それに前回レティーが口にした魔宝飾具師と、魔晶盤とかいうアイテムについて駄目元でスマホの検索機能を使って調べてみたら、答えが出た。そこであの駄神は聞かなきゃ答えない奴だということが分かったわけだが。疑問になる単語を知らなきゃ検索も出来ないこんな世界である。


 魔宝飾具師はその名前の通り、何かしらの付与を持つアクセサリーを作る奴等の総称らしい。前世でいうならジュエリーデザイナーみたいな職業だ。


 魔晶盤ってのは多少なりとも魔力のある人間が持つIDタグみたいなやつで、就く職業によって表示される情報も様々あるとかないとか。要はその職業に就いていることを証明する免許みたいなやつだ。


 試しにプロフィール画面を覗いたら職業欄はまだ無表記だったものの、そういった欄が用意されているということは、何でもいいから何かを続けたらいずれ何者かになれるということだろう。あくまで仮定だけどな。


 あと魔力云々の話としては、私の場合転生した時にうっかり微弱な魔力を帯びた、いわば副産物みたいなもので、感覚としては静電気体質くらいなものだと忠太が教えてくれた。思い出しても寂しい結果だ。


「〝店の方針か何か知らないけど、それで売れ筋商品買い逃すとか馬鹿だな。子供がいるのに何やってんだか。しおらしくして見せても、他の取引先もあるんだ。卸す量はこれ以上増やせないぞ〟」


 妻の存在には触れないでここぞとばかりにそこを突いてやれば、エドは「まったくもってだよな」と苦笑した。しかしそこはエドのオッサンも商売人。こちらの意図に気付いて「この町で外からの見習いの品を置く店は、うち以外にないぜ?」と肩をすくめる。


 〝買い取る量を増やす代わりに一つあたりの単価を下げろ〟は、フリマサイトでもよくある話だ。作り手側はこの先他の客がついてくれるか分からないという不安が常にある。でもそこで一度値段を下げてしまえばあっという間に舐められて、次からも値下げの要求をされるのだ。


 ここで試されているのは自分の作った物への自信と、はったりをかます胆力。肩に乗った忠太のヒゲもピタリと動きを止めている。


「〝あんたから良い情報をもらえたからな。それなりに売れるとあれば、別にこの店と町にこだわることもない。元々この町には力試しに来ただけだからな。それも済んだ。あとは他の取引先が見つかるまで、もう一方の取引先に多めに回して待っても俺達に損はない〟」


 スマホの翻訳機能を使った人工音声で啖呵を切ると、一瞬元の強面を生かした睨みをきかせていたエドが、ニィッと人の悪い笑みを浮かべる。そして一度商談用のテーブルに出した箱の中身に視線を走らせると、まだ商品を出しきっていない私のリュックに視線を向けて――。


「その鞄の中身全部だ。今日持ち込んだ分は全部うちで買い取らせてくれ。勿論検分はさせてもらうが、それでも前回より一個の商品についての買値も引き上げる。今日のところはそれでどうだ?」


 リュックの中にあるのはネットでだぶついた商品と、作り溜めした商品。全部で前回よりも二箱多い四十八個。


 この前ここで教えてもらったこの国の貨幣価値は、


 小銅貨一枚が十円くらい。

 中銅貨一枚が百円くらい。

 大銅貨一枚が五百円くらい。

 

 小銀貨一枚が千円くらい。

 銀貨一枚が五千円くらい。


 小金貨一枚が一万円くらい。

 金貨一枚が五万円くらい。


 白金貨一枚が十万円くらい。


 ――だった。


 それでもって前回の一つ辺りの平均買取り価格は大銅貨一枚から小銀貨一枚だ。結構安い。実際に十四個買い上げでも大した金額にはならなかった。今にして思えばあの時すでに買い叩きにあっていたのかもしれない。やっぱり殴ろうか。


 しかし今回の提案は悪くないような気もする。そう思って忠太の方を見てみると、両手で小さなバツを作っていた。今度こそ無言のままの意思疎通を諦め、エドから画面が見えないようにしてスマホを目の前に持っていくと、忠太は素早く賢い選択肢を打ち込んだ。


「〝いいや、それじゃあ不十分だ。一個辺りの商品の下限価格を決めさせろ〟」


 画面から顔を上げてそう言った私に対し、エドが小さく悪態を口にして天井を見上げる。最終的に四十八個のアクセサリーは下限価格を小銀貨一枚に決めたことで、金貨一枚、小金貨二枚、小銀貨三枚……前世の換算だと合計七万三千円ほどの金額で売れた。


 悔しがるエドを前に、肩の上に乗った小さな相棒と、人差し指で勝利のハイタッチを決めてやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る