第16話 色々問題がありまして
「「「おかえりなさいませ」」」
「ただいま!」
クロさん
外では着慣れたコートを着ているし屋敷に入った今寒くないとはいえ、この季節だ。風邪をひかないよう温かいスープでも用意させよう。うすいピンク色をした鼻先が可愛らしい、推しのお気に入りコートを受け取る。
「ダリア様、何味のスープがいいです?」
「ん〜何がいいかなぁ」
「何でも愛を込めて作りますヨ〜!」
バチコーン、と星でも飛びそうなノリで言ったティニオさんに小さく笑ったダリア様がついていく。
私が言う前に察してくれたティニオさんは流石だ。でもそのウインクはいらない、邪魔な星の幻覚を手で払う。
……いつもと変わらない様子で笑うダリア様だが、屋敷で
****
「──あなたが、それを言うんですか?」
初めて聞いた声だった。
ダリア様の専属として数年、他の人より沢山接してきたと思うが聞いたことのない声に一瞬耳を疑った。
怒っている感じはしない。泣いてる訳でもない。むしろ感情を
高笑いをやめたアンダール王子も何か違和感を覚えたのだろうか、
「あの日、黒髪なんてどうでもいいと笑いとばしてくれたあなたが。黒髪のくせにといわれて落ち込む私を救ってくれたあなたが……それを言うんですか」
「ああ……あれか。かんちがいするなよ、お前のために言ったんじゃない。当然救ったつもりもない」
「ったとえあなたに!そんなつもりがなくても、あの日の私はたしかに救われました!」
まだ普通だったどこかで、ダリア様はアンダール王子に救われていたらしい。当の本人にその気がなかったのはバカバカしいといった表情で嫌でもわかる。
しかしアンダール王子の
感情豊かなダリア様も、マイナス方面で感情的になることは少なくて。落ち込む姿はあったとしてもここまで吠えるなんてそれこそ
……きっとダリア様は本当に嬉しかったんだろう。
凄いな、今日だけで驚き顔を二回も見てしまった。
まぁそこは流石アンダール王子といえばいいのか。
「勝手に救われただけだろう、おれが知るものか!」
と、負けじと反論してダリア様との言い合いが始まった。お互いが感情的になっているものの、ただの
子供と子供の口論というには、しっかりしすぎである。
戻るタイミングを失い、扉の近くで立ち尽くすオクシスも中にいる私達も二人の口論を黙って見るしか出来ない。
「色無しなんかにかまうヒマがあってうらやましいよ!」
仕方ないこととはいえ、酷い言い草だ。
口論の果てにそう言い放ったアンダール王子の言葉がどう響いたんだろう。ついさっきまで感情的だったダリア様は口をつぐみ、椅子へ座り直した。
「オクシスみたいな色無しとよばれる人がいて、ほとんどの人はそれをよく思わないのも知ってます」
「ふん、魔力のない役立たずだからな」
激しい言い合いとの温度差たるや。表情は見れないのでピシリ、真っ直ぐに伸びた背中とこちらを見下した感
だが、次の瞬間アンダール王子の顔色がかわった。
「……でもオクシスは、私たちのだれより力持ちでだれより動けます。「色無し」という肩書きでしかみられない人にはわからないと思いますが」
さっきの口論していた時でも、
常に人を見下すアンダール王子の
なんだかダリア様らしからぬ冷たい言葉が心臓に悪い。いや、感情が
そして更にダリア様は深く踏み込んだ。
「黒髪のくせに、王家の人間なのに」
「っっ!!」
「そういう肩書きにくるしむ気持ちは……私もアンダール様もいたいほどわかっているはずでしょう?」
こっちの胸が苦しくなるような、気持ちのこもった重い言葉がみえない刃となって的確に心のやわいところに突き刺さったらしい。立場や環境、血筋など解決しにくい複雑な悩みは私じゃ理解したくたってムリだ。
……苦しみは同じ苦しみをもつ人にしか。
唇を噛み締めてダリア様をキツく睨めつけるアンダール王子にやっと思い出した。原作内の主人公、並びに読者間で顔だけ王子と呼ばれたアンダール王子の過去を。
王家に産まれる
特に
髪色も王家で一人、明るく。
いくら勉強しようと兄達に遠く
幼い頃から
そりゃあシモンも顔だけ王子って言うわ。読んでた当時私も叫んだし、直後に足を引っ掛けて転ばせた瞬間なんかガッツポーズしたくらい第一印象は最悪。
と、まぁ髪色や優秀な兄達からくる劣等感でキツイ態度をとるアンダール王子はシモンと関わるようになって徐々に丸くなっていく訳だが……また別の話である。
とにかく。ダリア様の言葉が刺さって何も言えなくなる程度には苦い思いをしてきただろうアンダール王子。
「(だからといってダリア様に特別キツイ態度なのは許さないし、理由にならないがな!)」
シモンにも最悪の初対面だったが、それは単純にひねくれた性格と周りを見下す
なら理由はきっと他にあると思う。
ダリア様がゆっくりと頭を下げた。
「すみません、言いすぎました。どんなに言葉にしてもかんたんに理解してもらえることじゃないです」
サラリと肩の下に流れた髪が元に戻る。
「だとしても、私がこの色を嫌いにならずにすんだきっかけをくれたあなたにだけは……くせに、なんて言われたくありませんでしたアンダール様」
──何かの感情を押し殺した声に、胸が締め付けられた。
****
「ダリア様は元気みたいねぇ」
「空元気という感じもしません」
「むしろ、アンダール王子が気まずそうだわ」
「ええ」
一週間が経った今でも、大食堂でほかほか湯気をたてるスープを味わうダリア様はかわらない。
湯気と熱さに格闘する微笑ましい様を横目に、思い返すはアンダール王子のこと。あのあとすぐに予定時間が過ぎていたため屋敷を去ったアンダール王子の態度は、振り出しに戻るかと思いきや気まずそうにするだけ。
二日に一回のペースで王宮へと通い続けるダリア様を突き放すこともなく、しかし多くは語らない。
ダリア様曰く、学園内でもそっけない返事ばかりであるものの前みたいな態度ではなくなったとか。
心からの言葉が通じた、と思いたいところだ。
「オクシスの様子も気になります」
「そうねぇ、色々耳に入れたもの」
ひとまずアンダール王子の方は、失礼なヤツめ!とか言って騒ぐ気配はないので大丈夫じゃなかろうか。大人しいアンダール王子は少々不気味だが、問題ない。
気になるのは……ここ一週間、心ここにあらずなオクシスだ。ぼんやり空を眺めたり時々うつむいたり。オリーブさんと二人何度目かのため息をついた。
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