第24話 泣いている子猫

 この海沿いの街は、観光地というよりは、工場などが多く存在する工業都市だった。


 その歴史は古く、街には廃倉庫などが数多くあり、そこを根城とする不良チームの数もまた多かった。


 まだ子供とはいえ、承認欲求は存在する。


 不良チームたちは、誰がこの街の「1番」かを競い、争いにあけくれていた。


 そんな不良チームの中で、ひときわ大きな規模を持つのが、チーム『流星』。


 体格のいい剛山という名前の男が仕切るチームで、男女混合だった。


 チームは、暴力で自分たちの縄張りを広げ、カツアゲや窃盗で生計を立てていた。


 その標的は一般市民のみならず、近隣の不良チームも含まれ、数多くの被害が広がっていた。


 当然、その自己中心的であまりにも粗暴なふるまいから、多くのチームから嫌われていた。


 なによりも、やっかいなのは、剛山の女癖の悪さだった。


 自分のチームの女はもちろん、暴力によってあらゆる女に手を出すようなクズだった。


 そして、ある日……そんな剛山に、佐藤が目をつけられた。


 きっかけは、結衣たちのチームをつぶそうと剛山のチームが喧嘩を吹っかけてきた時。


 結衣によって剛山はたちは撃退されたが、その際、佐藤のことを剛山は見ていた。


「あいつ、いい女だったな」


 剛山は、考えた。


 どうすれば、佐藤を手に入れることができるか?


 決まっている。


 これまでと同じやり方をすればいい。


 誘拐だ。


 そして、あらゆる手段を用いて自分の女にする。


 飽きたら、チームメンバーに回せばいい。


 その後、佐藤がどうなろうと知ったことじゃない。


「あの女を攫ってこい」


 剛山の命令を受けた手下たちは、すぐさま佐藤を攫いにいった。


 当然、結衣のいない時を狙わなければならない。


 なので、こっそりと様子を窺い、佐藤の家を突き止めた。


 あとは決行するのみ。


 剛山の手下たちは、気の短い剛山にせっつかれながら、準備を整えた。


 そして、決行した。


 佐藤の両親が共働きであることを突き止めた剛山の手下たちは、佐藤が家にひとりきりでいる時を狙い、襲い掛かった。


「逃げろ!!!」


 だが、佐藤ひとりのはずの家には、秋山がいた。


 秋山が佐藤の家にいた理由――それは、佐藤の「チームを抜けたい」という話を聞くためだ。


 元々、気が弱く引っ込み思案な佐藤がチームに入った理由は、たまたま仲良くなったクラスの女子が不良だったから。


 そのまま誘われて、断り切れずにチームに入ったものの、なじむこともできず、かといって簡単に抜けることもできず、困っていた。


 不思議なことに、佐藤は秋山とは仲良くなれた。


 そして、たびたびこうして相談に乗ってもらっていた。


 それが、佐藤の命運を救った。


「てめえ! ざけんな!」


「おい! 佐藤、こっちこいよ!!!」


「きゃああああ!」


 人数が少ないところを狙われ、どうすることもできなかった。


 必死に佐藤を逃がしたものの、怒りに狂った剛山の手下たちは、秋山を攫った。


「結衣さん! 秋山さんが!」


 そうして、佐藤に助けを求められた結衣は、すぐにバイクでかけつけ――剛山の指示で張ってあったピアノ線にひっかかり、事故を起こした。


「交換条件だ。佐藤を差し出せ。そうすりゃ、命だけは助けてやる」


 剛山は、ロープでぐるぐる巻きにされた秋山を見下ろしながら、冷酷にそう言った。


 そして、剛山の部下から結衣が事故を起こしたことを聞くと嬉しそうににやりと笑いながら、そのことを秋山に伝えた。


「……! 嘘だ……! んなわけねえ! 結衣が事故るはずねえだろうが!!!」


「これ、見ろよwww」


 剛山は、冷酷で、そして、頭のキレる人間だ。


 だから、必ず結衣が秋山を助けにくる可能性が高いことはわかっていた。


 結衣が仲間想いというのは、とても有名な話だったからだ。


 だから、命じた。


 「結衣がバイクで通りそうな道にピアノ線をしかけろ。んで、結衣が事故るとこをビデオで撮れ」


 バイクに乗り、凄まじい勢いでかけつけた結衣がピアノ線にひっかかり、事故を起こした動画が、剛山の持つスマホに映された。


「あああああああぁあああああああああああああああ!!!!!」


 秋山は、絶望した。


 絶望の叫びをあげた。


「で、どうする? お前もこうなるか? なあ、佐藤を渡せよ」


「……」


 今すぐに、目の前の悪魔を殺してやりたかった。


 だが、ブチ切れそうなほどの怒りに燃えながら、秋山の頭はひどく冷たく冴えわたっていった。


 圧倒的な戦力差。


 なにより、結衣がやられた。


 どうあがいても、今の秋山に、流星を潰すことなどできない。


「……わか、った」


 秋山はうなだれたまま、そう返事をし、剛山はにやりと笑った。


「おら、帰れ。とっとと佐藤を連れてこい。妙な気は起こすなよ? その時は、お前ら全員潰してやるよ」


「……」


 秋山には、頷く以外の道が残されていなかった。


 結衣を失ったチームでは、剛山率いるチーム流星には勝てない。


 佐藤を差し出し、恭順すれば、自分もチームも助かる。


「……わかった」


 秋山は、佐藤を差し出すこと、チーム流星の配下になることを約束し、解放された。


「ははははははは!」


 うまくことが運び、何度も自分を邪魔する結衣を病院送りにした剛山は笑った。


 ――だが、彼は知らなかった。


 闇よりも深い、秋山の心を。


「いいか、佐藤。お前は家族に事情を話してすぐに街を離れろ」


「で、でも、それじゃあ!」


「心配するな。あとのことは、全部わたしがやる。お前は、はやく安全な場所へ行け」


 そこからの秋山の動きは、神がかっていた。


 彼女の中にある、佐藤を、チームを守らなければという使命感……なにより、結衣を傷つけられたことへの怒りと憎しみが、彼女に不思議な力を与えていた。


 その後、恐怖にかられた佐藤が逃げたことにし、剛山に電話で報告。


 「お前、ふざけてんのか!!!」と、怒り狂う剛山に必ず捕まえるとすぐさま約束をした。


 その間、佐藤を探すふりをして、慎重に慎重を重ね、いくつもの他チームに流星を潰す話をもちかける。


 正直、チーム流星の、特に剛山の行いには、全てのチームが辟易していた。


 その被害にあったチームからすれば、秋山とは一時休戦し、共に手を組んで流星を倒すのは、とても魅力的な提案と言えた。


 それほどまでに、流星に……剛山にうらみを抱く者達が多かった。


「佐藤を捕まえた。今から連れて行く」


 佐藤の協力の下に撮影した、佐藤がロープで拘束されている写真を剛山に送りつけた秋山は、手はず通り剛山をおびき寄せ――複数の合同チームで一気に剛山とそのチームを叩き潰した。


「は、話しが違う!!! ――がはっ! あ、ああああ!」


 まんまとハメられた剛山は、無様な最後を遂げた。


 一切の容赦なく、剛山を金属バットでぼこぼこにする秋山の姿は、見る者に恐怖を与えた。


 生涯、消えることのない恐怖を叩きこまれた剛山は病院送りになり、そして、今も恐怖に囚われ怯えながら苦しんでいる。


 その後、余罪も全て明らかになったことから、少年院へと送られた。


「……結衣」


 だが、問題なのは、そこからだ。


 結衣がいない以上、自分がチームをまとめるしかない。


 すでに、流星を潰した手腕から、チーム内での秋山の評価は上がっていた。


 誰もが、秋山をチームの新リーダーと認めている光景に、秋山の心は高鳴った。


 ――わたしが、リーダー?


 生まれてはじめて、1番になれた。


 わたしが、1番上。


「……」


 こみあげる喜びに、秋山の身体は震えた。


 そこから先の秋山の行動を決めたのは、おそらく、秋山の心の中にある、善と悪の両方だった。


 結衣なき今、チームの中で発言力を持つのは、秋山派だった。


 彼女たちは、今までのようなぬるいやり方ではなく、もっと過激な方法を望んでいた。


 流星を潰した奇跡。


 このまま、自分たちが1番上のチームになる。


 そんな雰囲気で、湧きたっていた。


「……」


 結衣が、いなければ、自分が1番上になれる。


 この街で1番のチームになり、これまで自分を見下してきた連中を見下せる。


 そもそも……ここで、秋山派の不良少女たちの願いを無下にすることは、絶対にできない。


 なぜ、彼女たちが自分を慕うか?


 それは、自分が彼女たちの期待に……ニーズに応えているからだ。


 彼女たちが憧れる非道な手段、彼女たちが望むこの社会への復讐、彼女たちが欲してやまない自分たちが一番上だという証拠。


 彼女たちは、言っていた。


「ウチらは、秋山さんについていきます」


「結衣さんは、優しいけど……私たちが一番欲しいものをくれない」


 彼女たちの欲するものと、秋山の欲するものは、似ていた。


 それは、この世界への復讐。


 結衣がいなければ、カツアゲももっと大っぴらにできる。


 結衣がいなければ、すぐさま他チームに喧嘩を売って吸収し、もっとチームを拡大できる。


 結衣がいなければ、こんななれ合いではなく、もっと強いチームになれる。


 なんだってできる。


「秋山さん!」


「ついに、秋山さんの時代が来ましたね!」


 結衣が本当にいなくなり、彼女たちは色めき立った。


 今まで自分達を抑えつけていたものが消えた。


 これからは、好きなようにできる。


 過去において、秋山は言っていた。


「いつか、結衣を排除して、わたしがこのチームを率いる」


 彼女たちは、応えた。


「ついていきます!!!」


 今。


 もし、結衣がいないこの状況で、好き放題自分たちの思うとおりにできる状況で、そうしなかったら?


 秋山自身、結衣がいなくなることを望んでいて……しかし実際にそうなって恐怖や不安にかられていることが、自分に期待する彼女たちにバレてしまったら?


『なんで、秋山さんは何もしないんだ?』


『せっかく今なら、好き放題できるのによー』


『ビビってんのか?』


 確実に、舐められる。


 いくら一時の勝利で尊敬を集めても、その後の行動によって、簡単にそんなものは崩れ去る。


 リーダーがリーダーたりえるのは、下の者たちの期待に応えるからだ。


 期待に応えなければ、すぐに、評価は壊れる。


 不良チームにおいても、結局は、人間関係が全てを支配する。


 ここで、彼女たちの願いを叶えなければ、確実に、自分はリーダーとして失墜し、最悪の場合、チームは分裂。


 ……自分の居場所がなくなる。


『なーんだ、今日は結衣ちゃんいないんだー』


 小学生の頃のトラウマが蘇り、秋山を苛んだ。


 どうする? 結衣は、いつ目覚める? チームの空気はもう変わっている。ここでわたしが動かなければ、舐められる。チームの消滅? 結衣と一緒に作ったこの場所が? 絶対に守らなければ。せっかく、1番になれたのに。元々、結衣の生ぬるいやり方に不満を持っていたのは本当だ。今なら、その結衣はいない。結衣がいなければわたしが1番。結衣がいるからわたしは2番。わたしはこの世界に復讐したい。


 すでに、精神的に追い詰められていた秋山は……決断した。


 チームを守る。自分が1番上になる。この世界に復讐する。


 ……実のところ、下の者達に舐められる恐怖が大部分を占めていたことに、秋山は無意識に気づかないようにしていた。


「秋山さん、咲希のやつをやっちまいましょうよ」


 もはや、チームは完全に秋山と秋山派の不良少女たちに支配されていた。


 秋山は、下の者たちの声を聞き、その期待にこたえ続けた。


 咲希を放置することはできなかった。


 仮に、自分が咲希を無条件に解放してしまったら、確実に「なんでだよ」と下の者たちから不信を抱かれるし、最悪、自分抜きで咲希が襲われる。


 秋山自身は、咲希には感謝していた。


 結衣を幸せにしているのは、間違いなく咲希だったから。


 それでも、チームのため、秋山は決断せざるを得なかった。


 結衣との決別の意味と、気に入らないという個人的な理由によって、秋山派の不良少女たちは、咲希をボコることを当たり前のこととして考えていたのだから。


 最悪の場合、咲希は殺される。


 もはや、秋山派の不良少女たちは、自分たちは流星を倒した、残酷で強い秋山がいる、自分たちはなんでもできるという思想に取りつかれていた。


 その負の全能感が高じれば、人をも殺してしまう。


「結衣姉に謝れ!!!!!」


 あの日、咲希が一人乗り込んできて、自分を殴った時……秋山は、咲希を助ける方法を必死に考えていた。


「殺せ」と演技をしながら、秋山派の不良少女たちの期待に応えながら、逃げた咲希がそのまま無事でいるように、「お前たちはあっちを探せ!」とでたらめな指示を出し、「お前らはここに残れ」と咲希を追う戦力を減らしたりした。


 そうして、咲希をボコったことで、一応、「けじめ」をつけた秋山は、「もうこれでいいだろう」という意味を込めて、「もうあいつは放っておけ」と命令を出した。


 不良少女たちにしても、秋山はちゃんと自分たちの期待に応えてくれた。


 逃がしはしたが、咲希をボコることはできた。


「はい」「うす」


 少し不満そうにしながらも、不良少女たちは頷いた。


 これで、秋山は咲希の件に片をつけた。


 あとは……このまま駆け上がるだけ。


 この街の頂点に立つ。


 それは、自分の夢でもある。


 ……だが秋山は、すぐに現実を知る。


 常に、下の者達の期待に応えなければならないことへの疲労。


 舐められれば、居場所を失う。


 結衣のいない、この世界で。


 そうならないためには、期待通り、残酷で、非道な自分を演じなければならない。


 チームの上に立ち、恐怖で下の者達を従わせながらも……秋山は、ずっと怯えていた。


 いつか、弱い自分がバレてしまうことを。


 寝ている結衣に縋りつき、許しを請い、助けを求めるような情けない人間であると知られてしまうことを。


 他チームに喧嘩を売り、潰し、勢力を拡大する日々に……いやけが差していることを。


「はあ……はあ……ああ、ああああああ!」


 途中から気づいていた……結局、自分が本当に欲しかったものは、この道ではなかった。


 それでも、もう、止まるわけにはいかない。


 舐められないためには、非道な自分を演じ続けなければならない。


 この道ではないとわかっていても、進まなければならない。


 苦しくても、止まるわけにいかない。


 結衣なら言えるんだろう。


 自分の言いたいことを、たとえ相手にどう思われようと。


 でも、秋山には無理だった。


 弱い自分が、情けない自分がバレないように……突き進むしかなかった。


「秋山さん! 咲希の友達を拉致ってきました!」


「もう一度、咲希にわからせてやりましょう!」


 そして、事態は最悪な方向へ進んだ。


 秋山派の不良少女の内、3人が勝手に動き、咲希の友人を拉致ってきた。


 それは、自分があれほど憎んだ剛山と同じ手段。


 吐き気がした。


「……」


 ――こいつらは、なんなんだ?


 チーム内の咲希への不満を解消するには、チームから抜けようとする咲希をボコる必要があった。


 だから、そうした。


 こいつらは、あの時、咲希のことを思う存分、殴り、蹴り、罵倒し、嘲笑っていたはずだ。


 それで終わりのはずだ。


 なのにこいつらは……まだ咲希に固執している。


 咲希が自分達を見下していることが許せないと常々言ってはいた……だが、それはこいつらも同じ。


「あいつ、終わってねーか?www」


「バカすぎるwww」


「ゴミだwww」


 ある他チームの不良のことを3人はそう嘲笑っていた。


 カツアゲでビビっていた相手のことを嘲笑っていた。


 むしろ、常日頃から、あらゆる人間をバカにし、見下していた。


 でも、許せないのか?


 これが、人間なのか?


 他人のことはいくらでもバカにして嘲笑い見下すが……自分がちょっとでもそうされることは絶対に許さない。


 それはまるで……幼い頃、自分をいじめていた、いじめっ子たちと同じ……。


「ずいぶん、つまんねえチームになっちまったな」


 結衣ならそう言うだろうと、秋山は一瞬思った。


 何してんだ! 咲希のことは放っておけといっただろうが!!! ――そう言えたら、どんなにいいか。


 だがそんなことを言えば、確実にこの3人は自分に不満を持つ。


 その不満が重なれば、簡単に手の平を返してくるだろう。


 白状すれば、秋山は怖かった。


 このチームに存在する、全ての少女たちが。


 リーダーとしてチームをまとめるため、秋山は苦手な勉強――人間関係や人心掌握術の本などを読み漁り、必死に考え、努力した。


 だが、どれだけ技術があっても、それを使う自分が駄目なら結果も駄目だ。


 たしかに、秋山はチームのリーダーで、慕われ、畏敬され、命令をすれば聞いてもらえる。


 しかし、実際のところは、チームが望むとおりに秋山が動いているだけ。


 舐められないよう、傷つけられないよう、機嫌を損ねないよう……秋山が、このチームを構成する不良少女たちに動かされている。


「そうか……なら、咲希を呼べ。この前の続きだ」


「――はい!」


 やっぱり、秋山さんも同じ考えだった!


 よかった!


 キラキラした瞳で、3人は嬉しそうに頷いた。


 もし、断りの言葉を伝えていたら、どうなっていたか……秋山は、内心で恐怖にかられていた。


「……」


 もう、やるしかない。


 秋山は、そう思い、覚悟を決めるしかなかった。


 もう、自分は止まれない。


 チームを止めることもできない。


 そもそも、秋山も、咲希と同じだ。


 チームの中で、ひとり。


 誰も、相談できる相手がいない。


 舐められれば、バカにされる。


 弱いとわかれば、見下される。


 最後は、居場所を失う。


 だから、このまま、進むしかない。


『……その、やっぱり、別の場所の方がよかったんじゃないですか?』


 秋山の側近の須藤は、そう言った。


 当然ながら、秋山もわかっている。


 狭い場所に呼び込んで、一斉に襲い掛かれば一瞬だ。


 だが、それでは、駄目だ。


 それでは、咲希が死んでしまう。


 咲希を守るためには、逃げ道や隠れ場所の多いこの倉庫群でなければ駄目だった。


 諦めて帰れ。


 あの3人が攫った女の子は、後で自分が必ず解放する。


 そう心の中で祈りながら、秋山はじっと時が過ぎるのを待った。


 同時に、覚悟もしていた。


 もし、咲希が諦めずに頑張り続け、その果てに、捕まってしまったら……その時は、チームのために、自分が咲希にとどめを刺す。


 そうすれば、もう後戻りできない。


 本当に、止まれなくなる。


 わかっている。


 わかっていても、止まれない。


「あああああああああああああああああああああああああああ!」


 結果は、最悪な方。


 咲希は捕まり、ヒロまでこの場に引きずり出された。


 この状況、咲希を潰さなければ、終わらない。


『さて、そろそろ終わらせるか』


 秋山は、もう何度目になるかわからない覚悟を決めた。


 突き進む。


 自分は、この道を。


 そして、咲希の顔面に蹴りを入れ、不良少女たちが一斉に咲希に襲いかかり――結衣が、現れた。


『ふーっ、ふーっ、ふーっ』


 目が血走り、興奮でどうにかなりそうだった。


 嬉しさで涙がこみ上げるのを、今すぐにかけつけたい気持ちを必死で押し殺した。


 結衣が生きていた。目覚めてくれた。結衣が――。


「……」


 けれど、秋山はもう止まれなかった。


 秋山自身が自覚するよりも、はるかに……秋山は精神的に追い詰められ、すでに壊れていた。


 これから、どうすればいい? この状況で? わからない。わからな――。


「……」


 ……いや、もういい。


 止まれない。


 今さら、止まれるわけがない。


 すでに、結衣のいないチームとして確立されている。


 今さら、自分が結衣にしっぽ振れば、下の奴らから確実に舐められる。


 それに、また戻るのか?


 結衣が1番で、自分が2番の世界に――。


『須藤、行け』


『いいから、行けってんだよ!』


 天使と悪魔のように、自分の中でせめぎ合う気持ちに揺れながら、秋山は、結衣との決別を選択した。


 秋山は、須藤を頼りにしていた。


 秋山は、実際のところ、とても弱い人間だった。


 だから、自分を慕う須藤に甘えた。


 須藤がすぐにやられるとわかっていたのに。


「あああああああああああああああああああああ!」


 腹の底から叫び、拳を振るいながら……秋山は心の中で泣いていた。


 もう、何もかもがわからない。


 わたしは、結衣にずっとそばにいて欲しいと思っていた。


 わたしは、結衣に今すぐに消えて欲しいと思っていた。


 わたしは、自分が1番上になれてうれしいと思っている。


 わたしは、これからも1番として生きていくことをつらいと思っている。


 どっちも本当の気持ちなんだ。


 もう、わけがわからないんだ。


 狂っているというのなら、わたしはずっと昔から狂ってる。


 当たり前だ。


 わたしは、ずっと、生まれた時から今この瞬間まで――生きるのが、つらいんだ。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 ……頼む、結衣。


 ……わたしを、止めてくれ。


 助けて、くれ。

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