第4話「異世界オリエンテーション」
◇
「また妻に殴られても困るし真面目に行こう、まず君達の研修内容は主に便利屋だ」
秋山区長が手をかざすと青く光ってディスプレイに電源が入る。後で知ったが今のは魔力式の機械で魔力を流すことで起動する魔導デバイスと呼ばれる物だった。
「研修先のグレスタード王国は十年以上前から魔王やら邪神やらが襲来し内戦も数度は有った世界だが、現在は全て解決され割と平和な国だ」
そんな危険なのか研修先……ネットで調べて危険な世界と書かれていたが、まさかここまでなんて思わなかった。本当に行って大丈夫かとディスプレイの中の荒廃した世界の映像を見て俺は絶望した。
「不安に思う者も多いだろう、だが今見せているのは侵略された当時のもので、現在の王都はこうだ」
次に映し出されたのは古いヨーロッパ風の街並みにも見える。石造りの家々が並び、牧歌的な映像が流れた後は立派な城や風光明媚な景色が映された。古い海外の街並みに近いと俺は思ったが隣のリックはRPGみたいだと言っていた。
「皆にはこの王都で研修してもらう。期間は最低一年、しかし状況や本人の希望で滞在を延ばす事も可能だ……さて」
言葉を区切った秋山区長は俺達を見て何かを確認しているような仕草をした後、いきなりニヤリと口の端を上げた。
「……その前に諸君に最初の研修だ」
「え?」
俺が虚を突かれポカンとした瞬間、斜め後ろの実習生と他にも数十名以上の研修生が吹き飛ばされると同時に壁に叩きつけられた。
「まず最初はスパイのあぶり出しからだ」
◇
秋山区長は宙に手を掲げるといきなり白銀の大剣を取り出した。だが更に驚いたのは座っていた数名が懐から木製のナイフや銃を取り出し応戦を始めた事だ。
「おのれ化物!!」
「死ねぇ!! カイリ・アキヤマァ!!」
「懲りないな……アメリカとロシアか、芸も余裕も無いか……」
手に持つ剣を一振りするだけで簡単に三人の研修生が吹き飛んだ。その光景に俺達は完全にビビッて突っ立ていたがリチャードに無理やり引っ張られると椅子の下に避難させられた。
「快利、今回は四十名です」
「そうか、減ったな那結果」
「初年度は頑張って百名も送り込んで来たのですが」
そう言いながら秘書の奥さんもスパイを蹴り上げ気絶しているかを踏み付けて確認していた。もう抵抗も出来ないだろうに悲惨だ。
「実働部隊に連絡し全員を例の場所へ連行しろ、貴重な人質だ大事にしてやれ」
それから数分後には黒と銀のプロテクターを付けた警備の人間がスパイを連行すると場は一気に静かになった。
「さて今のが魔法と魔術だ、どうかな?」
「……今からこちらの各テーブルで面談をお受けします」
区長と奥さんが言うと残った研修生はいつの間にか用意されていた背後のテーブルに殺到した。もちろん俺と田中も同じだ。こんな研修なんて真っ平ごめんだ。
「次の方どうぞ、初めまして……私は葦原星明、秋山区長の秘書官の一人です、では質問を……」
「あのっ!? 帰りたいんですけど!!」
「アーシも!! こんなん無理っしょ!!」
俺と田中が同時に若い男の秘書官に叫んでいた。
◇
「辞退の申し込みは少し手続きに時間がかかるけど構わないかな?」
「「はいっ!!」」
俺と田中が同時に返事をすると後ろでリチャードは「もったいねえ奴らだ」と言って笑っていた。うるさいと思わず言い返してハッとした。何で俺は今コイツと普通に会話できている?
「お前、日本語上達し過ぎじゃないか?」
「何言ってんだ? そっちが急に発音良くなってんだろ?」
俺達が話していると秘書官の葦原さんが苦笑して会話に割り込んで来た。
「実はこの部屋から先の区画は自動翻訳の魔術が部屋全体にかけられているんだ」
「つまり言葉の問題が要らないってかい、すげえな秋山王国!!」
「……君は米国からの志願者リチャード・シアーズ君だね?」
「イエスです秘書官殿!!」
やはり志願者……俺と違って本当に異世界へ行きたい奴だ。それより俺や田中の訴えはどうなるのか秘書官の人に聞いた。
「確認を取るけど……明日まで待って欲しい」
「何か問題が?」
「日本の研修生の多くは政府を経由していてね、リチャード君みたいな個人の申し込みじゃないから手続きが
仕方なく頷くと田中はまだ文句を言っていた。最後は俺が止めてやっと引き下がった。そして俺達は係の人間に案内され歓迎パーティーの会場に通された。
◇
「これが異世界の料理……普通だな」
「いんや、アーシは結構いけるよ!! この魚貝のマリネみたいなの!!」
「俺もだ、やっぱ日本は食が良いねえ……って、ここ厳密には異世界か?」
昼から何も食べて無い俺達は腹に何か入れようと皿に山盛りにして食べていたら不意に後ろから声をかけられた。
「その食材は異世界産だが作ってるのは俺の嫁だから和食が多いぞ?」
「あっ、秋山区長!? その……」
「お前は辞退組だろ? 毎年出るからな、ま、飯でも食って土産話にしてくれ」
そう言うと次のグループの方に行った。たしか年齢は三十過ぎと聞いたが見た感じ明らかに若い……さっきの奥さんもだけど、そういえば、あの秘書の人の手料理か。
「強くて料理も出来るとか嫁力たけーな、あの秘書嫁、これも旨ぇし」
「それは違います田中さん。これを作ったのは私とは別の彼の妻ですから」
「え? てか、区長の秘書嫁!?」
田中の後ろに居たのは先ほどの説明会の秘書で区長夫人だ。たしか秋山
「那結果と呼んで下さって結構です、そしてあの男はご覧のように妻が私以外にも居ますので」
「えっ……あの人達か」
区長の傍には三人ほど女性がいて全員が美人だった。いや重婚とか良いのかと思ったが大丈夫らしい。自治区内の法律はグレスタード王国と同じで上級貴族は妻の人数に制限が無く区長は本国で公爵で辺境伯という特別扱いだから問題無いそうだ。
「あんな夫ですが元勇者で世界の救世主ですので本国でも扱いは破格です」
その言葉に俺も田中も、そしてリチャードも何も言えなかった。世間では化物と言われている区長が思った以上の大物だと思い知らされた。
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