第4話 一人と一匹、拠点改造化計画。

 雨漏りをすれども周囲をしっかりとした石壁に囲まれ、苔の上に敷いたレジャーシートと薄っぺらいピクニックマットに背を預け、テープで補強した中古品のポップアップテントの中で一夜眠って思った。


 寝床というものは人間らしい生活を送る上で想像以上に大切であると。


 籠ベッドの中で丸まって寝ている忠太の背中を人差し指の腹で撫で、頭の中で今日の日程を組み立てていく。まずすでにこちらに来てから日課になっているレジンアクセサリー作りは絶対だ。


 昨日はこの小屋を見つけた高揚感で貯金を使いすぎてしまった。目減りした分稼ぎ直さないと住を得て食を失ってしまう。ただ幸いにも今の時点で材料になりそうな物は結構手に入れている。


 あとはこれの配置や配色デザインと製作に一日を費やせば、明日にはほんのちょっとでも使った分の補填が出来るだろう。でもそこまで考え、ふと室内に視線を巡らせて思った。


 廃墟だから殺風景なのは仕方ないにしても、最低限レジンの作業がしやすくなるように机くらいは欲しいと。しかしそうなると新しく物を買うしかない。本末転倒の買い物ループにはまってしまう。


 ならば取るべき手は一つ。市販品を購入せずに自分で作れる物は極力手作りしていく。前世のお洒落な生活をしている人達風に言うならDIYだ。それだけ聞くと雑誌に載っているような丁寧な暮らしっぽくて良い。


 せっかく屋根と壁があるのだし、取ってきた材料や完成した商品を並べる棚とかも欲しい。ただし棚板を大量に買う余裕はないから木材に絞らず、別の物を使う必要も視野に入れる。


 あと天然石の石壁は凸凹で突っ張り棒が使えない。ここも考えどころだ。


 スマホで〝賃貸の内装を傷付けない・安価DIY〟と調べてみたところ、思った数以上の情報が出てきた。その中からひとまずミニすのことドライバーセット、有孔ボードと先がS字フック型のネジ、網型の壁面収納アイテムと、それを繋ぐジョイントなんかが役に立ちそうだとあたりをつける。


 次点で折りたたみ式のプラスチックボックス。カラーボックスと違って引っ越し時には持ち運びも出来るし、何より値段の割に使い勝手が良い。あ、でもここって苔のせいで湿気があるから直置きはしない方が良いかも。


 ということは百均で誰が買うんだろって思ったことのある三百円のミニ脚立と、ホームセンターの端材コーナーで格安の長い板を買って、脚立二台の間に渡してその上にワイヤーネットの棚を乗せた方が無難か。


 どんどんと嵩んでいきそうな出費に目眩がしそうだけど、やっぱり同じだけ楽しみになっている自分がいる。


「これも出費になるけど……必要経費だから……」


 そう眠る忠太にそっと言い訳しつつネットの百均ページで分厚い日記帳一冊と、三本入りのボールペン(青)を購入して待つこと数秒。いつものように宙から出てきた商品が床に降りるより早くキャッチして、ポップアップテントの中で腹這いになりながら欲しい物リストを作成した。


 書き出し始めてすぐに二頁ほどが埋まったところで、籠の中で丸まっていた忠太が起き出してきて。クシャクシャに寝癖のついた耳をピンとさせるために顔を洗い、ヒゲの先についたお菓子クズを器用に手で落としたりする姿を眺めた。


 身支度が整ってすぐに何か言いたそうにしている忠太の前にスマホを出すと、律儀にペコリと一度お辞儀をして打ち込み始める。


【まり これは なんですか】


「今後忠太と拠点にするここを、もっと家っぽくするのに必要なものかな」


【こんなに たくさん おかねも たくさん いります ね】


「うん。こっちも前世も稼ぐのって大変だ。でもさ、前世よりはちょっと頑張る楽しみがあるよ」


【がんばる たのしみ】


「自分だけだと楽しみなんて労働のしんどさでほとんどなくなる。生きてれば良いやみたいな惰性? でも今回は忠太がいる。楽しいを共有出来る相手がいたら、楽しく生きてみたくなるんだってここ数日で気付いた」

 

【まり わたしといる たのしい ですか】


「あー……うん。何か面と向かって聞かれると恥ずかしいけど、楽しいよ。というか、せっかく起きたんだからさ、忠太も欲しい物とか置きたい物一緒に考えよう」


 早口になったのは動揺したからだ。スマホの画面に小さい水滴がポツポツ降って、忠太の赤い目が雨に濡れて頭を垂れる南天の実みたいで。拭ってやらなきゃ零れ落ちそうだと思った。


 いや、そもそもネズミって涙が零れるほど泣くんだっけ? とは思ったけど、実際に忠太は泣くんだから仕方ない。スンスンと鼻を啜るハツカネズミを宥めること五分ほど。


 姿勢を正した忠太はスマホに【おみぐるしい すがたを おみせ しました】と打ち込むと、次の瞬間にはキリリと尻尾を立てて、怒濤の如くフリック入力を開始した。その早さはネズミそのものだ。


【まず さいやすねを さがしましょう でざいん かんそだと おなじでも やすい よぶんなもの そぎおとすと つかわれる うつくしさ のこります】


 そしてさらにスマホで検索をかけ始め、私が欲しがっていた商品を次々に整理していく。プリントされた物は全部色のある無地へ。見目の良いジョイントは一番力がかかる場所以外は結束バンドに。


 ネジやフックは装飾性を廃した内容量の多い物へ。組んで棚型にしようと思っていたワイヤーネットの枚数と、木目調の脚立だけはデザイン性を死守出来たものの、あとはかなり削ぎ落とされた。すのことワイヤーネットの万能性よ……。


 でも確かに忠太が最初に言ったように、全部を揃えると黒と木目調、差し色に原色の赤や緑といったそこそこお洒落な色合いに落ち着いた。感じとしてはホームセンターで見かけるアイアン製品だけで整えたアメリカンスタイルの部屋っぽい。


 新緑の苔がラグマット感を出しているのも小憎くて……何というか、お見事だ。


 因みに忠太が欲しがったのは、百均で売っている手作りアクセサリーに関する本と、それらを纏めて置けるように本立てを二つだけ。せめてもっと寝床をグレードアップするよう新しく大きめの籠を勧めたけど、それには頑として首を縦には振らなかった。


 理由は【まりが わたしのために つくってくれた はじめての さくひんです】らしい。もっと良い素材にすれば良かったと心底悔やんだ。


 それともう一つ誤算だったのは、この〝楽しい秘密基地計画〟に熱中しすぎたせいで、本来するはずだった仕事の半分も出来ない間にお昼を過ぎてしまったことと、全力でフリック入力をし続けた忠太がオーバーヒートしてしまったこと。


 大の字になって再び籠に倒れた忠太のお腹に布団をかけつつ、日記帳の端に〝小さく頑張りすぎる小さな守護精霊を休養をさせること〟と書き込んで、日暮れまでの残り時間を当初の目的通りアクセサリー作りに費やした。

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