第14話 子猫のバイト仲間

 ヒロは、学校でも好かれている。


 というか、大人気。


 学園のアイドルという感すらある。


「おはよう」


「おっはー」


「ヒロくん、おはよー」


「あ、ヒロくんだ! おは~♪」


 登校中、学校付近、教室に向かう途中の廊下、どこを歩いても必ず色々な生徒や先生から声をかけられる。


 そして、教室に入ると一際大きな挨拶に向けられる。


 ヒロが教室に入りながら朝の挨拶をすれば、教室の生徒全員が嬉しそうに挨拶をする。


 これには、ヒロの愛らしい容姿のみならず、ヒロ自身の人柄が大きな理由となっている。


 ヒロは、本当に純粋な子。


 生来の性格に加え、両親の教育の賜物として、心から人を思いやる優しい子に育った。


 考え方や心の状態が清らかなため、雰囲気がとても優しい。


 はじめて会った人でも、一目でヒロが優しい子であることがわかり、ほっと安心することができる。


 言葉を交わさずともわかる柔らかなヒロの雰囲気に、誰もが安心感や好意をおぼえ、心を開く。


 ヒロはいつも、どうすればみんなと仲良くなれるか、どうすれば目の前の人を笑顔にできるのか、どうすれば幸せにできるのかということを考えている。


 自然、ヒロの声音も、言動も、全てが優しくあたたかいものになる。


 愛らしい容姿、優しい雰囲気、そして、思いやりのある性格……みんながヒロを好きになるのに、時間はまったくかからなかった。


 休み時間になると、クラスメイトはこぞってヒロの机に集まり、笑顔で話に花を咲かせているし、ヒロの影響を受けて、みんなも誰かの笑顔にためにという生き方を自然と実践するようになっていた。


 ひとつ問題があるとすれば……それは、女子のみならず、男子もヒロにガチ恋してしまうという点。


 はじめてヒロを見た男子は、「え、こんな可愛い子がいたの!?」という状態になる。


 そして、ヒロの優しい雰囲気や人柄にきゅんとなり、「この子を恋人にしたい」と思う。


 けれどすぐに、ヒロが男子であることが発覚する。


 その時、男子たちはこの世の終わりのような絶望を覚える。


「本当に女の子だったらよかったのに……」と。


 しかし、現実を受けとめ心を落ち着かせると、「それはそれとして、ヒロとは仲良くしたい」と感じる。


 そうして仲良くしていると、しだいに、「……あれ? 別に、男でも……よくね?」となってしまう。


「いや待て待て!……だけど、でも……」と愛と性別の狭間で揺れる男子が続出していた。


 女子は女子でヒロにメロメロだった。


 ヒロは見た目が可愛い女の子ため、女子は警戒心が緩んでしまう。


 加えて、ヒロ自身、女の子の趣味が好きなため、話がとても合う。


 ヒロと話をしていると時間が経つのも忘れてしまうくらいに楽しくて、男の子としても女の子としても一緒にいると幸せになる。


 さらには、ヒロは困っている人を見かけると、男女問わず、すぐに救いの手を差し伸べる。


 ヒロに助けられて感謝する生徒は、男女問わず沢山おり、「男子とか、女子とか考えるのやめよう。ヒロくんは、ヒロくんだよ」という結論の下、毎日楽しいスクールライフを送っていた。


「おはよー、ヒロ。今日も人気者だねー」


「おはよう、レミちゃん」


 クラスのみんなに朝の挨拶を返しながら自分の机に行くと、その隣に座る金髪サイドテールの女子から話しかけられる。


 神楽坂レミ。


 染められた金髪にピアス、胸の谷間が見えるレベルで着崩した制服と短めのスカート。


 爪はネイルアートで彩られ、学生鞄にはぬいぐるみがたくさん揺れている。


 どこからどう見ても陽キャなギャルは、ヒロの幼馴染の一人だった。


「おはよう、ヒロ」


「おはよう、秦くん」


 次に挨拶をしてきたのは、黒髪眼鏡の真面目そうな男子生徒。


 名前は、藤堂奏。


 レミとは対照的に、一部の隙もなく、きっちりと着こなされた学園制服。


 頭のてっぺんからつま先まで「びし!」という擬音が似合い、とても理知的な雰囲気を醸している。


 事実、一年生でありながら生徒会にスカウトされたほどの優等生で、アイドルのように整ったイケメン男子。


 地元でも有名な、剣術道場の跡取り息子でもある。


 ヒロ、レミ、奏の三人は、保育園時代からの幼馴染であり、小、中、高と一緒の仲良しだった。


「今日もヒロは可愛いな」


「あ、ありがと。奏くん」


 まっすぐに目を見つめられながら力強くそう言われて、ヒロは思わず照れてしまう。


「まーた、ヒロのこと口説いてる」


「事実を口にしたまでだ」


 机の背に上半身を預けながら真をからかうレミに、誠は真面目な声でそう答えた。


「それにしても、今日は先に言ってくれとのことだったが、何か用事でもあったのか?」


 奏が心配そうにそう尋ねる。


 いつもなら、待ち合わせをして三人で一緒に登校するのだが、ヒロが用事があるということで、レミと奏は先に学校に来ていた。


 ヒロは、隠し事をしない子。


 何かあれば、周りの人に必ず伝え、その上でこれからどうすればいいか話し合ったり助けてもらったりする。


 もちろん、逆の立場でも同じようにする。


 まして、目の前にいるふたりは、子供の頃から一緒に歩んできた大切な親友。


 落ち着いてから話すと決めていたヒロは、口を開いた。


「実は、家出している子をしばらくウチで預かることになって……」


 そうして、この数日の間にあったことを話し始めたヒロの声を聞きながら、((猫の話かな?))と和んでいたレミと奏は、やがて、((ヒロが、女の子とひとつ屋根の下!?))と驚愕する。


(ちょ、ちょっと待って、どういうこと!?)


(し、知らん! しかも、どう聞いても、ヒロの家にいるのは、不良娘!)


 幼馴染ゆえの高精度アイコンタクトで会話をするレミと奏。


 ヒロとヒロの家族が困っている人を放っておけない性格なのは知っていたけれど、まさか、不良娘を預かるなんて……当然のことながら、心配になってきた。


「ひ、ヒロ。どう考えても不良娘なんだが……大丈夫なのか?」


「うん。咲希さんは、優しい人だから大丈夫だよ」


「そ、そうか」


 どうやら、ヒロはまったく危機感を持っていないどころか、純粋に不良娘を心配している様子。


 そんなヒロを見たレミが、こっそり奏の制服の裾をひっぱり、アイコンタクト。


(今日、ヒロはカフェでバイトだよね?)


(ああ)


 ばっちりヒロの予定を把握しているふたりは、頷きあう。


((今日、カフェにお茶をしに行くふりして、様子を見るしかない!))


 そうして、レミと奏は、ヒロの家でお世話になっている不良娘を見に行くことにしたのだった。


 🐈


「……え」


 目の前の光景に、ヒロは思わず声を漏らした。


 学校から帰り、いつものようにカフェの裏口から従業員の休憩スペース兼更衣室に入ると、なんだか嬉しそうな顔をした母に呼ばれ、店内へと連れてこられた。


 まだそれほど込んでいない、夕食前の時間。


 駅や女子大が近いことと、店内の雰囲気から、女性客が多い、いつもの光景。


 けれど、その中に、いつもとは違う光景が、一ヶ所だけあった。


「……咲希さん?」


「――げ」


 ヒロに名前を呼ばれ、固まるウエイトレスさんが一人。


 低い身長と小さな体をした金髪の少女は、可愛らしい制服に身を包み、銀色のお盆に載せた美味しそうなパンケーキを運んでいるところだった。


「――」


 突然の、ヒロの登場。


 今の自分の姿を見られたことへの恥ずかしさに頬を染めながら、それでも、咲希は業務を全うすべく、パンケーキをお客様の下へ運んだ。


「お待たせしました。ご注文のいちごのパンケーキになります」


 接客態度も、笑顔も完璧。


 立ち居振る舞いから声の調子まで、どこに出しても恥ずかしくないウエイトレスさんがそこにいた。


 また、そのカフェの制服姿がよく似合っている。


 泥だらけだったり、なんだか怖そうなジャンパーを着ていたり、喧嘩をしたりしていた咲希。


 そんな姿ばかり見ていたから……こんな風に、可愛らしい制服姿を見せられて。


 ……自分でも気づかない内に、ヒロはそんな咲希の姿に魅せられていた。


「……学校、終わったのか?」


「――あ、はい」


「……そっか」


 すれ違い様、咲希はヒロに声をかけて、そんな会話だけをする。


 すぐに、ヒロのお父さんが作った別の料理を取りに行き、お盆に乗せて運んでいく。


「……」


 なんだか、その光景が信じられなくて……でも、どうしてか、くすぐったいような、落ち着かないような気持ちになる。


「ふふ、驚いた?」


 仕掛け人のヒロのお母さん、春香が嬉しそうにそう聞いてくる。


「……はい、驚きました」


 全てを理解したヒロは、素直にそう答えて、そして、嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「じゃあ、僕も着替えてきます」


「うん、ゆっくりでいいからね」


「はーい」


 笑顔で返事をしてから、ヒロは休憩室兼更衣室へ戻る。


 ロッカーの中に、学校の鞄を仕舞って、制服を脱いでハンガーへかけていく。


 見た目が可愛らしいものだから、どう見ても、ひとりの美少女が着替えをしているようにしか見えない。


 ヒロは男の子だが、事情を知らない人がこの場に居合わせたら、謝りながら慌てて扉を閉めるだろう。


「……そっか。咲希さんと一緒に働けるんですね」


 しみじみと、そう呟く。


 学校から帰ったら、思いもよらない展開が待ち受けていて、そして……。


「ふふ」


 どうしてか、そのことが、すごくすごく嬉しくて……ヒロは思わず、微笑んだ。



「て、お前、何してんだ!」


「――え、と」


 着替え終わってすぐ、ヒロは休憩室兼更衣室から店内へ戻った。


 まだ夕食前で、コーヒーや料理を楽しんだお客様達が何名か帰って、お店の中は少し寂しい。


 けれど、お客様はまだ少しだけいて……なのに、咲希は、思わず叫んでしまった。


「……ど、どうかしたんですか、咲希さん?」


「どうかしたじゃねえよ! お前、なんだよ、その恰好!」


「……恰好?」


 咲希が指さす先にいるヒロ……そのヒロの身体は、咲希と同じ、女性用の可愛らしい制服に包まれていた。


 女の子らしいピンクを基調とした淡い色。


 ところどころフリフリがついているその制服の下は、スカートで。


 ヒロ自身の可愛らしさもあいまって、どこからどう見ても、美少女ウエイトレスさんがそこにいた。


「おかしいだろ!」


 まだお客様がいるのも忘れ、咲希は全身全霊でツッコんでしまう。


 ヒロは確かに可愛いけれど……れっきとした男の子である。


「お、落ち着いてください、咲希さん。まだお客様もいますから」


「――だ、だって、お前……」


 居候の身、お世話になっている、恩返し、接客中、などなど……様々な要素が咲希の頭に浮かんで、少しだけ落ち着きを取り戻す。


 お店に迷惑をかけるわけにはいかないので、咲希は声のトーンを抑えて続きを言う。


「なんで、女の子用の制服着てるんだよ!」


「え……と……あ、そうですよね。ごめんなさい。いつもこの制服だから、気が付きませんでした」


「いつもそんな恰好してんのかよ!」


 さらなる衝撃の事実に、咲希はまた取り乱す。


「お前、男なんじゃないのかよ! それとも、本当は女なのかよ!」


「いえ、その、僕はちゃんと男ですけど……でも、仕方ないんですよ。僕が男性用の制服を着ると、違和感が凄くて」


「……」


 言われてみれば、その通りだと、咲希は気付いた。


 性別は男なのに、見た目は完全に美少女なヒロ。


 そんな彼がカフェの男性用の制服を着れば、学園の男子制服を着ている時と同じような違和感があるかもしれない。


 むしろ、女性用の制服を着ていた方がしっくりくる。


「……だとしても、お前、男としてのプライドはないのかよ?」


「……」


 至極もっともな質問に、ヒロは頬を赤らめながら。


「……自分に似合う服を着るのって、楽しいじゃないですか」


「――お前、まさか喜んで着てるのか?」


「引かないでくださいよ! 別にいいじゃないですか!」


 女装の気もあるらしいヒロの答えに、咲希はドン引きする。


 この見た目では、仕方のない部分もあるかもしれないけれど……やっぱり、咲希的にはショックだった。


「……まあ、いいや。なんでも」


 けれど、それでどうなるものでもない。


 咲希は、あるがままの現実を受け入れることにした。


「こ、このお店で働ている時だけですよ? 普段は、女の子の服とか着てませんから」


「いや、だから、いいって。別に。気持ち悪いとか思ってねーから」


「うぅ……少しは思われてるような気が……」


 悲しそうな様子もまた可愛らしい。


 こいつ、やっぱり、本当は女なんじゃないか? と咲希は真剣に考え始めてしまう。


 ……ただ。


 ……ヒロを悲しませるつもりは、咲希には当然ないので。


「……だから、本当に変な風に思ってねーって。てか、似合ってるよ」


「……え」


「……可愛いって言ったんだよ」


「……」


 咲希の言葉に、ヒロは思わず言葉を失う。


 どうしてか、咲希は恥ずかしさを覚えて、視線を逸らす。


「……男に可愛いなんて、嬉しいかどうかわかんねーけどさ」


「……いいえ、とっても嬉しいです。ありがとうございます、咲希さん」


 ヒロは笑顔を浮かべて、咲希にお礼を言う。


 いや、そこで喜ぶのは男としてどうなんだと思いつつ……これもまたどうしてか、咲希はヒロの笑顔を直視できなかった。


「……咲希さんも」


「?」


「咲希さんの制服姿も、すごく可愛いですよ」


「っ。……~~」


 今度はもっとわかりやすいくらいに咲希の顔が赤く染まっていき、顔が熱くなっていくのを抑えられない。


 なんで、そんな一言で自分がこんな風になるのか戸惑いながら、咲希はもうどうしていいかわからなくなっていた。


「わたしのことはいいんだよ! 似合ってねーのはわかってるから」


「そんなことないです。とても可愛いし、似合ってます」


「似合ってねー」


「似合ってますよ」


「うるせー!」


 そんな風に、周りからどう思われるのかわからない会話をして。


 ……それから、また新しく来てくれたお客様をおもてなしして、踊るように、時間は過ぎていく。


 一緒に働きながら、咲希はまた、なんだか不思議な気持ちになる。


 ずっと居場所が無くて、大切な人も失って、独りぼっちになって。


 ずっと、ずっと、寂しくて悲しい世界にいたのに。


 ――今は、違う。


 今はなんだか、温かくて、優しい場所に、自分はいる。


 そのことが、やっぱり、信じられなくて、落ち着かなくて……。


 それなのに、ずっとここにいたいと思うような幸せが胸の中に生まれていた。


「……」


 そんな自分の気持ちを、咲希はどう受け止めたらいいのかわからなくて……。


「咲希さん、何かわからないことがあったら、何でも聞いてくださいね」


「……」


 ただ、それでも、この人達を悲しませたくない。


 ……そんな気持ちも、生まれていた。

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