第5章 ひとりぼっちの子猫
第21話 子猫の危機
――わたしは、バカだ。
「はっ、はっ、は、はぁっ」
――わかってたはずだ。こうなることくらい。わかってて……甘えた。
「ぜえ、はあ、はっ、はっ!」
居心地がよかったから。
怖くなかったから。
あたたかかったから。
あいつの笑顔が――優しかったからだ。
「っ、くそっ、!」
無我夢中で全力で走っていたら、転んだ。
全身が痛くてたまらない。
時間がたてば、身体のあちこちがさらにずきずきと痛くなってくる。
でも、どうでもいい。
わたしの身体の痛みなんてどうでもいい。
それより、ヒロだ。
なんでいなくなるんだよ、ヒロ!
「ヒロ!」
ヒロのお父さんと買い物から帰ると、ヒロがいなかった。
ヒロのお母さんも、ヒロがいないことに驚いていた。
お店をしめた後、ヒロは先に家に帰り、夕ご飯の支度をしているはずだった。
でも、ヒロのお母さんが家に帰ってもヒロはおらず、妹の咲奈もヒロは一度も帰ってないと言う。
いやな、予感がした。
心当たりがありすぎるからだ。
わたしがどういうつもりであれ、世間一般の基準で見ればわたしは立派な不良だ。
実際、頭のネジが飛んでいるようなヤバイ連中と一緒にいた。
「いったい、どうしたのかしら……?」
いつもはふんわりとあたたかな笑顔を浮かべているヒロのお母さんも、さすがに不安を覚えている。
当たり前だ。ヒロは、なんの連絡もせずに、こんな夜遅くにいなくなるような奴じゃない。
だとしたら、何かあったんだ。
「わたし、探してきます!」
「あ、咲希ちゃん!」
不安から生まれる焦燥感に突き動かされて、わたしはヒロの家を出た。
公園、商店街、どこを探してもいなくて、慌てすぎて無様に転んで……。
「なにやってんだよ、わたしは……」
呼吸が苦しい。足ががくがくする。でも、そんな場合じゃない。早くヒロを――。
「よう、咲希」
「!」
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
がばっと顔をあげれば、そこには、チームの中でも特に秋山にべったりの不良がいた。
わたしのことが気に入らないらしく、チームにいる時から散々いやな思いをさせられた奴だ。
あの夜、ヒロと一緒に公園にいた時にも表れて……喧嘩をした相手。名前は、今も知らない。
「お前!!!」
自分でも驚くくらいの声が出た。
自分が壊れそうになるくらいの怒りを抱えていることに自分でも驚いた。
でも、今はそんなことどうでもいい。
ヒロがいなくなったタイミングで、わざわざこいつが現れたってことは……!
「動くんじゃねえ!」
わたしが掴みかかろうとした瞬間、そいつは鋭い声を発した。
構わずに走り、拳を握りしめた私の目の前に、そいつはさっとスマホの画面を掲げた。
なにしてんだ? と一瞬思った私の目にその画面の内容が入って来た瞬間、わたしは凍り付いた。
「――ヒロ!」
そこには、薄暗い場所でロープで縛られているヒロの姿があった。
口と目に包帯がまかれ、自由を奪われている。
「お前―!!!」
「わたしに何かしたらよお! こいつ殺すからな!!!」
「っ!?」
ふー、ふー、と荒い呼吸をつきながら、射殺すような視線をわたしに向けてくる。
――本気であることが伝わって来た。
「秋山さんからの伝言だ! 街はずれの廃倉庫までこい! わかるよな? うちらのチームのホームのひとつだよ!」
そいつは、常軌を逸した目つきで一気にまくしたてる。
「警察には言うなよ! こいつの親にも言うなよ! 誰にも言うなよ! わたしが見てるからな! わたしと一緒にこのまま来い! そうすりゃ、こいつは無傷で解放してやる! 従わなければこいつは殺す!」
……だらん、と。
全身から力が抜ける。
「……」
全て、わかった。
やっぱり、わたしは『そう』なんだ。
どうあがいても、『こう』なってしまう。
「……わかった」
十中八九、これは罠だ。
わたしがこのまま行ったとしても、ヒロが無事で解放される保証なんてない。
でも、ここでわたしが下手な真似をすればヒロの命は確実に終わる。
「繰り返すぞ! わたしに何もするなよ! わたしが一定時間毎に連絡しなきゃ、こいつはすぐ殺されることになってんだ! 誰にも言うなよ! このままわたしと一緒に――」
「うるせえ!!!!!!!!!」
「!?」
そいつは、目を見開いて固まった。顔が、青ざめていた。
「お前らの言うこと全部聞いてやるよ。でも、約束しろよ? ヒロに何かあったら――殺す」
「……っ」
息をするのを忘れたように固まるそいつを横目に、歩き出す。
そうだ。一刻も早くヒロを助けたいけど、その前に――。
「その前に、行くところがある」
「……ぁ、ああ!? ふざけんな! 妙な真似したら――」
「結衣姉のとこだ」
「――」
結衣姉は、誰にでも優しかったし、慕われていた。
最終的には秋山についたこいつだって、結衣姉のことは慕っていた。
「これで最後だ。いいよな?」
「……わかった」
その後、わたしはそいつと一緒に結衣姉の病室に行った。
面会時間は過ぎていたから、忍び込んだ。
結衣姉は、真っ暗な部屋の中で、静かに眠っていた。
「結衣姉」
届かないって、わかってる。
でも、最後にどうしても伝えたい。
「ありがとう。わたし、結衣姉に出会えて、本当によかった」
結衣姉にとっては、そうじゃなかったかもしれない。
だって、わたしのせいでこうなったから。
ヒロも、そうだ。
わたしのせいで、ヒロは攫われた。
このままだと、ヒロも、結衣姉のようになってしまう。
だから、必ずヒロを助ける。
そのためなら、わたしなんかどうなってもいい。
約束する。
たとえわたしの命を差し出すことになっても、ヒロを助ける。
「……」
最後に、真っ暗な病室で、できるだけ結衣姉の顔を心に焼き付ける。
「さようなら」
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