第17話 話がしたいようでして



 この一週間ずっと考えていた。

 もうケガ人でもないオレがここにいる意味と、色無しというオレの存在についてを。どこかで考えないようにしていたんだ、オレンジ頭の言葉で気付かされた。


 アンダールとかいうオージサマの言っていたことは間違いじゃない。オレは魔力が欠片かけらもない色無しで、きっとどこにいっても嫌がられる役立たず。

 

 あの日、オレはショックだった。


 オージサマにびせられた言葉が、じゃなく。その言葉に動けなくなるほどキズついてしまったことが。

 わかっていたはずの、むしろ当たり前の事実に動揺どうようした自分が信じられなくて。そこでようやく理解した。


 笑い合ったり、バカやったり。オレも普通の人間なんじゃないかって思わず勘違かんちがいするくらい、アイツらとこの屋敷で過ごす時間があまりにもやさしすぎたからオレは何も考えないようにしていたんだと。


 ……どうあがいても、色無しなのにな。


 好きになれそうもないが結果として「逃げるな」とメチャクチャ痛い現実を突きつけてくれたのは、感謝してやってもいい。おかけで少し冷静になれた気がする。

 いや、やっぱり感謝はやめた。無意識のうちにオレが逃げていたって気づけたとはいえ何となくムカつく。


 このムカつく、なんて感情は向こうにいた頃じゃまずいだいたことがなかった。誰かの言葉にキズつくことだって、苦しいとか嬉しいとか、起きたあとオジョーサマにぶつけた殺意や憎しみすら初めて知ったものだった。

 

 なにせそんなもの抱く余裕があるわけない。


 国の端に位置する小さな集落でオレは産まれ、降りそそぐ悪意の嵐の中をあきらめと共に生きてきたから。

 何もかもを諦めなくちゃこれまで生きていけなかったと思う。変な希望があったら余計ツラいだろ。いつしかオレは自分を守るための‘諦め’というからにこもった。


 最初の方は、抵抗してたかもしれない。ふざけんな、なんでオレだけこんな目に!ってさ。でも抵抗すればするほど受ける暴力は増えたし、それこそ魔法で攻撃されたらひとたまりもない。しかも集落の人間は全員敵、すぐに意味がないってわかった。……ムダな感情も、いらなくなった。


 オレは、薄気味うすきみ悪い色無しで嫌われ者だ。


 ずっとそうだったんだ。いらないとボロボロの状態で捨てられて、見知らぬ街でも更にキズが増えて、身体を引きずって行き倒れた先が──この屋敷。


 多分幸せってのはこういうことなんだろう。


「っはは……知らなきゃ良かったなァ……!」


 知らなければこんなに苦しくなかったのに。

 全てを諦めたまま、ただ息をしているだけのオレに戻りたくないなんて思うこともなかったのに。とある部屋に向かいながら、シワになるほどシャツを握りしめる。内側から刺されてるみたいに、胸が痛くて仕方ない。


 ……でもそれ以上に、もらったモノが嬉しいんだ。


 何もないオレの大事な思い出たち。教えてもらった沢山のこと、沢山の感情、沢山の幸せ。それら全部を抱えてここを出ていこう。ケガ人じゃないヤツがいつまでもいられないし、色無しがいたって邪魔になる。



 アンと一緒にやらかしてロメリアサンに怒られたり、メイド女をからかおうとしてバレてやり返されたりもした。

 ティニオサンのつくるモンは何だって美味いし、オリーブサンから言われたありがとうが妙にくすぐったかった。

 数回みかけた庭師のバスクとかいうヤツの笑い方はゆるゆるしててこっちの気がぬける。瀕死ひんしのオレを治療した魔法医師はうさん臭いけど、すごいヤツだった。


 あのオジョーサマは、とんでもない物好き。

 だって色無し、それも今にも死にそうなヤツを助けるって本当にバカだと思う。オレは殺そうとしたのに全く気にせず笑いかけてくるのもバカ。オレなんかのために父親へ逆らったり、オージサマと言い合うのはもっとバカだ。


 大バカで物好きで……誰より強いオレの恩人。


 だから今度はオレがちゃんとしなくちゃ。

 

「(よしっ!)今ちょっといいか」

「オクシス?はいどうぞ」

「ん、失礼シマス」

「ふふっ失礼されます」


 辿り着いたオジョーサマの部屋にお邪魔する。晩飯ばんめし前の問題なさそうな時間を選んでおいた。ロメリアサンとメイド女ならまだしも、オリーブサンの静かに怒る姿は二度と体験したくない。思い出して身体が震えた。


 どうぞ、とススメられた椅子に座って部屋を見回した。だだっ広い部屋と高いだろう装飾、テーブルに挟んだ向こうへしゃんと座るオジョーサマにさっきまでゆれていた決意が固まる。やっぱりすむ世界が違う。

 

 オレみたいなのがいちゃいけない場所だ。

 幸せな経験をさせてもらったと思えばいい。苦しい時もあるだろうがその思い出で生きていける。


 真面目な話をするため、慣れない動作で背筋をのばしてみた。不格好ぶかっこうなソレを笑わず、真っ直ぐオレを射貫いぬひとみがオジョーサマらしくてまた幸せな気持ちがたまるのだ。


「話があって来た」

「うん」

「でもその前に聞きたいことがあるんだ」

「うん?」


 出ていくつもりだと告げる前に、聞きそびれていた疑問を思い出してしまった。せめて聞いておきたい。


「あの雪の日、何でオレを助けた?」


 どうせ物好きなコイツのことだ。目の前で死にかけてたから助けたんだろ。そんなオレの予想は裏切られた。


 まんまるい目が優しい色を宿やどす。


「一番はオクシスが生きたいって言ったからよ」

「オ、レが?」

「そう。雪の中でみつけたあなたは今にも死んでしまいそうなのに、私の手を握って生きたいって言ったわ」


 オレ自身が……望んだのか。

 予想外の答えにうまく言葉がでてこない。


「きっと心の奥にあったつよい願いね」


 伸びてきた手のぬくもりが、オレの手を包む。頼むやめてくれ……必死に手放そうとしたのに、決意が揺らぐ。何度もオレをかばってキズつく姿をもうこれ以上見たくなかった。一度味わってしまった喜びを失う苦しみより、オジョーサマの幸せな未来がほしくて出て行こうとしたんだ。


 初めて誰かのことを想ったんだよ。

 オレがいたら絶対にまたキズつくだろ。


 ああ……でも、ムリだ。


「生きて、オクシス。私と一緒に生きて」


 どんなにガマンしようとしても。

 


「あなたがいなくなったら私、さみしいわ」


 ──この願いをオレには捨てられない。



 ポタポタ目から落ちる水がうっとうしい。何だこれ、邪魔くさいな。さっきまでの毒のように染み込んでくる優しい眼差まなざしが一瞬で消えたオジョーサマは、慌てて立ち上がった。そのままどこかへ行こうとする手を掴み返す。


「オクシス?」

「……」

「痛いところあるならみてもらわなきゃ」


 小さい手だ。多少マシになったとはいえ、ガサガサなオレとは違う手入れのされた白くキレイな手。でも触ればわかる、ところどころに努力の跡があると。

 

 覚悟を決めろオレ。一緒に生きてという願いを叶えるなら生半可なまはんかな気持ちじゃ、キズつけるだけだ。


「生きるよ、アンタのために」

「え?ためにって」

「アンタが悲しまないように、ちゃんと生きる」


 簡単に壊せてしまいそうなほど細い手の持ち主に誓う。


 本当は、いない方がオジョーサマのためになるけど残るって決めたからには生きて守ってみせる。幸せにし隊だったか?たとえバカみたいな名前でもいい、オレはあの日救ってくれたアンタの幸せのために生きていく。

 

「じゃあオクシスも幸せにならないとダメよ」

「オレも?いや、アンタが悲しまなきゃ……」

「大好きな人が幸せなら私も幸せ!当たり前でしょう?」

「はは……アンタはそういうヤツだったな」


 自信たっぷりに言い切ったオジョーサマにもはや笑うしかない。でもまぁ、そんなところも含めていつの間にかかれてしまったオレの負けだ。


 いや、いつの間にかじゃないか。


 アンタが包み込むような微笑みでオレの目をキレイだって言ったあの時、既に惹かれていたんだろう。




 ──── ──── ────


 夜ご飯を食べ終えたあと、話があると神妙しんみょうな顔つきのオクシスから告げられた。最近の思い悩む姿に嫌な予感はしていたけど、まさかそういう話なんだろうか。


 アンダール王子の言葉を聞いたあの日ショックを受けたようにみえたし、ケガもとっくに完治かんちしている。


 屋敷の誰もが仲間として認識していたとしても、オクシスがどうかはわからないのだ。出来れば改めてケガ人じゃなく従業員……護衛になってほしいので、一応理由は聞いてでも引き止めなくては!理由が理由だったらどうしよう。普通に私がうざったいとか言われたらどうする。


「待たせて悪ィ」

「いえ、大丈夫ですよ。それで話とは?」

「……オレの今後のことだ」



 あたってほしくなかった嫌な予感が的中──!


 



 

 


 




 


 

 

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