第7話 一人と一匹、試される。


 手を引かれて目的地に向かう間、一度も口を閉じない少女のおかげで言語翻訳機能アプリは大活躍。だんだん私も慣れてきて、途中でフリック入力のしすぎでダウンした忠太と交代し、彼女が魔晶盤と呼んだスマホを介して会話した。


 スマホ画面の半分をフリック入力にしたまま翻訳機能が使えると気付けたのも、忠太の尊い犠牲のおかげだ。


 彼女の名前はレティー。年齢は見た目を裏切らない十歳。好奇心はだいぶ旺盛。波打つ栗色の髪に緑の瞳を持つ、ちょっと生意気そうな顔立ちだ。今日は学校が休みなので暇を持て余していたところ、ちょうどそこに私達の姿を見つけたらしい。


 ――で、やって来ましたレティーの言う〝良いところ〟に。

 

 何故か目の前に座って持ってきた商品を吟味しているのは、ヒゲの強面ハゲなオジサンだが。この人を売買していそうなオジサンがレティーの実父で、ここが彼の経営している〝エドの雑貨屋〟だというのが未だに信じられないでいる。


 レティーは私達を引き合わせると、父親の代わりに店番をしに店舗の方へいってしまった。今この応接室にいるのは忠太と私と強面のエドだけだ。


 二十四個の商品達は一個ずつ取り出されては陽光に翳され、裏返され、金具や閉じ込めた素材を覗かれ、指先で強度の確認をされたりしている。


「魔力測定器で確かめてみたとこ大した付与効果はついてないが、作りの方はそう悪くないな。宝飾部分は真鍮でも銀でもない。しかもガラスでも水晶でもない奇妙な材質を使ってる。あんた、これの卸値は幾らくらいで考えてるんだ?」


 いや、そんな急に値段とか訊かれてもな。元になってる素材が百均のレジンと何か色々混ざってる鍍金のアクセサリー素材だ。


 ガラスや水晶の方が高価だし、最近ハンドメイド始めたばっかの素人が、いきなり聞かれて下手に値段を答えられるるわけがないだろが――……とは流石にこの場で突っ込みにくい。


「〝あー……まだこっちに来たばっかりで相場を知らない……です。それに硬貨の種類と金額も分からない……ので〟」


【まり がんばって】


 ただでさえ前世からこの年代のオッサンとは相性が悪い。舐められたくなくてあんまり褒められない格好をしてた私も悪いが、見た目で判断されがちだったからつい苦手意識の方が先に立つ。


 忠太はそんな私を案じて応援してくれただけだった。それなのに――。


「そこのネズ公は少し黙ってろ。オレはお前の飼い主と話してるんだ。うちは食料品も扱ってるんだから、ウロチョロするなよ」


 いきなり飛んできた暴言。娘のレティーの生意気さなんて吹き飛ぶ失礼な店主の発言に一瞬でカチンときた。テレビでこんな時は言葉を口に出す前に、何秒待てとか言ってたっけ……とは思ったけど。


「〝おいオッサン。忠太はネズ公じゃないし、わ……俺は飼い主でもない。相棒を馬鹿にするつもりなら商品を買い取ってくれなくていい。元々こっちが店の都合も聞かないで来たんだ。帰る〟」


 せっかく紹介してくれようとしたレティーの手前、やや丸く言い直した。でも言葉の棘は最低限返すのが私の流儀だ。テーブルの上でオロオロする忠太に掌を差し出せば、赤い双眸がこっちを見上げて戸惑いに揺れる。


「へえぇ? でもあんた達は金がないと困るんじゃないのか?」


「〝金には困ってるさ。でもな、うちの商品は忠太の作品も入ってる。どれも俺の作った物より繊細で上等だ。それを誰が頭下げてまでネズ公呼ばわりするところに卸すかよ〟」


 煽ってくる店主の顔面に自家製痴漢撃退スプレーをかけたい欲求を抑え、拳を作りそうになる右手をブラブラさせる。そうでもしないと一発くらいオッサンのニヤケ面を殴りそうだったからだ。


 ――が。


「いやぁ……うんうん。なかなか痺れる啖呵だ。良いねぇ、あんた。合格だ。人を見る目があるじゃないかレティー。流石はオレの娘!」


「〝はあぁ? いきなり何を――、〟」


「それから酷いこと言って悪かったなチュータ。お前の相棒は良い奴だな」


【まりは とっても やさしい あまり からかわないで】


「だな。それにキレやすそうでもある。凄い目で睨んでくるから、一発くらい殴られるかと思ったぜ。マリだったな。気分の悪い思いをさせてすまん」


 急に打ち解けたように忠太の手を太い人差し指に乗せて上下させる店主に、軽く殺意が湧いたその時、いつの間にか店の方から様子を見にきたらしいレティーが顔を覗かせた。


「お父さんの〝お試し〟はしつこすぎるの。いつもそれで殴られて商品を卸してもらえないから、うちの店の棚がよそより寂しいんじゃない。それからごめんねマリ、騙すような真似して」


 開いた口が塞がらないとはこの事か。それに何だか忠太は途中で二人の思惑が分かってたっぽくないか? 


 商人親子はテーブルの向こう側から手を合わせて謝罪ポーズをとったかと思うと、次の瞬間には持参した商品に対してグイグイと好意的な意見を述べたり、私も知らなかったアクセサリーの付与効果について語り出したり。とにかく非常に騒がしかった。


「取り敢えずこの中の十四個を買い取らせてくれ。どれだけ売れるかは未知数だからな。一気に全部はなしだ。ただ他のやつは今度うちに来るまでに売れ残ってたら買わせてもらうぜ。相場も教えてやる」


 そんな感じであっという間に相場と硬貨の説明が始まって。十四個のアクセサリーは値切られることもなく、あっさりこちらのお金に化けた。


***


 嵐みたいに過ぎ去った商談の帰り道。肩で風を切って森に帰る途中で、胸ポケットの中にいた忠太が【まり おこってますか】とスマホに打ち込んだ。その瞬間それまでザカザカと草を蹴り上げて歩いていた歩調が少し緩やかになる。


「別に怒ってはないけど」


【ほんとうは どうですか】


 一応しらばっくれてみたものの、この人の感情の変化に鋭いハツカネズミには効果がなかった。知ってたけどな。


「……まぁ、ちょっとは。店に商品を置く試験か何か知らないけどさ、嘘でもあんな風に忠太のことを言ってきた人の店に品物置いてもらうってのがなぁって」


 吐き出してみれば酷く子供っぽい言い分に聞こえる。実際に子供っぽい。慌てて「それだけ」と付け加えたものの、それすら負け惜しみ感が増したみたいで。


 自分の格好悪さに思わず舌打ちしたら、黙って話に耳を傾けていた忠太が【まり きいて】と画面に打ち込むのが見えた。


【わたしは うれしかった まりが おこって くれたこと ていきゅうの せいれい ばかにされる それが ふつう なのに まりは おこって くれた】


「でもお金欲しさにお前のことを悪く言った人間を結局許したし、怒ったのだって形だけだったかもしれないだろ」


【まり やさしい】


「……忠太はいつもそればっかだな」


【まり おかねは だいじ】


「知ってるよ。前世からずっと知ってる」


 少なくともハツカネズミな相棒に説かれるよりは知ってると思う。とはいえ、むしろ忠太はネット以外でお金を使った経験もないのに、金銭感覚がかなりしっかりしてるけど。


【わたしのちから まだよわい でもきっと つよくなる そのあいだ おかねが まりを まもれるもの だから かせぐ いいこと です】


 鼻息を荒くして拳を突き上げるみたいに忠太がピンク色の手を突き出した。そのちょっと力加減を間違えたらすぐに折れてしまいそうな手を、人差し指でちょんとつついてみると、忠太がぴたりとヒゲの動きを止めた。


【まりは ひとをまもって ここにいる こんどは まもられる ばん】


 胸ポケットからこちらを見上げて瞬く赤い双眸。それを見つめていたらふと、出逢ってすぐの名前をつけた日のことを思い出す。小さい身体で自分も不安だっただろうに、意地らしく私を守ると言ったこの相棒を。


「あーくそ、やっぱあのオッサン一発殴っとけば良かったなぁ!」


 天に突き上げた私の声と拳に、胸ポケットの中の忠太が【だめですよ まり これから りようすれば いいんです】と、真っ白な見た目の割に地味に腹黒いことを画面に打ち込むから。


 良かったな、オッサン。突き上げた拳は大声で笑う口を覆うのに使うことにしといてやるよ。

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