第15話 強い推しが最高でして(2)



 色の濃さが魔力に直結ちょっけつするこの世界で、黒に近い色でも暗めの髪でもなく‘黒髪’というのは何より価値があった。

 とても珍しく、人並み外れた魔力をもつからだ。


 そして黒い髪で生まれ落ちた子供……ダリア・スカーレットもまた、何をも染める漆黒しっこくの髪にたがわぬ優秀さと抜きん出た魔力をもっていた。いや、優秀すぎるがあまり幼い子供でありながら様々なことを理解してしまう。


 ──両親の期待も、愛情も、全てが自分自身に向けられたものではなく‘黒髪’の子供へ向けられているのだと。


 「上級魔法使いくらいなって当然だ」

 「黒髪で産んでやったんだから役に立て」

 

 そんな父と母の言葉が、呪いのように彼女をしばる。

 両親を喜ばせたくて、いつか自分をみてほしくて。魔法使いになろうと小さな手を懸命に動かし、顔より大きな本を沢山読んで必死に学んでいたある日のこと。


 なんでもない昼下がり、ふと心がこぼれ落ちた。


「お前は黒かみのくせにこんなこともできないのかってお父さまにおこられちゃったんです……」


 別邸の庭先。春の穏やかな風にそよぐ花々を見ながら、折りたたんだ膝を抱えてちぢこまるダリア。


「わたし……まほう使いになりたい訳じゃないのに、でもまほう使いにならなくちゃいけなくて。黒いかみになんてうまれたくなかった……っ!」


 お利口りこうで、賢くて、素質があって、従順じゅうじゅん

 願われるまま生きてきたダリアは自分でもよくわかっていなかった弱音を、隣に座る子供にだけ吐露とろした。

 したのだが、その子供はあっさり両断する。


「ふん、おれにはどうでもいいことだな」

「すみません……」

「ダリアがどんなにすごくても、逆になにもできなくたってまったく関係ない。だっておれの方がずっとすごくなるんだからな!ほら、黒いかみとかどうでもいいだろ」

「……!!」


 太陽みたいな髪と笑顔がくもり空を吹き飛ばした。


 気づかぬ内にどんより曇っていたダリアの弱音は一瞬にして晴れる。たとえ威張いばりたい気持ちからきた言葉であっても、確かにこの時この瞬間ダリアは救われたのだ。


 ふんぞり返って自信たっぷりの子供が思い出したように何かをあさる。ずい、と突き出された手の中には。


「ネックレス?」

「何となくつくったやつ、しっぱいしたしやる」

「……」

「いらないなら返せ」


 うすっぺらい星型の飾りがついたネックレス。


 大人なら簡単に握り潰せてしまいそうな、明らかに形のいびつな星型チャームとソレが通るチェーンは何の効果も魔力もない、ただのおもちゃだった。


 でも……ダリアには宝石より輝いて見えた。

 気まぐれだとしても、自分への贈り物に違いなく。


「っありがとう、ございます。だいじにしますね……!」


 目に浮かんだしずくが一粒、ネックレスへぽたり。

 こうしてダリアが初めて貰った贈り物は、死ぬ少し前の砕け散る時までずっと大事にかけられていた。




 外伝「黒の少女は誰がために悪とる」より抜粋ばっすい












 ****

 

 

 ここは二階の応接間おうせつま

 黒を基調きちょうとし落ち着いた雰囲気ふんいきながら、傷つけて弁償べんしょうともなれば人生強制終了してしまいそうな像や装飾品がいくつか並ぶ部屋の中は、緊張感に包まれていた。


 それもそのはず、不仲の噂が流れるほどキツイ態度をとり続けてきたアンダール王子が屋敷にいるのだから緊張感がただように決まっている。実に数年ぶりだ。


 昨日から念入りに準備したし、少し話すだけなのでそうそう問題は起こらないと思うが……いかんせん空気が重い。


 臆病おくびょうで小心者のアンなんかは「私がいたら何やらかすかわからない」と告げ、この場にいない。

 掃除している段階で真っ青な顔されたら苦笑いで返すしかなかった。まぁ、無意識に背筋が伸びるようなこのピリついた空気はアンじゃなくても誰だって嫌だろう。


 そこへ冷めた声が一つ落とされ、更にピリつく空気。


「何が狙いだ?ブス」

「狙い、ですか?」


 一人用のソファーに肘をついたまま、鼻で笑うアンダール王子の顔には不機嫌ですと書いてあった。


「約一ヶ月か?話がしたいとバカみたいに絡んでくる割に、内容なんてないからっぽなものばかりだった」

「……王子、」

「黙ってろ。取り入ってこいとでも言われたか?周りの目を気にしたか?ふん、どっちでもいいがもっとうまくやるんだな。狙いがあるって丸わかりだ」


 何だこの顔だけ王子腹立つな。


 あまりにも鼻につくその言い方に、立場とかなかったら胸ぐら掴んでぶん回すところである。……しかし、全面的に否定することが出来ないのだ。

 

 私達は純粋に話がしたかった、というよりもダリア様へ冷たくする理由を聞き出したくてやっていたから。

 下心じゃないにしてもアンダール王子の言う通り別の狙いがあったのは確かで。見抜かれた悔しさやら、アンダール王子とはいえまだ7歳の子供に対するやり方への罪悪感ざいあくかんやらがせめぎ合って心臓がうるさい。応接間にいないティニオさん、アン、オクシス以外は多分同じ心境だ。


 

 ──いや、一人だけ違ったらしい。


「私、オムライスが好きなんです」

「はっ?」


 ……は?


 今一人をのぞいて心が一つになった気がする。

 オムライスが好物なのは勿論知っているのだが、何故このタイミングで言ったんだろうか。表情を伺おうにも後ろに控えている身ではわからない。変わらず美しい背中してるな、としかわからなかった。


 かわりに、向こう側に座るアンダール王子のアホ面と姿勢よくたたずむ執事の目を丸くした姿がばっちり見える。眼鏡がお似合いの中年執事も驚いているようだ。


「色なら青が好きです。辛い食べ物は少しにがて」

「おい待て、意味がわからない」

「みんなに髪をいじってもらうのが嬉しいから、もっとのばそうと思ってます。あまり派手なものは好きじゃなくて最近は本をよむしずかな時間がおちつきますね」

「いやだから待てと」

「あとは」


 静止の声もなんのその。つらつら出てくる自己紹介。

 あいだにあった髪の毛の下りに、こっそり侍従で見つめ合ったのは仕方がない。あんなに可愛らしいこと言われてしまったらこっちこそ嬉しくなるというものだ。


 たまらずアンダール王子が勢いよく立ち上がり、床をソファーの脚がひっかく。困惑したように眉根まゆねを寄せ大きく開いた口が言葉をつむぐことはなかった。


「ちゃんと知りたいし知ってほしい」


 背中越しにも伝わる真面目でやわらかな声色だ。顔も見えている向こうならもっと伝わっている。


「聞きたいことがあって話しかけるようになったのはまちがいありません。それをごまかすつもりはないですし、いつか聞けたらいいなって思います」

「……それで」

「いろいろ考えていてやっと気づきました。私たち、お互いのこと全然知らないんです。許嫁なのに好きなもの一つ知らないってさみしいと思いませんか?」

「必要ないだろう」

「っあります!だって私は知りたい、今まで逃げてきた分むき合いたい。知らないままなんてかなしいから」


 ただ理由を聞きたいから、じゃなく。

 ちゃんと知った上で理由聞きたい、か。


 やっぱりダリア様は凄い。真っ直ぐに人を思いやれる。

 

 

 やがて不機嫌一色だった表情も変わっていく。肘をついたままだし、ダリア様に向ける目だって温かなものとはいえないが……もう眉間みけんのシワはなくなっていた。

 

「あなたとちゃんと話がしたいです、アンダール様」

「!」


 初めてされる呼び方にかなりビックリしたのか、目を開いて一瞬ビクついた様子がまるで猫のよう。

 肩がはねた勢いで、ついた頬杖ほおづえから少しツルッと滑ったのはしっかり見たぞ。可愛いとか思っていない。


 ダリア様のおかげでピリついた空気もやわらぎ、アンダール王子の方も数年前までを思い出すような口調でたまに相槌あいづちをうつ。理由は今すぐ聞かなくてもいずれわかる時がくる筈、ゆっくりと雪解ゆきどけを待とう。


 むしろダリア様の幸せを考えるならば、下手に探りまくるよりもこっちが正解に思えてきた。

 普通に許嫁として親しくなって、わだかまりをなくして。積極的に理由を聞かない以上は、中々うまくいかないかもしれないが関係の改善に比例してわかっていくだろう。自然と話してくれる可能性もある。


 問題なく終われそうだ。といつの間にか固く握りしめていた、じっとり気持ち悪い手の力を抜く。


 だが問題というのはいつも油断した頃にやってくる。



「失礼しまァす……?」


 白髪の彼、オクシスがきてから一ヶ月半ほど。馴染なじみすぎてすっかり忘れてしまっていたのだ。


 オクシスのもつ色がみ嫌われているのを。


 「色無し」が、どれだけ最悪の肩書きなのかを。



 おそらく緊迫きんぱくした空気にされて、誰も応接間を出てくる気配がなかったからティニオさん辺りに言われて様子を見に来てくれたんだろう。


「は、いろ……なし、だと?」

「っ!!」

「彼はオクシスといって、ケガしてたおれてたところを助けたんですっ!私やみんなを手伝ってくれるやさしい人で!」


 扉を開けた状態で固まったオクシスをかばう形で必死にフォローするダリア様。私達は全員、時間をかけてオクシスの人となりを知っていったけれど他は違う。


 身振り手振りで褒め言葉をつらねるダリア様を、しばらく呆然と見つめていたアンダール王子が一度うつむき、次の瞬間狂ったように高らかな嘲笑ちょうしょうを響かせた。


「ハハハハハハッ!色無しを助けた上にかばうとはな!ふん、せっかくの才能とやらも台無しだ」




「──あなたが、それを言うんですか?」


 和らいでいた空気はもうどこにもない。

 






 


 

 

 



 


 



 


 

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