第5話「帰れないという現実」


「帰れない!? どういう事ですか!?」


「アーシらだけ何で!?」


 翌日、区長室に呼び出された俺達の第一声がこれだった。そこには区長の奥さんの秋山秘書官と担当の葦原秘書官がいて後から区長も来るという話で、しかも俺や田中以外の帰国希望者も押しかけている状況だ。


「落ち着いて、今説明するから」


「あんまり聞き分けが無いと軽くしめますよ?」


「那結果さん!! 暴力はダメですよ!!」


 葦原さんが全力で那結果さんを抑えているが俺達はビビって固まった。そりゃそうだ目の前の美女は秋山区長をぶん殴っていた人だ。


「悪いな遅れた……那結果は落ち着け、星明には手間かけたな」


 葦原さんに秋山区長が言うと同時に那結果さんが手から魔法を放っていた。炎の魔法に見えたが区長の前で簡単にかき消される。実は区長、オリエンテーション時はわざと攻撃を食らっていたらしい。


「ですが貴重な労働力、いえ研修生が!!」


「少し落ち着け、事情を話さなきゃ誰も納得しないだろ?」


「快利、いい加減に――――「するのはお前だ落ち着け、いいな?」


 そう言って頭を撫でると那結果さんは借りて来た猫のように大人しくなっていた。俺は目の前の光景を見て友利の顔を思い出し勝手にダメージを受けた。


「あ~、みんな悪いね。じゃあ快利さん……じゃなくて区長、改めて説明しますが良いですか?」


「ああ、頼む星明」


 そこでの話は最悪で俺達が帰れない理由は政府と俺達の保護者つまり親達が原因だと判明した。




「今回の『異世界研修』この制度は日本とグレスタード王国との条約をベースにした特別な制度なんだ」


「目は通しました」


「アーシは見てねえ!!」


「じゃあ田中は黙ってろ」


 チッと俺の言葉に舌打ちする田中だが今は無視だ。他の皆も葦原秘書官を急かすように見ると彼は続きを話し出した。


「この制度は小難しい事を抜きに言うと表面上は希望者をグレスタード王国へ移民させるシステムになってるんだ」


「移民って、俺たち研修生なんじゃ?」


「ああ、もちろん移民は建前。でも異世界で問題が起きた際の責任を取りたくない各国政府は責任の担保として国籍をグレスタード王国に移すんだ」


 つまり無理やり国際問題を他国の問題へとしている場当たり的な制度だ。まさか、ここまで杜撰な制度だったなんて思わなかった。


「あ、そんな書類を提出した気も……でも」


 俺は学校を休んでいた間に何回も役所を行ったり来たりしていた事を思い出していた。あのサインした書類の中に同意書が有ったのかも知れない。


「適性検査を突破した君達は形だけは強制的にグレスタード王国民になる。でも取消す方法も当然あって家族や保護者の要求で国籍は復活する……はずなんだ」


 そこで口を重くした葦原秘書官は秋山区長を見た。それに頷いた区長は溜息を付いて俺達を見て言った。


「まあ、つまり……その家族や保護者から返還の要求が無いんだ、お前ら……」


 それを聞いて俺の家庭環境なら当然だと苦笑する。父は体面ばかり気にする人間で俺の実の母が難病になり役立たずだと言って離婚し友利の母と再婚したくらいだ。その義母も異常な人間で友利を溺愛を通り越し偏愛し当然のように俺には無関心だった。そして義妹はご存知のようにあれな性格になってしまった。


「つまり、今ここにいる君達は……」


「国からも家族からも見捨てられたって事ですね……」


 俺が言うと全員が俯いていた。俺と同じように思い当たる節が有るのだろう。家族との仲が悪いのか、それとも別な事情かは分からない。だけど事実は一つ俺達は見捨てられたんだ。


「もちろん政府にも働きかけてるし連絡を取ってないという事は無い!!」


「信じますよ、はぁ……でも、スッキリした」


 俺が言うと葦原秘書官も田中や他の研修生も俺を見た。俺はこの時に今度こそ自覚した。祖国や家族に捨てられたんだと……。


「どうしたんだよヒーロー?」


「行きますよ王国に、もうどこにも俺の居場所が無いって分かりましたから」


 そう言って俺は部屋を出た。後ろに田中が付いて来るが彼女はどうしたんだろうかと思って見るとニヤリと笑っていた。




「アーシさ、親いないからクラス担任が同意者なんだ」


「それって……」


「ま、厄介払いだろうね……だからアーシは絶対向こうに帰れない」


 田中は俺以上に厄介な状況だったのか……いや逆にシンプルなのかもしれない。ただ結果的に境遇は同じだ。


「ま、そんな訳だから一緒に行こうぜヒーロー、地獄にさ」


「そう言うな住めば都かもしれないだろ……でも俺は絶対生き残ってやる」


「いい決意だ二人とも」


「秋山区長?」


 いつの間にか後ろにいた秋山区長に驚くと転移魔術だと言って目の前で消えた後に俺たちの腕を掴むと島を一望できる丘に転移させられた。


「ビビった……てか一人でワープできるのかアンタ」


「悪い悪い、転移魔術は時空系でもめんどくてなラーニング技術が確定されてないレア魔術なんだ凄いだろ?」


「は、はい……」


 そう言うと自治区長は丘の上から島の全景を見て言った。


「お前ら17だったな……俺が異世界転移させられた時と同じ年齢だ」


「「え?」」


 そして秋山区長は語った。秋山快利という高校生が異世界で生き抜いた地獄の半生と、その時の教訓を、そして運命を話してくれた。


「年取ると本当に長話すんだな……悪いな二人とも」


「いえ、今の話……」


「あんたの人生……悲惨だったんだな……」


 その壮絶な過去はどこにも語られていないけど真実だと直感で分かった。不思議と目の前の男は嘘を付いてないと思えた。


「だけど今は美人な嫁が7人と大事な子供が17人だ、俺は良かったと思ってる」


「それは……本当ですか?」


「ああ、最高だ、俺は選んだ……今のお前らのように」


 俺達とはだいぶ決断のスケールが違う気がするんだけど……。


「ま、死ぬ危険は俺の時より遥かに少ない、基本は安全な任務しか回さないよう向こうの陛下にも言ってあるから心配すんな」


 そう言うと秋山区長は見た目が普通のスマホを俺達に渡して来た。


「俺の番号が入ってる魔導スマホだ、お前達が魔力オドを自由に使えるようになったら連絡しろ……話は聞いてやる」


 そして俺達は翌日、グレスタード王国へ出発した。秋山区長に上手いこと乗せられた気もするけど遂に俺達は異世界へと旅立った。

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