第2話 異世界、一人と一匹始めました。

 異世界転生、一日目の朝。


 人生初の野宿で痛む身体に爽やかさは微塵もない。ただお腹の上で森の夜風で冷えないように守ってやったハツカネズミの忠太は、仄かな温かさと心音と重みを持ってそこにいる。


 昨日忠太が機能停止をしてしまったあとにスマホを弄ってみて、割と収穫があった。この六年愛用してきたスマホ、中身が新型機種に匹敵する優秀さになっていたのだ。特にマップ。


 試しに忠太が教えてくれた国名と現在地を打ち込んだら、あっさり某世界展開の地図情報が飛んできて、最短での森の脱出ルートを教えてくれた。意外と人の住んでいる町まで近い。魔物が出ないという情報はどうやら本当らしかった。


 電卓、カメラ、メモ帳といった通常機能は勿論、前世で小遣い稼ぎに入れていた物品販売アプリ機能も生きていた。代わりにゲーム機能は全滅だったけど、無課金で出来るやつしか入れていなかったから未練はない。


 ついでに使えるかは分からないものの、新たに言語翻訳機能アプリも入れておいた。昨日は疑問にも思わなかったけど、忠太が平仮名とはいえ日本語が打てるのも変だし、私が新しくアプリをダウンロードした際、一瞬だけ読めない文字が画面に出てきて、すぐに日本語表記になったのだ。


 となると、私が読めているのではなく、スマホがそう変換してくれていると推測した。大変出来たやつだ。でもまぁ、何はさておき。


「お腹すいたし、喉乾いたな……」


 私の声に応じるようにお腹が鳴る。その音でお腹の上で寝ていた忠太がパチリと目を開けた。そのままバッと勢いよく私の顔を見上げて前日のようにオロオロしだしたので、対話を求めるべくメール機能にしたスマホを差し出す。


 するとすぐに【おはようございます まり】とフリック入力で打ち込まれた。礼儀正しいネズミだ。なので私も「おはよう忠太」と返せば、今度は【きのうは さきにねて すみません】と打ち込まれ、さらに【このしったいは ごはんで ばんかい します】と続いた。男らしい台詞だ。


 そしてぴょんとお腹の上から飛び降りたかと思うと、次の瞬間近くの茂みに駆け込んで姿を消した。まだ短い付き合いだが逃げたとは思えなかったので少し待っていると、木苺らしきものが鈴なりになった小枝を引きずって戻ってきた。


 見た目によらず力持ちな忠太にお礼を言ってそれを食べると微かに力が沸いた。次に小川に案内されて水で喉を潤し、顔を洗う。


 水の流れが穏やかなところで顔を写してみたところ、やや西洋人系の顔になっていたことと、プリン頭が全部綺麗に染まって色素の薄い金茶になっていた。それに合わせてか、瞳も心持ち青い。


 これもたぶん雑なオプションの一部だろう。もっとつり目を強調してしまう角度のキツい眉をどうにかするとか、痛んだ髪質をどうにかするとか、睫毛を増やしてくれるとか、笑うと怖いと言われる八重歯を直してくれるとか……せめてどれか一つくらい選ばせてくれよと思う。


 ただまぁ、そういった気遣いを期待するだけ無駄な存在だということは、初日の短い会話で分かっているからもういい。優先順位は飯の種。町についても先立つものがなければ買い物することも、宿をとることも不可能。


 だからまずは〝ポイントの換金〟なるものに賭けよう。私がそのことについて相談したところ、忠太は一瞬考え込む素振りを見せてから【ここで まっててください】とまた姿を消して。次に戻った時には雫型の宝石みたいに綺麗な赤い木の実を持って戻ってきてくれた。


 換金の仕方が分からない以上、思い付く方法は何でも試そうという精神でスマホを翳して写真を撮る。すると読み込みが始まり、どういう仕組みなのかはさっぱり分からないけれど、某フリマサイトに作った私のマイページに写真が掲載された。


 販売する品物の名前と個数、アピールポイントを書き込む欄もちゃんとある。配送はどうなるんだろうとか、振込み先はどこなんだとか色々と気になるけど、とにかくサイトに掲載出来てしまった。忠太と作戦会議をするために一旦サイトを閉じてメール機能に切り換える。


「これ……販売出来るっぽいな」


【はい】


「ということは……換金も出来る?」


【たぶん】


 フリック入力の手を早める忠太はやや興奮気味だ。私も人の――いや、ネズミのことを言えないくらいには内心浮き足立っている。


「この木の実はまだいっぱい落ちてた?」


【はい】


「よし、それじゃあ半分は地面に埋める代わりに、残りはもらってしまおう」


【ぜんぶ でも いいのでは】


「取りあえず片手の掌にいっぱい分で良いよ。木だって子孫を残す必要があるんだから。それを私の勝手で全部拾って売ったら……何か駄目だろ」


【まり やさしい】


「でもないよ。結局は勝手に拾って売るんだから」


 前世の世界と繋がっているスマホのフリマアプリで売った赤色の木の実は、全部で八百円ほどで売れた。異世界の素材は意外と良い金額になることが判明。これも近年のDIYやハンドメイドブームのおかげか。


 私はひとまず初めて稼いだそのお金で、百円オンラインショップに繋いで小さい持ち手付きの籠、手芸用の綿、チェックのハンカチ、小さな缶に入ったソーイングセット、LEDライト、ライター、カロリー○イトを購入した。


 届くのか心配したのも束の間。何もなかった宙がグニャリと歪んだかと思うと、注文した品がペッと吐き出された。宅配の質が低いのは異世界だからなのか? 


 どこにクレームを入れたらいいのか分からなかったので、申し訳ないけれどオンラインショップの〝お客様の声〟欄に記入しておく。次回に改善されていることを祈りつつ、その後は一日忠太を肩の上に乗せて小川を辿って歩いた。


 夜、カロリー○イトを分けあいながらLEDライトで手許を照らし、ソーイングセットを使ってハンカチを半分に切り、綿を詰めたミニクッションを籠に入れ、残った半分をかけ布団に見立てた忠太のベッドを作ってやった。


 隣で作業を興味深そうに眺めていた忠太に、完成したベッドで寝るように勧めたら、LEDライトの光に照らし出された真っ白なハツカネズミは一度ブワッと身体を膨らませて。


【ありがとうございます まり】


 ――と。私の頬に感謝の鼻チューをくれたけど。ピンク色の鼻先は少しだけ湿っていて、ピコピコと忙しなく動くヒゲがくすぐったくて思わず笑ってしまった。

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