第14話 強い推しが最高でして



 幸せにし隊という形で私達の意思が固まり。


 ダリア様本人の気持ちもちゃんと確認出来た。諦めずに向かっていくぞ、と真摯しんしに訴える強きひとみは忘れない。


 あとは事前に王宮へ連絡し、アンダール王子と会って話す機会をつくるのみ。「王家の客人きゃくじん」扱いとなったダリア様なら前回より簡略かんりゃく的な手続きで済むだろう。


 と、いうことで。


「……何しにきたんだ」

「こんばんは、アンダール王子」


 突き放されてから二日後の夕方、早速会いにきていた。




 ──── ──── ────


 堅牢けんろう城壁じょうへきに囲まれた王宮がそびえ立つ王都。

更にその王宮と、王都全体を守るような形でレンガ調の壁が並ぶ。上空から見ると綺麗な円形になっている筈だ。

 そしてあなどるなかれ。壁の高さは身長170cmの私より頭一つ分低いくらいだが、凄腕すごうでの魔法使い達によって超高度な魔法がほどこされているため防衛力は疑いようがない。物理的にも魔法的にも、ガッチガチの守りである。


 そんな王都の正面入口から見て一番奥に位置するのが王宮であり、左手側にはダリア様の通う「ティグエル王立魔法学園」が構えている。つい先日、王都内や住む人達の様子を知れたのは普段学園への往復でしか来ないダリア様にとって貴重きちょうな体験だったんじゃないだろうか。

 

 ダリア様を含め、学園関係者は防犯ぼうはんに良いというのもあって、正面入口じゃなくより近い入口を利用するので初等部くらいだとよく知らない者もいる。


 その学園の場所だが、王宮からさほど遠くない。

 王都周辺にある屋敷へと帰る距離よりも近い。


 つまり……学園帰りに顔を出しやすいってことで。現に、案内された席に座るダリア様は制服姿のままだ。


一昨日おとといのこともう忘れたのか?」


 つい先ほどメイドに連れて来られた、同じくまだ着替えていなかったアンダール王子は相変わらず腹立つ物言いしやがるな。と思ったのだがよく見てみれば若干じゃっかん顔が引きつっている。流石の顔だけ王子も、あんな態度をとった相手が二日後に来るとは思いもよらなかったらしい。


「忘れてません」

「じゃあ何しにきた」

「アンダール王子とお話をしに」


 柔らかな眼差まなざしのダリア様を前に、一瞬ひくついた口元を私は見逃さない。たとえすぐに嘲笑あざわらう表情へと早変わりしようとも確かに動揺どうようしたのを見た。

 微動だにしない冷血漢れいけつかん、って訳じゃないならどうにかなりそうだ。いや、まだ7歳だし当たり前だったな。


 ピンと美しい姿勢で座るダリア様を苛立ったように一瞥いちべつしたアンダール王子は、座ることなくきびすを返す。


「おれは話すことなどない、帰れブス」


 なんて、捨て台詞と共に去ってしまった。


 一人だけこちらに軽く頭を下げてから他のメイドに追いついた人が、王妃へ話をした人かもしれない。顔はわからないものの、さりげない行動が心を楽にしてくれる。アンダール王子のような人ばかりじゃないのだと。


「今日は帰りましょうか」

「ええ、そうするわ」


 二度目でも心安らぐ素敵な温室を後にする。


 いつの間にか出入口に立っていた執事──王宮外でアンダール王子の側に控える姿をよくみる──が、読めない表情で私達(正確にはダリア様)を待っていた。「王家の客人」となったダリア様の見送りだろう。

 

 アンダール王子はブレスレットに気づかなかったのか、はたまた知ってる上であの態度だったのかさだかじゃないけれど、まぁ自分の客なんだからいいだろって思っていても不思議じゃないし間違いでもない。

 実際のところ、これは王家に認められた者の証であって王宮に出入りがしやすくなったり、他の一般人より多少優遇ゆうぐうされるといった代物しろものなだけで立場は普通に下である。


 流れるような動作で差し出された手袋越しの手と「どうぞ、こちらへ」の落ち着いた音色。そのまま温室を出た直後、にこやかに告げた台詞が頼もしかった。



「お茶菓子と紅茶、おいしく頂きました」


 陽射ひざしをたっぷり浴びられるテーブルの上には何ものっていない綺麗なお皿とティーカップが一つずつ──。



 

 ──── ──── ────

 

 覚悟を決めたダリア様は驚くほど強かった。


「お邪魔してます、アンダール王子」

「……またかお前」

「昨日ぶり……いえ学園でもすれ違ってますから一時間ぶりといった方がいいかもしれませんね」

「チッ」


 捨て台詞を吐かれたその日のうちに、屋敷にある鏡の形をした「遠隔えんかく通話魔法具」という現代の固定電話みたいなもので許可をとり翌日には王宮をおとずれた。


 鏡の下にある魔法陣にブレスレットを置いて魔力をこめれば、ソレに刻まれている魔力を解析し接続。通話が出来るといった仕組みらしい。渡された時点で「王家の客人」登録もされているので、向こうも受け取ってくれる訳だ。

 電波なんてものはないし、手紙などもその場で魔法を使ってひとっ飛び!なこの世界でも一応こうした魔力を登録しての連絡手段も存在している。


 さて、現場に意識を戻そう。


「ふん、気分が悪いな」

「体調には気をつけて下さい」

「……チッッ!!」


 渾身こんしんの嫌味をキラキラした笑顔にはじかれてしまったアンダール王子が、さっきより大きな舌打ちをして足音荒く出ていった。慌てて追いかけるメイド達も大変だな、と思う心の余裕が今はある。


「私、悪いことしたかしら?」

「いいえ大丈夫だと思いますよ」


 「ならいいのだけど」と本気で体調を心配している、妙な部分でぬけているダリア様が愛らしいのと同時に嫌味が全く通じていないアンダール王子に気分が良い。これまでのむくいだ、存分にイライラするといいさ。



 これ以降も毎日毎日、会いに行くのを欠かさない。


 どんなに冷たく心無い言葉で突っぱねられても、ダリア様は会うのをやめなかった。その間に、アンダール王子の言い方に耐性たいせいが出来たらしく前までや最初の数日と比べ落ち込まなくなっているのが強い、推し、最高。


「っこの、ブス!さっさと帰れ!!」

「ふふ、今日は失礼します」

「〜!!」


 ある時は語彙力ごいりょくを無くしてブスしか言えなくなったアンダール王子を鮮やかにかわしてみせたり。ちなみにかわされた悔しさか、りんごの如く真っ赤になっていた。


「…………」

「あ、見て下さい!青いトリがいましたよ」

「…………」


 またある時は、完全にそっぽ向いて腕を組み喋らないことにしたアンダール王子。しかし全く気にせず透き通ったステンドグラスのような高い天井を横切った鳥にはしゃぐダリア様がいたり。流石に許可をとって会いに来た許嫁をスルー出来ない辺りがなんだかんだ王子である。


 そしてこの頃になると、毎日連絡をして王宮まで足を運ぶダリア様に味方がぽつぽつ出来てくる。


「なんていうか……健気けなげよねぇダリア様」

「いつも笑顔で応援したくなっちゃうわ」

「(そうでしょうとも!うちのダリア様は可愛いんです。私の推しは笑顔がたまらないんです!!)」

「ん?誰かいた?」


 おっと危ない。


 特にアンダール王子周りのメイド達が、健気で可愛らしい許嫁じゃないかと言い始めたのだ。


 そうなればもうこっちのもの。

 心底嫌そうなアンダール王子を席に座るよううながすメイドであるとか、立ち去る気配を察知さっちして紅茶をぎ足したりだとか。こっそり大胆にアシストしてくれる有難いメイド達に私は内心サムズアップした。



 しつこく会いに行き出して二週間ほど。


「ウェンディ聞いてくれる?」


 もはやダリア様自身も楽しくなってきたのだろう。最近じゃ話の中でアンダール王子が出てくることも増えた。


 豊かな表情にもいくらか変化を感じる。いたずらをする子供みたいな、あまり見たことのない表情。寝る前のベッドの上で身を乗り出し、ゆるく握った手が隠す口はカーブを描いている筈だ。楽しさからあがる肩も、そわそわ落ち着かずこすり合わせる足の指先も。


「アンダール王子ったらおもしろいのよ!」

「面白い、ですか?」

「うん!今日ね、学園でむこうから話しかけられてびっくりししちゃって。理由聞いたら……ふふっ」

「何でしょう」

「どうせ来るならさっさと終わらせたい、だって!」


 年相応の子供らしさがあって眩しい。


 今までのダリア様も勿論大好きだし、最高の推しには変わりないが。こうやってただの子供として笑う姿を見ていると幸せへの明かりがともった気がして嬉しいのだ。









 ****


 

 更に二週間近くが経ち、約一ヶ月。


「……チッ、何でおれが」

「王妃も喜んでおられましたな」

「ふん」


 ダリア様に対する、キツイ態度にあまり変化はみられずどうしても向けられる眼差まなざしも冷たくマイナスな感情があるようだが……それはそれとして、たった今結構な動きが起きている。立ち上がるダリア様と私達住み込みの侍従の目の前には、ふてぶてしく座る鮮やかなみかん色のショタ王子が。



「ようこそいらっしゃいました、アンダール王子」

「「「いらっしゃいませ、アンダール王子」」」


 王宮と学園以外──スカーレット家本邸でありダリア様が住まう屋敷へアンダール王子が足を踏み入れていた。


 ようやく、一歩前進した気がする。


 ダリア様の幸せへの大きな大きな一歩だ。



 

 

 


 

 

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