第17話 子猫と遊園地
それは、初めての世界。
家族や学生たちで賑わう休日の遊園地。
誰もが笑顔を浮かべ、楽しそうにはしゃいでいる。
「……」
なんか、落ち着かない。
その幸せな空間そのものに罪なんてないのに。
自分が不純物のように感じられて。
いたたまれなくなる。
「咲希さん、行きましょう」
なのに、ヒロも、レミも、奏も(名前で呼び捨てするように言われた)、当たり前のように、わたしをそんな世界へ連れて行く。
遊園地のゲートをくぐって、眩しい光の後に見えた遊園地の世界は……わたしに、幼い日の記憶を思い出させた。
あの頃はまだ、母がいた。父はあの頃から怖かったことも思い出す。……でも、そうだ。きっと、楽しかったんだ。
「ねえねえ、まずはどこから回る?」
レミがすぐにはしゃぎだす。
レミはいつもテンション高くて、よくしゃべる。
言ってみれば、わたしが最も苦手とするタイプ。
実際、前の学校でわたしを敬遠してたのは、こういうタイプだった。
でも不思議なことに……なぜかレミはわたしに優しくしてくれる。
ヒロの友達だからか。
わたしに気を遣っているのか。
わからないけれど……友達として接してくれる。
正直、恥ずかしい。
喜んでいる自分が。
あれだけ、結衣姉に「友達なんていらねー」とか言っときながら、こんな風に自分を慕う子が現れれば、まんざらでもない態度をとってしまう。
ヒロにそのことを話したら、「気にすることないですよ」なんて言いやがる……。
そこで、気づいた。
わたしはたぶん、自分があんまり好きじゃない。自信もない。
でも、ヒロたちはきっと、自分のことをちゃんと認めてる。
「咲希はどれがいい?」
ほら、すぐにこんな風に、わたしの希望を聞いてくる。
「別に、どこでもいい。レミの好きにしろよ」
もうすでに、心の中はいっぱいいっぱい。
だからつい、そんなことを言って……心の中で後悔してる。
「いいのか?」
と、どこで奏が口を挟んできた。
奏は、世間一般で見ればイケメンと呼ばれるんだと思う。
でも、わたしはなんだか苦手だ。
元々、人の顔をあんまり気にする方じゃないし。
見るからに真面目過ぎて固そうで怒ると怖そうだし。
まあ、怒ったところは見たことないけど。
「レミに任せると、絶叫系になるぞ?」
「!」
でも、こんな風に会話の中で気遣いを見せるから、いい奴ではあるんだと思う。
て、ちょっと待った。
……絶叫系?
「咲希さん、絶叫系は苦手ですか?」
ヒロの奴は、だんだんわたしの表情を読むのがうまくなってる気がする。
なんでいつもわたしのことなんか見てるんだ?
「に、苦手じゃねー」
つい、強がりを口にしてしまう。
正直、乗ったことはないからわからない。
でも、たぶん、駄目な気がする。
結衣姉のバイクで度胸はついているし、本物の不良と喧嘩もしてきたわたしだけど……「きゃああああ!」
あの悲鳴と物凄い勢いで動く乗り物は見るだけで身体拒否している気がする……。
でも、情けねー。
こんな気持ち知られたくねー!
「ボク、怖いから他の乗り物にします」
と、困っていたら、ヒロがそんなことを言い出した。
それだけで、すぐにわかる。
こいつ、本当は絶叫マシーン平気だ。
今の、確実にわたしをかばった。
「わかった。じゃあ、奏とわたしで乗ってくるね」
「乗り終わったら連絡する」
以心伝心と言った感じでヒロの気持ちを察したレミと奏は、そのまま絶叫マシンの列に並んだ。
「咲希さん、なにか乗りたいものありますか? それとも、何か飲みますか?」
当たり前のように、ヒロがそう聞いてくる。
わたしは……我慢できなくて、言ってしまう。
「あのさ、気遣わなくていいぞ」
ヒロが優しいのは、わかってる。
でも、わたしは……『こういう人間』だから、その優しさがつらい時もある。
今も、いたたまれない。
「わたしのことでお前が何かを我慢することないし。無理にわたしに合わせることない。そういうの、お互いつらくなるだろ」
自分自身が、自分の言いたいことを言えなくて、いつも誰かに従っていたからだろうか……わたしが感じたそのつらさを、ヒロには味わってほしくない。
ああ、でも、そっか。今の言葉じゃ、その気持ちは伝わらないんだ。
「今だって、わたし一人を置いていけばよかっただろ。……そもそも、本当は、わたしなんか誘わなければよかったんだ」
わかってるのに。なんで自分は……こんないい方しかできないんだろう?
「わかりました。じゃあ、次からは、あんなふうにかばったりしないで。ちゃんと咲希さんの気持ちを聞きますね」
「――」
ああ、こういうところだ。
こいつの、こういうところが……わたしには、眩しすぎる。
「怒ってもよかったんじゃねーか? 今の」
「え?」
「今のわたし、最悪だったろ?」
だからだ。
不思議と。
ヒロが相手なら、わたしは、自分の言いたいことを言える。言えてしまう。
今まで、誰にも自分の気持ちを言えなかった。
結衣姉にすら。
嫌われるのが怖くて、醜い自分を隠していた気がする。
でも、なんでだ。
わたしは、こいつが相手だと、どんな自分でもさらしてしまう。
嫌われるって。最悪だって。わかってるのに。なのに……。
「咲希さんは、嫌われることが怖いですか?」
「――!」
心の一番柔らかいところに触れられて、体中の細胞がびくっとなった。
「僕も怖いです。人から嫌われてしまうのって、すごく、つらいですよね。でも……大丈夫です」
今まで、一度も聞いたことがないくらい、あたたかな声だった。
「こんなことくらいで、咲希さんのことを嫌いになったりしません。いいんですよ。咲希さんが感じたことを伝えても。絶対、大丈夫です」
「……っ」
そんなことを言ってもらえたのは、生まれてはじめてだった。
誰にも、そんなことを言ってもらえなかった。
……ホームセンターで、ユズのご飯や玩具を選んだ時みたいに、涙が溢れそうになる。
なんか、変だな。わたし。……ああ、そっか。たぶん、友達ができたからだ。
レミと奏。同年代の『友達』。今まで、ずっと遠ざけてきた、でもきっと、心の底では望んでいたものが、突然手に入って……わたし、心が不安定になってるんだ。
自分でも、意味がわからない。わたし……こんな人間だったか? こんな、弱かったか?
「……わたしさ、絶叫系、たぶん無理だ。怖い」
気づけば、わたしは自分の気持ちを口にしていた。こんなの、甘えそのものだ。
「はい」
ヒロの優しくてあたたかい声。
それが、わたしの心の蓋を開いていく。
「……わたしさ、ずっと、友達いなかったんだ。だから、今日、遊園地に来れて嬉しかった」
「はい」
「……でもさ、怖い」
「はい」
「あの二人に嫌われるのが、怖い……」
「大丈夫です。絶対に」
ヒロの顔を見たら……本当に、そう思っていることがわかった。
レミと奏がいい奴だから……その理由だけじゃない。
わたしが、わたしのままで大丈夫だと……ヒロは言っている。信じてくれている。
そのことが……こんなに胸をあたたくするなんて、はじめて知った。
「……」
本当に、こいつはなんなんだろうな?
どうして、会ったばかりのわたしに、赤の他人のわたしに、ここまでしてくれるんだ?
……いや、本当はわかってる。こいつは、こういう奴なんだ。
誰が相手でも、こうやって、相手の心に光をくれる。
なんかだんだん、怖がってるのがばからしくなってきた。
「ふふふ、咲希さん。実はボク、咲希さんにどうしても食べて欲しい物があるんです」
場の空気を変えるように、突然、ヒロがそんなことを言い出した。
どうでもいいけど、マジでこいつ、可愛いな。
見た目が美少女だから、得意げな様子や、少しおどけた様子も輝いてる。
……ホントに変わった奴だと改めて思う。
「この遊園地限定のアイスがあるんです。ちょうどあっちに移動販売カートがありますから、買いに行きましょう」
「なんか急にテンションたけーよ! 別にアイスくらい、コンビニでも食えるだろ!」
「食べてみればわかりますよ」
こいつでも、こんな風にはしゃぐんだな。
意外な一面を見て少しだけ戸惑っていたら、ヒロは駆け出していた。
「待てよ!」
ヒロを追いかけて、人で賑わう遊園地の中を走る。
さっきまであった怖い気持ちが、どんどん消えていく。
不思議なことに、さっきまでは気付かなかった遊園地のきらめきが見えてくる。
そうして、ヒロにすすめられるまま食べたアイスは……マジで美味しかった。
🏍
「はー! やっぱ、この遊園地はいいよなー!」
「ガキかよ、お前! はしゃぎすぎだろ!」
「はあ? てめえも楽しんでんだろうが! 何頭にかぶってんだよ、おい! 恥ずいんだよ!」
遊園地の中を、柄の悪い三人の少女たちが騒ぎながら歩いている。
三人共、髪の色をカラフルに染め、耳にはピアス。
着ている服はお洒落なものの、どこかだらしのない着こなしのためか、不良であることがすぐにわかる。
声も一際大きく騒がしく、周りの迷惑など顧みないふるまいはとても目立っていた。
彼女たちは三人共……結衣が作り、秋山にのっとられたチームのメンバーだった。
その内の二人は、あの夜、公園で咲希と喧嘩をし、敗北した少女たちだった。
「けどさー、マジで秋山さんすごくね?」
「だよなー」
ふと、話題が切り替わる。
「マジで容赦なかったもんな」
「チーム・流星のリーダーの最後、マジ笑えるw」
それは、つい最近の抗争のことだ。
咲希をチームから追い出してすぐに、秋山は行動を開始した。
その手始めが、自分を誘拐し、結衣を事故らせた暴走族チーム・流星の壊滅だった。
秋山のカリスマ性は、凄まじいものがあった。
いつの間にか、複数のチームと協力関係を結び、数の暴力で流星をぶっ潰した。
流星を潰すための一時的な結束とは言え、秋山のカリスマ性がなければ、あの荒くれチームたちがひとつにまとまることはなかっただろうと誰もが理解していた。
そもそも、流星と秋山は最初から繋がりがあったというのは、チーム内では有名なことだ。
実は、流星のリーダーである不良男子と恋仲だったという噂まである。
秋山は誘拐されたふりをして結衣をおびき出し、事故を起こさせた、と。
しかし今回、秋山は容赦なく流星を潰した。
「話が違えぞ!」と怒鳴り散らす流星のリーダーを殴り、蹴り、「ゆ、許してくれ……」と土下座する流星のリーダーに容赦なく鉄パイプを叩きつけた。
結果、流星のリーダーは、現在入院している。そして、流星は解散となった。
「派手な喧嘩の後の遊園地はマジ楽しーわー」
「あ、それわかるw」
三人共、顔や体中に怪我や痣があり、抗争の激しさを物語っていたが、一つの巨大なチームを潰したことへの達成感が、自己肯定感を強めていた。
しかも、秋山は今も動き続けている。他チームの吸収・壊滅。カツアゲなどの強化。軍隊や格闘家の訓練法を用いた戦闘訓練等……本気で、この街の不良グループの頂点に立つ気でいる。
秋山についていけば、大丈夫。自然、そんな崇拝の心が生まれていた。
「……でもさー、秋山さん、あいつのこと放っておく気かな?」
「はあ? あいつって?」
「咲希だよ、咲希。わかれよ!」
「あー! そういや、そんな奴もいたな。忘れてたわw」
だが、内心では覚えていた。
結衣が連れてきた時から気に喰わないと思い続け、先日の公園では見事にのしてくれた咲希のことを、少女は一瞬たりとも忘れたことはなかった。
「ウチとしてはさー、あいつにちゃんとわからせてやらねーと気がすまねーんだけど」
「だよねー! でもさー、なんか秋山さん乗り気じゃないじゃん?」
咲希を逃がした後、公園の件も含めて、少女たちは秋山に願い出た。
必ず、咲希を見つけ出し、痛い目に遭わせてやりたいと。
当然、秋山は頷くものと思っていた。
むしろ、「そんなわかりきったこと聞いてんじゃねーよ。さっさと咲希をわたしの前に連れてこい」とキレられる覚悟をしていた。だが、秋山は――
「もう、放っておけ。あいつに関わるな」
そう、一言呟いて、咲希の件は終わりになってしまった。
少女たちは、唖然とした。
一時は、「殺せ」とまで言ったのに。
正直、意味がわからなかった。
「もう、どうでもいいんじゃね?」
「いやでもー、このままじゃマジで腹の虫が収まらねーし」
「ウチらで勝手にやっちゃっていいんじゃね?」
などと話しながら、遊園地内を歩き続ける少女達。
その時だった。
「あ、待って。あれ、咲希じゃね?」
「は? うそ、どこ!」
「うわー、ホントだ」
少女の一人の言葉通り、離れた場所で、ひとりの少女と一緒にアイスを食べる咲希の姿があった。
「なにあいつ。来てたの?」
「え、どうする?」
積年の恨みを持つ相手が、すぐ目の前にいる。
場所は、大勢の目がある遊園地だが、彼女たちにそんなことは関係ない。
自分たちは、秋山の率いる不良グループの一員なのだ。
「隣にいる女……公園にもいたよな」
「ああ、いた」
少女たちは、覚えている。あの夜の公園で、咲希と一緒にいたヒロのことも。
「ふーん……」
「あいつ、友達いたんだ」
チームにいた頃の咲希を思い出す。
咲希は、結衣以外と関わろうとしなかった。
最初は、少女たちも咲希に話しかけていた。
だが、咲希は全く応じなかった。
それどころか……咲希は、少女たちが最も嫌う目で、少女たちのことを見てしまった。
不良に対する軽蔑、恐れ、『自分は、あなたたちとは違う』という目で。
「で、どうする? 今、やる?」
目つきが鋭くなり、声にも迫力をにじませながら、少女の一人が問う。
すると、もう一人の少女が答えた。その顔に、笑みを浮かべながら。
「いや、今はいい」
「だよね。今じゃない」
もう一人の少女も、邪悪な笑みを浮かべながら、頷いた。
……その後、咲希はヒロたちと共に、遊園地を満喫した。
それは、咲希にとってはじめての世界で、奇跡のような時間だった。
そう、咲希は、心から楽しいと感じていた。
だから、気づかなかった。
不良グループの少女たちが後をつけていたことも。
少女たちが、同じ家に入っていくヒロと咲希の姿をじっと見ていたことも。
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