第3話 一人と一匹、拠点を手に入れる。

 異世界転生飛んで、四日目の朝……というか、すでに昼。


 野宿を三回やっても割と平気なことで初めて今の季節をスマホで確認したら、五月だった。三日目の朝に初めてカレンダーの確認をしたあたり、自分では気付かなかったけど結構焦っていたらしい。


 一日目の忠太のベッドを皮切りに、百均のアプリストアでレジン細工に必要な物一式と、ヤットコ、ペンチ、その他簡単なアクセサリーなんかの部品やらを購入。こちらで集めた木の実や葉っぱで作った商品をアプリで売ったら、素材で売るより圧倒的に高値で売れた。


 おかげで食べ物に困ってはいないものの、まだ衣食住の食しか満たされていない状況だ。連日ちょうど良さそうな窪みのある木を背もたれに眠っていたせいか、今朝も目覚めは悪くなかったものの、そろそろ拠点を決めないことには身体が保たない。かといってすぐに町に向かったところで宿泊するには手持ちがない。


 今の忠太の守護精霊としての能力だと、忠太の全長と同程度の傷(極浅いもの)を癒す程度だと言うし、このまま長く野宿を続けるのは死活問題だ。


 そういうわけで適当に初日の要領でアクセサリーに使えそうな小さな物を拾い、レジンでコーティングしたものを石の上で乾かす間、周囲の探索をして雨風が凌げそうな穴蔵なんかを探していたんだけど――。


 声が届く範囲ならと手分けして探索に向かっていた忠太が駆け戻ってくるや、スルスルと肩口まで登ってきて興奮気味にチチッと鳴いた。何か訴えたいことがあるようだと感じたので、服のポケットからスマホを取り出すと、軽く会釈した忠太は早速フリック入力を始める。


 上から覗き込むと、画面には短く【まり あっちに きて】と打ち込まれていた。全身を使ったジェスチャーで〝あっち〟の方角を指し示すハツカネズミ。忠太にしてみれば必死なんだろうけど……非常に可愛い。


 思わず笑いそうになるのを堪えつつ、先を歩いては振り返る忠太を追いかけていくと、屋根が半分朽ちかけた石造りの小屋が一件建っていた。石壁の間からは雑草が所々繁り、木のドアを支えている蝶番には赤錆がびっしりと浮いている。一目見ただけでも人が住んでいないのは明らかだ。


 足許で立ち上がって私を見上げる忠太の前にスマホを差し出すと、移動で疲れているらしく肩で息をしながらも、懸命に【ここ まだ すめそう ですか】と打ち込んでくれた。小さいのに責任感の強い守護精霊だ。


「かなり痛んでるけど、石造りだから修繕すれば住めそうだ。森で木にもたれて野宿するよりはずっと良いよ。ありがとね、忠太」


 私が心からそう言ってピンク色の鼻先をつつくと、忠太は嬉しそうにヒゲをヒクヒクさせた。そんな彼を肩に乗せてやや気後れしながらも廃墟に近付き、ドアノブに触れる。けど今は無人とはいえかつては誰かの住居。一応返事がなくとも「お邪魔します」の声かけをしてしまうのは、前世の国民性だろう。


「あー……うん、成程。こんな感じね」


 一歩足を踏み入れた瞬間の感想は〝ジ○リの世界観だな〟だった。天井はあるものの雨漏りをしているのか、人間不在の建物の中だというのにすでに緑の絨毯が完備されている。どうやら床の隙間に染み込んだ雨水が良い感じに苔を繁殖させてしまったようだ。

 

 室内の荒れ具合に肩に乗っていた忠太は分かりやすく落ち込んでしまった。さっきまでピンとさせていたヒゲは下がり、赤い目は床の苔に釘付けになっている。


「外観からだと殺風景な内装を想像してたけど、意外と良い感じじゃない? 何か上に敷いてから寝転べば、フカフカで気持ちいいよきっと。自然のベッドだ」

 

 私のそんな言葉に忠太は心配そうな目を向けてきたけどお世辞ではない。その証拠を見せようとスマホを出し、百円ショップのサイトに繋いでレジャー用の敷物を一枚タップ。次いでフリマアプリでピクニック用品の欄を流し見。そこからポップアップ式の二人用テント、破れ有りを千五百円で落札。


 百円ショップで屋外用のガムテープと、少し寝心地をプラスするのにフェルト地のピクニックマットを二枚追加購入した。これで下の苔が枯れても大丈夫だろう。ややあってから中空に現れた商品がそーっと地面に着地するのを見守り、お客様満足度を報せる〝イイネ〟ボタンを押しておいた。


 そういえばこの原理が謎な配送システム、忠太に聞いたところ送料は初日の神様が所属している天界の経費で落ちるので、転生させられた側の私は払わないで良いそうだ。つまりいくら注文しても送料無料。素晴らしい。


 ただし、梱包材なんかの引き取りにはいくらか回収金が発生する。まぁ確かにリサイクル方法が研究されている前世でも問題になるくらいなのだから、プラスチックって何? な異世界の土壌に遺棄しては色々問題があるのだろう。


 ――と。


 いつの間にか私の肩から降りていた忠太は、新しく(彼にとっては)異世界から届いたアイテムに興味津々の様子。梱包用のプチプチにくるまれたポップアップ式テントの匂いを嗅いだり、ピクニックマットとレジャーシートを交互に見つめたりと忙しそうだ。


 そんな右往左往している忠太の前にスマホを差し出してやれば思った通り、すぐに彼お得意のフリック入力が始まった。小さなスマホ画面には【まり はやく あけて みましょう】と打ち込まれている。


 興奮でいつもより二割増しヒクヒクしているヒゲを摘まんで「了解、相棒」と答え、苔の上に胡座をかいて。


 膝の上に忠太を乗せて一つずつ商品の説明をしてやりながら梱包を解き、穴の開いた箇所を探して修繕したりしていたら、あっという間に日が傾いた。おかげで慌てて石の上で乾かしていたレジンの回収に向かう羽目になってしまったけど。


 その夜はテントの中で一人と一匹、百円ショップのお菓子と飲み物を広げて疲労からくる寝落ちもせずに夜更かしを楽しみ、フカフカの苔の床に背中を預けて朝まで快適に眠ることが出来た。

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