第一章「異世界研修」

第1話「貧乏クジと裏切りと・・・」



 これは俺、三崎 燈彩みさき ひいろが異世界に送り込まれる事が決まった日の出来事だった。その日は普通の授業を受け普通に家に帰るだけだと直前まで信じて疑わなかった。


「あ~、では次の問題を三崎、分かるか?」


「はい先生、(1)の場合はXの値が3なので最大値が13になります」


「ふむ、では(2)も続けて頼めるか?」


 数学教師の言葉に頷いて事前に解いてノートに書いた解答を答えるなんて誰にでも出来る簡単な作業だ。


「はい、こちらは最小値ですので-3が答えです」


「素晴らしいな……正解だ、席に着きなさい」


 そして最後に三崎に任せれば授業は楽に進むから良いと褒めているのか皮肉なのか分からない言葉をかけられた。この数学教師は悪い人間では無いが余計な一言が多いと思う。


 俺がフッと息を吐くと隣の席の少女と目が合う。そして授業終わりと同時に彼女は口を開いた。彼女は横山 怜奈れいな俺の幼馴染で中学卒業と同時に付き合っている恋人だ。


「おつかれ、数学の笹山、燈彩のこと好き過ぎでしょ」


「先生も悪気がある訳じゃないさ」


「相変わらず優等生だね、燈彩はさ」


 その言葉の裏にある真意に俺は気付いていなかった。このまま進級して卒業して彼女とずっと一緒に居ると思って疑っていなかった。それが子供だった俺の幼い価値観と考え方だった。




「あ~、みんな早速だが、この時期が来た」


「なんですか~?」


 男子生徒の一人が担任に言うと言い辛そうに数秒沈黙した後に担任は口を開いた。それが俺の運命を決定付ける時間の始まりだった。


「二年前から始まった『異世界研修』の制度は知っているな?」


 異世界、そう異世界だ。実はこの世界とは違うもう一つの世界が政府から正式に発表されたのが数年前で現在は一部の諸外国の上級国民たちがリゾートに使ったりする世界だ。


 凄いのは向こうの世界では魔法などが実際に有るのだ。そして、この世界でも魔法を使える人間などが居る。とある日本海に浮かぶ島に存在するとネットには載っているが眉唾物だと俺は思っている。


「それって、くじですか~?」


「ああ、だが最初に聞きたい……異世界行きを希望する者、いるか?」


 そして異世界研修とは文字通り向こうの世界に一年以上行き研修をして来る制度だ。研修期間中の単位は保障されるし復学も可能だが問題が一つ有った。


「今年の生贄か……はぁ」


 クラスの誰かが呟いた。そう、今年で三回目で実は日本全国、それに世界からも募集しているが募集の多さは最初の一年目だけで以降は研修中の死亡率の高さから募集者はグッと減り今年は誰も居ない状況だった。


 だからクジ引きで決めると昨年から決まった。今思えば教師の表情が暗いのもクジ引き用の箱を持ってたのも全てそのためかと理解した。


「嫌だな……私行きたくないよ、燈彩」


「俺もさ怜奈」


 小声で言い合う俺達も例外では無く誰かが行かなければならない最悪な制度だが仕方なくもある。日本は今や異世界のお陰で経済活動や国防を保てていると言っても過言では無いからだ。


 その異世界の王国に初めて行ったのが日本人の高校生で向こうで大活躍し国交を成立させた。しかも、その男は嘘みたいな話で向こうで勇者と呼ばれ、こちらの世界では戦争を何度も止めた救世主とまで言われている。


「何が勇者だ……馬鹿馬鹿しい」


「だよね、いつも燈彩言ってるもんね」


 怜奈がニヤニヤしながら言うが、そんな奴のせいで俺達は迷惑しているし、半ば政府を脅して日本から研修生という名の生贄を呼び込んでいる。まるで真逆の魔王だと言いたくなる。そんな事を考えてる内にクジ引きは始まってしまった。




「うそ……そんな」


 そして当たりを引いてしまったのは怜奈だった。騒然とする周りのクラスメイトや愕然とする俺に対して怜奈は俯くと目に涙を浮かべていた。


「怜奈……」


「燈彩……いやだよ、私……いやだよぉ……」


 この時に俺は決めた。だけどこれは完全な罠だった。この場で騙されたのは俺と担任だけで後は全員が仕掛け人で俺は気付かなかった。目の前の泣いている恋人を守ろうと必死だった。


「先生!! 俺が代わりに行きます、自己推薦します!!」


「そ、そうか、その方が先生も嬉しいが……良いのか?」


「はい、怜奈のためなら!!」


 それに拍手を送るクラス一同、ある者は複雑な表情を、またある者は卑屈な笑みを浮かべ肝心の怜奈も笑顔になっていた。今にして思えば恋人が身代わりになると言ったのに笑顔な時点で気付くべきだった。俺は純真バカだった。




 そして研修を一ヵ月後に控え俺は学校を休みがちになる。準備や手続きは最優先で行われ政府からの呼び出しが有るからだ。そして一週間ぶりに学校にコッソリ顔を出そうとしたのが間違いだった。


(怜奈、一人で大丈夫かな……クラスの皆も元気だろうか)


 こんな脳天気なことを考え教室に行ったのが間違いだった。その日は珍しくクラスの人間が残っていて挨拶しようとしたが聞き覚えの有る声が聞こえた。


「いやぁ、怜奈マジ演技上手すぎ~」


「そう? ま、燈彩は私のお願い何でも聞いてくれるから」


「ほんと悪女よねアンタ、でも助かったよ生贄出してくれてさ」


 今の声は何だ? 俺は自分が悪い事しているかのような気になってバレないように教室のドアを少し開け隠れて中の声を聞こうと必死になった。


「でしょ~、ま、私も燈彩が割とウザくてさ、別れたいけど家ぐるみの関係だし、向こうで死んでくれればちょうど良いってね」


「アハハ、ウケる~~」


「三崎くんかわいそ~、でも私らの代わりマジで助かる~」


 ここで叫んで出て行ければどれだけ楽だったか、だが俺には出来なかった。物心付いた時には一緒に過ごしていた幼馴染に、大事な恋人に裏切られたのを認める事が出来なかった。


「じゃあ最後に、私とクラスの皆のために異世界へ行く燈彩にかんぱ~い」


「「「「かんぱ~い」」」」


 俺はこの光景を一生忘れないだろう。人から裏切られた絶望と大事だと思っていたひとから捨てられた辛さ……目の前のペットボトルで乾杯するクラスの人間の顔は忘れたくても忘れられなかった。


「くっ!?」


 でも今の俺は悔しくて辛くて、何より自分が惨めで情けなくて一目散に逃げ出した。家に帰る事だけを考えた。だけど俺は家ですら居場所が無かったという現実をすぐに知ることになる。

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