第2話「家族すら信用できない」


「はぁ、はぁ、はぁ……何で俺が逃げるんだよ、どうして……」


 俺は家に戻るとベッドにうつ伏せに突っ伏し泣いた。ここまでよく我慢したと思っているとコンコンとノックの音がした。答えないでいると乱暴にドアが開けられた。


「あ、いたいた兄さん、今いい?」


「今は放っておいてくれ……友利」


「もしかして異世界行きビビったの~? あの何でも出来る兄さんが?」


 この小憎たらしい少女は三崎 友利ゆり、俺の義妹だ。俺の本当の両親は中学の時に離婚し友利の母親と俺の父が再婚し今の家族になった。


「そんな所だ」


「ご愁傷様で~す」


 俺が高校に上がるまでは良い子だった。でも俺の高校進学と同時に友利は常にこんな感じだ。反抗期と言えばそこまでだが俺には辛かった。


「それで何の用だ?」


「この部屋なんだけど向こうに行ってる間は私の物置に使って――――「いいぞ」


「え?」


 さすがに虚を突かれたようで驚いた友利だったが、すぐに切り替え、おどけた様子で俺に言った。


「ど、どうしたの? 昨日までダメって言ってたじゃん」


「心境の変化だ」


 もう怜奈にも未練はほとんど無い。裏切られたという思いと自分が悪かったのかもしれないという悔恨の念で俺の心はグチャグチャだ。


「ふ、ふ~ん、ま、行く前に、いらない物は捨てといてね!!」


「分かった……」


 それだけ言うと扉は閉じられた。あんなでも妹だ。この部屋も有効利用して欲しいと思って俺は泣きながら眠った。




 それから更に一週間、俺は学校にも行かず異世界について調べていた。俺の死に場所になるかも知れないから興味が有った。自分のパソコンも友利に渡したからネットカフェで調べる毎日だ。


「お客様、超過金をお支払い頂かないと」


「はぁ? 五分だけっしょ? あんで払わなきゃいけないのよ」


 会計に並んだタイミングで俺の前の女子高生と店員が揉めていた。よく見ると彼女は春月総合学院の制服つまり同じ学校だ。頭は染めているのか金髪で肩にかかるくらいで見た目は不良……いかにもなギャル系だと嘆息する。


「いえ、事前に席には電話で……」


「はぁ? 聞こえなかったし、それに――――」


 急いでいるのにらちが明かない。来週には家を出るから色々と周辺整理と調べ物もしておきたいと焦った俺は強引にレジに割り込んだ。


「いくらだ?」


「は?」


「いくらだって聞いてるんだ」


「あんた……ヒーロー」


 どうやら俺のことを知っているらしい。燈彩だからヒーローなんて単純なあだ名だ。それに俺は校内では有名な方で何度か表彰された事も有るから顔を知られているんだろう。もっとも今さら誇った所で無意味だ……俺はこれから死ぬのだから。


「いやいや、お客さん」


「後ろも混んでる、店員さんもレジの計算合えばいいだろ? 君も」


 俺が言うと後ろの並んでいる客も頷いていた。その言葉に双方も納得し俺が全額支払った。早く戻りたいし全てが面倒だった。


「助かったよヒーロー、あんた良い奴だったんだな?」


「そうか」


 実は延長料金分は本当に持ち合わせが無くて無銭飲食寸前だったそうだ。それにしても馴れ馴れしいし怜奈とは全然違う……いや、本性は似たようなものだろう。


「優等生のあんたでも、そんな顔すんだね」


「済まないが俺は君を知らない」


 俺を見てニヤニヤしている目の前の不良女は俺に言った。だから俺は問い返していた、お前は誰だと。


「ああ、アーシは田中、田中って呼びな」


「そうか、悪いが先を急ぐ……金は気にしないでくれ」


 金なんて今の俺には必要無い、生贄の俺にはな……。だが、これが生涯を通して仲間となる者と最初の出会いだった。まだ彼女のフルネームすら知らなかった。




 最近の俺は家に帰るのもコソコソしていた。理由は単純で友利の部屋に怜奈が来るからだ。俺は忙しいからと会うのを全て断っていた。俺の最後の意地で会うと罵詈雑言をぶちまけ泣いてしまいそうになるからだ。


『――――でさ、それで……』


『――――じ、だよ、怜奈ちゃん』


 隣の部屋から声が聞こえる。今日も来ているようだ。情けない俺は気になって二人の内緒話を聞くため壁に耳を当てた。だが聞こえて来たのは最悪だった。


『いやさ怜奈ちゃん、あいつマジでビビってたよ~』


『へ~、それは私も見たかったかも、いつも偉そうな燈彩が、ふふっ』


『だよね~、あいつ怜奈ちゃんだけは信じてたからね』


『いやいや友利ちゃんもだよ、いつも大事な妹って~』


 それを聞いているだけで胸が張り裂けそうだった。そうかお前もかと某皇帝の言葉が頭を過ぎった。だが不思議と怒りは無い。友利は怜奈ほど俺に悪意を隠して無かったからだ。


『え~、でもウザいよね、シスコンとかアニメの中だけの存在だっての』


『最後くらい優しくしてあげれば~?』


 それでも大事な家族で大切な妹だと思っていた。どこかで俺は昔のように甘えている裏返しだと思いたかった。


『いやいやマジで無いから顔見なくてガチでせいせいするし』


『それもそっか~、てか燈彩いないよね……隣に』


 そう言われて内心ビクッとしたがすぐに友利が否定していた。


『居ないよ今日も9時まで帰って来ないだろうし、てか最近どっか行ってるんだけど怜奈ちゃんは知らないの?』


『なんか私に会いたくないみたいでさ、だからバレたかと思って……でも最後の自由? みたいなの楽しんでるのかも、そういうとこ昔からだし』


 その言葉でさらに絶望した。改めて怜奈からも友利からも見捨てられたんだとハッキリ分かった。


『ふ~ん、そこまで分かってるのに悪い幼馴染ですな~』


『幼馴染もダルいんだって、てか聞いてよ昨日お別れ会開いてやったのに燈彩が来ないから皆で燈彩の愚痴大会になったんだ~』


『なにそれ~サイアク~』


 俺はやっと現実を直視できた。いや覚悟を決めたの方が正しい。そして学校も不登校になり一ヵ月、俺は異世界へ行くために家を出た……見送りは誰も来なかった。




「誰も居ない……か」


「これは、ご愁傷様だなヒーロー?」


 そこにいたのは不良の田中だった。制服を着てるようだし登校前のようだ。しかし指定されたバス発着場に居るのは変だ。この場所は異世界行きの人間と家族以外は誰も知らないのだから。


「まさか……君も?」


「アーシ……学校ふけてたから欠席裁判で押し付けられた」


 俺とは違う意味で押し付けられたか。それを聞いて不謹慎にも面白いと思った。彼女とは普通に生きていたら関わり合いにはならなかったに違いないからだ。


「なるほど、よろしく田中」


「ああ、えっと……ヒーロー?」


「三崎……三崎 燈彩だ、好きに呼んでくれ」


 そう言って自然と手を出していた。

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