第18話 話がしたいようでして(2)



「理由を聞かせてもらっても……?」


 先手必勝せんてひっしょう。オレここ出てくわ、と宣告せんこくされてしまう前にこっちが別の角度から話をふる。おそらく本題の出ていく云々うんぬんは一旦置く、いわばただの引き延ばしである。


 宣告したかと思いきや引き止める間もなく出ていっちゃいました、なんてことは避けなければならない。それ故の先手必勝、ある程度予想はたつもののちゃんとした理由を知り……必ずや説得するのだ。


「はぁ?理由って何で、あぁそりゃそうかクソッ!」


 一度不思議そうに首を傾げたオクシスだったが、すぐにどこか気まずそうな表情へと変わる。がしがしとざんばらな白髪はくはつを掻き乱す様子を見るに、やっぱり話の内容は予想していたもので合ってたらしい。

 この一週間、ずっと上の空で何かを考えていた姿を見ていれば察してしまう。だってあの日からだ。アンダール王子が屋敷に来た翌日から、様子がおかしかった。


 二ヶ月近く共に過ごしてきたのにオクシスは気づかれないとでも思ってたのか。思い悩んでいたのも、悩みのタネが何についてなのかも。そして……ここを出ていく選択肢が出来てしまうのも気づかれない訳ないだろう。


 ちらり、目を逸らすオクシスの向こうを見る。


「どうしてそう思ったのか理由を聞かせて下さい」


 背中を向けたキッチンカウンターの中。そこに隠れる、鼻から上だけを出す侍従じじゅう達も緊張した面持おももちですっかり元気になった白い少年を見つめている。


「あ〜……まぁ、あんな風に言われたらなァ」


 仕方ないだろ、としかめっ面が告げていた。


 ムスッと口をへの字にして口ごもる。それ以上言いたくないのか、抽象ちゅうしょう的なものしか教えてくれなかったがアンダール王子の言葉はそれほどまでに深く突き刺さっていたようだ。確かに、あの日傷ついた表情をこの目で見た。


 ……はっきり口にしたくないくらい辛かったんだな。

 何度かもごもごと言葉を飲み込み「もういいだろ理由なんざ!」だなんて、説得する余地よちさえもらえない。


 意外と大きな薄べったい手の平ですっぽり覆われた顔。指の間からオクシスのため息が聞こえてくる。

 アンダール王子との縁を切る予定はなく、たとえ私達がフォローしたって傷ついた事実はかわらないのだ。もうこれは引き止められないんだろうか。


 テーブルの下で握った拳が少し痛い。


 視線の先、見守る侍従達も皆痛みをこらえるような表情で。


「……貴方は、決めたんですね」

「ああ、覚悟はした。もう決めたんだ」


 本音を言えば残ってほしい。

 でも理由すら言いたがらないオクシスに無理矢理食い下がって苦しませたくもなかった。もしも、アンダール王子の言葉で傷ついていたとして。あんなもの気にする必要ないよ!って肩を叩くだけなら簡単だけど、私達には多少やわらげることが出来てもついた傷は癒やせないから。


 最初にあった時とは比べものにならない、とてもイイ表情をするようになったと思う。くらい底なし沼のようながらんどうの瞳が、今や強固な意志をもって私を見つめていた。……余計引き止めにくいでしょうが。


 一人で生きていく覚悟をしてしまったらしい。


「本当にいいんですか?」

「……決めたっつったろ、何度も言わせんなよ」

「すみません」


 強くなっちゃってまあ。ダリア様もそうだが子供の成長は素晴らしいのと同時に、ちょっぴり淋しくもある。


 チラ見したキッチンカウンターの中でオリーブさんとアンが涙ぐんでいた。二人で違う意味の涙っぽいが。


「今日まで色無しのオレなんかのためにありがとう」


 姿勢を正したオクシスがそんなことを言う。勘弁かんべんしてくれ私の涙腺るいせんまで馬鹿になってしまう。とうとうティニオさんもハンカチを取り出してぬぐっている。

 先手必勝!と思っていたのにどうにも出来ないまま今に至る。ああ……別れの言葉ならちゃんとダリア様も呼ばなくちゃいけない。というか、私達じゃなくダリア様に許可をとるのが先だ。聞いたらとても悲しむだろうな。


「覚悟決めた以上は、中途半端はやめだ」

「中途半端だなんて」

「オレはケガ人じゃねぇし客人のままは無しだろ」



 ……ん?


 何か会話がおかしくなかろうか。

 てっきり一人で生きていくんだから、送別会やら送別品をもらうつもりはないって意味だと思っていた。


 だが、どうにも意味合いが違うようで。


「今までみたいなただの客人としてじゃなく、この屋敷の一員になりてェからアンタに頼みがある」



 …………んんん?


 私が幻聴を聞いている訳ではない。だって必死に声を押し殺していた侍従達も揃って首を傾げている。互いに見つめ合って、次いで私を見て、頭上にハテナマーク。

 屋敷の一員になりたい、と確かに言った。出ていく話をしにきた筈なのに一体どういうことだろう。オクシスは特におかしな発言をしたと思ってないようだし、真剣な表情だ。混乱する私をよそに──白髪頭が下がり。


「オレを従業員として、アイツの護衛役としてきたえてくれ」


 深々ふかぶかと申し込んできた。


 いやストップ。頭が全く追いつかない。これは完全に何かズレがあるというかすれ違ってる。真面目なオクシスには悪いが、ちんぷんかんぷんであるからして。


「ちょっと待って」

「え?」

「げふん、待って下さい本当」


 あまりの混乱具合に素が出かけてしまった。

 冷静になろう、さて一つずつ確認しなくては。


 真面目な頼みを放られたが故にか、眉をハの字にして困惑気味のオクシスへおそるおそる問いかける。


「えーっと、出ていく話ではなく?」

「は?そりゃ最初は出ていくつもりだったけど、アイツと話して今はちっとも思ってねェよ」

「ではあんな風に言われたらってのは?」

「オジョーサマ……って話聞いたんじゃないのか」


 次第にヒートアップしていく問答もんどう。気づけば私もオクシスも勢いよく立ち上がっていた。


「アンダール王子の言葉じゃないんですか!?」

「っはあ!?何でだよ!っつーか理由がどうのってのは」

「私は出ていく理由を聞いたんです!」

「〜っアイツに聞いたんじゃねェのかよクソッッ!!」

 

 初っ端しょっぱなからまるっと話が食い違ってた。

うまいこと噛み合っていただけで、実際のところ根本的に違ったのだ。叩きつけられた拳が大きな音をたてる。あまりの音に痛めないか心配になったが、今は話だ。


 深呼吸で心を落ち着ける。馬鹿みたいに言い合っていたらまるで先に進まない。イライラ、というよりも何だか気恥ずかしそうなオクシスに改めて問う。


「まず……私にしたい話というのは、この屋敷を出ていきたいってことではないんですね?」

「あぁ、そうだ」

「覚悟については」

「アイツのそばに立つ覚悟だよ」

「なるほど」


 ようやく話がみえてきた気がする。


 私を含めた侍従全員、オクシスが屋敷を出ていく話をしにきたと思い込んでいて。あらゆる解答もそれに繋げて考えていた。言いたがらない理由をアンダール王子の言葉なんだなと想像したし、覚悟についてもそう。


 対してオクシス。なんと今日の夕方ダリア様と話をして残る方へ決意したそうで。その……話というのが、残ることに決めたから色々教えてほしい、だったと。

 理由を渋ったのは「あんな恥ずかしいモン言いたくない」とのこと。そして、私がダリア様から残るむねを既に聞いていると思い込んで話を進めていたようだ。


「ふざけんな、オレは仕事を覚えんのが大変って意味で何度も確認してるンだって思ってたぜ」

「私の方も、言いたくないほど辛いのかと思いましたし一人で生きていく覚悟をしてしまったんだな……なんて今にして思えば恥ずかしい思考回路です」

「「はぁ……」」


 どっちも思い込みがすぎる。もう少し口に出していたらこんなに食い違うこともなかっただろうに、なんとも馬鹿らしい話だ。もはやため息しか出てこない。


 振り返ってみると私の内心が恥ずかしい。メチャクチャ神妙しんみょうに考えて、わかった風に予想していたものの見事に的外まとはずれ。何が覚悟だ、アンダール王子だ!深読ふかよみしたあげく全然違いましたとか穴があったら入りたい気分だ。誰かそっと私を埋めてくれ、羞恥心しゅうちしんで燃え尽きる。


 あ、そういえばキッチンカウンター。


「「「オクシス!!」」」


 思い出すのが一瞬遅かったらしい。「げぇ!?」という悲鳴が聞こえた頃にはとっくにむらがられていて。


「ぅぁあああん!!よがっだぁあ!!」

「ッまぎらわしいのよバカ」

「オクシスゥー!!安心しました〜っ!!」


 少し離れた位置で優しく見守るオリーブさんを除いた三人がぎゅうぎゅうに抱きつき、団子の完成である。内側にいるだろうオクシスの声はよく聞こえないが、まぁ喜んでいるに違いない。そのまましばらくもみくちゃにされて、自分がどれだけ大事にされてるか思い知れ。


「っふふ、本当に良かったわねぇ」

「そうですね」

「そろそろ助けてあげましょうか」

「まだ助けなくても大丈夫でしょう」

「あらあら」


 落ち着いたら明日からの話をしよう。


 ケガ人ではなく、客人でもなく。


 オクシスという、私達の大事な仲間の一人として。みっちりしごいてあげようじゃないか、楽しみだ。



 ……今更ながら危なかったのでは?もしオクシスが出ていってしまってたら、原作のような護衛役になる機会を失ってたかもしれない。いや、原作軸でも多分ダリア様のおかげで残ってたんだろうけどそこを知らないので。


「(ギリギリセーフ!!)」


 カラフルな団子を前にひっそり冷や汗をかいた。



 









 




 


 


 

 


 


 

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