第6話「異世界生活と魔法」


 あれから異世界に渡って数週間が経過した。俺達は最低限の訓練と講義を受けるとすぐ仕事を言い渡され従事していた。


「すまないねえ異世界人さんに、どぶさらいなんて頼んで」


「い、いえ!! 大丈夫で~す!!」


「任せな婆ちゃん、アーシら余裕だし!!」


 そして俺は田中とリチャードの三人で班を組んでいた。他の班は四人なのに奇数で偶然にも余った俺達は三人班だった。そして今は任務クエストで下町の川付近で、どぶさらいをやっている。


「これこそ魔法とか使えば良いと思うが……」


「ああ……でも聞いただろヒーロー?」


 このグレスタード王国は復興こそしたが未だ慢性的に人手不足で力有る魔法使いや有能な専門職は皆、国中に散らばり復興の手助けや魔物狩り、他には辺境の村や小さい町を守護するので大忙しだった。


 そして、ここ王都『フリッツランド・シティ』も例外ではなく人力で出来ることは全て人の手で行っている。そういう人手が足りないから俺達のような労働力が欲しいのが今の王国の現状だそうだ。


「ま、アーシら魔法使えねえからな」


「楽しみにしてたのによ~」


 実は異世界では珍しく無いらしい。この世界に順応した人間だからこそ魔法やスキル等が使えるのであって、来たばかりの俺達は大気中の魔力や神気を上手く制御出来ないから使用は困難だったのだ。


「三人とも、休憩したらどうだ~い、お茶とおやつが有るよ~」


 依頼主のお婆さんの言葉に俺達は休憩を挟み何とか仕事を終えると用意された寮に帰る。寮の食堂では既に他の研修生たちが戻っていた。




「おつかれ~」


「ああ、おつかれ、そっちは?」


「どぶさらい」


「こっちは馬車の修理と荷運び」


 そんな話を他の班員としながら食事の列に並ぶと男子の何人かがソワソワしている。その原因は彼女だろう。


「あ、ヒイロ達も戻ったんだ、おかえり~」


「ああ、いま戻ったよメルさん」


 彼女の名前はメルさん、俺たち研修生の寮で働いている薄い青髪の女性で寮母さんのような人だ。しかも美人で独身、年齢は俺より二つ年上の19歳。だから初日から男子の研修生の間ではアイドルのような扱いだった。


「おいおい、ヒーローもメル狙いかよ~」


「違うよ田中、メルさんに魔法を見せてもらっているんだ、予習さ」


「そうよアズも覚えなきゃダメよ?」


 そう言った後にウインクしてお肉多めだよと皿に盛ってくれた事より俺はメルさんの言った謎の単語が気になった。


「アズ?」


「うん、だって、田中 空澄羅恵琉アズラエルって名前でしょ?」


 メルさんの言葉で俺は田中の下の名前を始めて知った。それを聞いて周りの何人かは笑っていた全員が日本からの研修生だ。田中はキラキラネームだったのか……。


「だ、だから嫌だったんだよ……アーシは」


「いや、天使の名前くらい普通じゃね? 親は熱心な教徒か何かか?」


 だがリックを始めとした海外の研修生の反応は違った。どうやら違和感はあまり無いようだ。それにメルさんの話によるとこっちの世界でも気にならないらしい。


「ちげえよ、語呂が良いからってアーシの母ちゃんが付けたんだ」


「つまり普通にキラキラネームか」


 なんでも田中、いやアズの今は亡き母は若い頃レディースの総長だったらしく、名前が何となくカッコいいからと付けられたそうだ。そしてアズラエルと呼ばれるのが嫌でアズ呼びか苗字でやり過ごしていたらしい。


「そ~だよ、てかもう慣れた……」


「そうか……でも悪い、仲間の名前を笑いそうになった」


「……気にすんなし、それにお前も同じだろ、ヒーロー?」


 そうだなと言いながら俺は義妹の友利が懐いてすぐの時『兄さんは私のヒーローです』と言って仲良くなった過去を思い出していた。頼られて頑張って兄をやっていたと思い出すと心が悲鳴を上げた。


「そうだな……改めてよろしくアズ」


「ああ、ヒーロー?」


「じゃあ俺も俺も!! 俺はリックだ、リチャードだからリック!!」


「ならヒイロ、私もメルで”さん”付けは今日で止めてよね?」


 リチャードいやリックと更に混じって来たメルの言葉で研修生は全員であだ名を教え合ったり付けたりした。俺は国や家族からは追放されたけどここで生きようと必死だった。




 そして任務の傍らで俺達には一日に四時間、戦闘訓練が義務付けられていた。具体的な中身は魔法やスキルを覚えるトレーニングだ。他には簡単な護身術なども教えられた。


「初級魔法は魔力を感じることが出来れば誰でも使えるようになる、昨年度の研修生は約二ヶ月で覚醒しました」


 今講義をしているセマート講師は昨年度も研修生の講師をしていたそうだ。前年度先輩たちは遅くても三ヶ月くらいで全員が魔法を覚えたらしい。


「それに君達は、あの勇者カイリのチェックを通ったのですから安心なさい、かの英雄は数日で魔法を習得しましたが彼が異常なのです」


 マジか秋山区長って本当に凄かったんだ。何か秘密の特訓方法でも有るのだろうか? それとも才能の差かと俺は不思議に思いながらメモを取った。


「では話はここまで、実践と行きましょう」


 そう言うと講師は魔力を放出させた。そして、その流れを感じ取るのが訓練内容だ。感じ取れる人間は少ないが反対にむせる程に魔力を感じて魔力酔いで倒れる者もいて講義は誰かが高確率で医務室に運ばれていた。


「えっと、確かバーン燃えろ?」


 メルに何度か見せてもらっていた魔法、それが火起こしに使う初級魔法のバーンだ。燃えろと念じれば使えるもので威力は人の魔力次第。当然、その日も反応しない……と思った時だった。


「おいおいブラザー!! 何か出たぞ!?」


 俺の指先から小さい火の粉が出たように見えた。その後に体がカクンとなって不思議な感じもし倦怠感を感じた。


「今、出ましたよね……セマート先生?」


「今のは魔力が一時的に漏れただけです……が、良くやりました、今の感覚で何度かやってみなさい」


 そして何度かやってみたら本当に手から火が出た。まだマッチやライター程度にしか使えないが初級魔法が使えたのだ。


「すげえじゃねえか!!」


「どうやったんだよヒーロー!!」


 それから数週間で俺達は一気に魔法を覚えた。俺が感じたことを伝えた結果、体内や大気中の魔力観測のコツが分かった他の研修生も次々と修得し一ヶ月後には全員が初級魔法を安定して使えるようになった。研修始まって以来の快挙だった。

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