第6話 一人と一匹、町に出る。

 転生して二週間目の朝。


 スマホで確認したところ現在時刻は七時。六月が迫った朝の森は、緑の匂いと小鳥の鳴き声で爽やかだ。しかし今日は日課の採取に出かけるわけじゃない。


「自家製痴漢撃退スプレーは持ったし、ないよかマシな防犯ブザーも持った。あとあれと、これも持ったし……戸締まりも一応これで出来たよな?」


【たぶん としか あとはこの なんきんじょ と ちゃりろっく しんじるしか ないです ね】


「だよな。百均だけどどっちもまぁまぁしっかりしてるし、短時間の外出ならこれで大丈夫だろ。よし、行くか」


【はい いまからなら くじすぎには まちに つけます】


 男物シャツの胸ポケットから顔を出した忠太が、自信たっぷりにそう打ち込んだ。今日の服装は偽物のロゴ入りキャップ、青いギンガムチェックのシャツに、インナーは黒いTシャツ。下はカーゴパンツと合成皮革のサンダル。


 背中にどこかの中学だか高校だかの校章が入ったリュックという……非常に微妙な感じだ。でも忠太に言わせれば膝丈のスカートやパンツはありえないらしい。丈が長くてもスキニージーンズは秒速で却下された。


 全部男物な上にピアスまで取るよう言われたのは、心配性の守護精霊的に、女性の一人暮らしなので防犯の観点だとか。自家製痴漢撃退スプレーを作る羽目になったのも、過保護な忠太が市販品をポチろうとしたからである。


 自分で言うのも虚しいけど、襲われる心配が皆無な見た目の私が持つには高いんだよな、あれの本物。


 校章入りのリュックの中身は、この一週間で作り溜めたアクセサリー類が百均の仕切り付きボックスに二個分。一箱十二個入りだから合計二十四個入っている。


 他にはお茶とクッキーと菓子パンに、忠太用の弁当用醤油差しに入れた水。あとはメモ帳とペン。それからほんの少しだけ換金出来たこっちの世界の通貨だ。金額がまだ分からないけど、小さい銅貨が五枚、中くらいの銅貨が七枚、大きい銅貨が一枚、小さい銀貨が一枚ある。


「町に到着してから売り歩く時間も充分あるな。じゃあ出発するか……っと、ああ、その前に記念撮影していこ。えーと忠太、スマホの丸い目みたいなとこ見て」


 ふと思い立ってカメラ機能を呼び出し、肩に乗っていた忠太と自分を自撮りしてみた。普段はフリマサイトに載せる商品の写真しか撮らないから、何気に忠太との初ツーショットだ。


 パシャリとお馴染みの電子音がしたあとに確認した画面には、背伸びをする忠太と口角を上げたせいで犬歯の覗く私が写っている。写真写りの悪さは前世も今世も変わらないらしい。


【すごい まり かわいい】


「うん……まぁ、私が可愛いかはともかく、忠太は可……格好良く撮れてるな」


【まいかい このまほう おどろきます】


「確かにね。私も全然原理を知らないから魔法って言えば魔法かな」


 そんな適当なことを並べながら歩き出したものの、昨夜はこっちに転生してから初めての人里に行くとあって、あんまり眠れていない。それを知られてしまっているのか、忠太は道中ずっとスマホで話しかけてくれた。


 ――二時間後。


 スマホのマップ機能と忠太のナビのおかげで、当初予測していた到着時刻より僅かに早く町の入口に辿り着くことが出来た。とはいえ、サンダル履きで森と舗装されていない道を二時間だ。前世の素晴らしい舗装技術に甘やかされた足は、すでに棒のようになっている。

 

【まり かおいろ わるい どこかで すこし やすみましょう】


 肩で息をしていたら、早速気遣いの出来る相棒からそう言葉をかけられた。でも何ていうのか……今どこかに座ったらもう立てない気がする。


 そう口にするのも億劫で首を横に振れば、胸ポケットから【そんな かおいろの ぎょうしょう だれも よりつかない です】と、やや厳しめな指摘をされたので、渋々町に入ってすぐの花壇縁に腰を下ろした。


 するとすぐさま【おちゃ のんで くっきー たべて】と注意される。今度は素直にリュックからお茶とクッキーを取り出し、疲れた身体に与えてやった。忠太にもクッキーの欠片と醤油差しに入れた水を勧める。両手で行儀良くクッキーを食べたあとに、魚型の醤油差しに口をつけて水を飲むハツカネズミ。生きたシルバニ○ファミリーだ。


「そういえばさ、忠太。この町の名前って何ていうんだっけ?」


 ヒゲについたクッキー屑を取っていた忠太にそう尋ね、忠太がスマホに【ここは まるか という まちです】と打ち込んだその時――。

 

「℘₷▲₰∂∂℘₪₫▼₪!!」


 すぐ傍で上がった歓声(?)に驚いて声のした方を振り向くと、そこには十歳くらいの女の子が立っていて、しきりに忠太を指差しては手を叩いている。大興奮する子供って怖くないか? 


 ――と、フラッシュモブに巻き込まれた人の気分で硬直した私の隣で、しっかり者の忠太がまたしてもファインプレーをやってのけてくれた。


「あ、また何かしてる! ねぇお兄さん・・・・、そのネズミは文字を魔晶盤に映す他に何が出来るの?」


【あくせさり うる できます】


「すごい! わたしの言葉も分かるの?」


かれ・・ の まりょくの おかげで すこし】


「へぇ~! それじゃあ、このお兄さんは魔宝飾具師で、あなたはお兄さんの使い魔なのね?」


【はい どっちも みならい ですが】


「そっかぁ。それで市場じゃなくてこんなところにいるんだ。あそこは工房の見習いがよそからの職人さんを追い払っちゃうもんね。でもそっちのお兄さん、見たことない変な格好してるから大道芸人かと思った」


【とおい とおい くにから きたので】


「そうなんだ~。けどそれだと品物が売れないと困るよね」


【とても こまる いちばのほか いいとこ しりたい】


 目の前でどんどん交わされる会話に気圧されつつ、すっかり忘れてた言語翻訳機能アプリを使いこなして、初見の少女との会話から情報収集までやってのける忠太に戦慄する。お前そんなコミュ強なハツカネズミだったのか……。


 しかも私が持ってる魔力って何だ。初耳だぞその情報。それにこっちにもスマホに似た魔晶盤ってアイテムがあるのか? 


 というか、そもそも魔宝飾具師とかいうのでもないし、なった覚えもない。ついでに何の迷いもなくお兄さん呼びされたことが地味に気になる。


 だが新しい情報の過剰摂取に混乱しきっていたら、いつの間にかトントン拍子に話が纏まってしまっていたらしい。


「それなら良いところがあるわよ。お兄さん……は、まだ全然お喋りしてないから良く分かんないけど、ネズミちゃんは気に入ったから特別に連れてったげる。わたしについて来て!」


 そう言うやこちらの手を握った少女に引き摺られるようにして、自称見習い一人と一匹はマルカの町に飛び込んだ。

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