第12話 幸せにし隊結成でして




 今、私達の前にはとある方が座っていた。


 くっきりとしたバラのような赤く魅力的な髪を背中まで伸ばし、同性であっても見惚みとれてしまうほどの上品な色香いろかがその身から溢れ出るどえらいお方だ。


 口元を優雅ゆうがに隠してやんわり弓形ゆみなりに微笑む姿はなんといったらいいのか。色気と可憐かれん清楚せいそと。噛み合わない筈のあらゆる褒め言葉が全て当てはまる、不思議な感覚。


 その名を……カーティヤ・ペルシア様といい。


「フフフッ座ってちょうだい?」


 正真正銘しょうしんしょうめい──ティグエル王国の王妃おうひである。




 ──── ──── ────


 さかのぼること少し前。

 アンダール王子が立ち去ってしまった以上、ここにいる理由はないのだが王宮内を勝手に動きまわる訳にもいかず。冷めきった美味しい紅茶を飲んで途方とほうにくれていたそんな時、あらわれたのが王妃だった。


 あまりに突然の出来事。本来、私なんかがこの距離でお目にかかれない天上てんじょうのお方でありダリア様でも数回会ったかどうか。同じ学園に通うアンダール王子はまだしも、伯爵家の娘で許嫁といえど王家の人間に会うには相応そうおうの手続きもいる。それが王妃ともなれば尚更。


 もよおし物の際に、遠目から見かけるくらいならまぁ少なくないと思うが。まず間近で会えるようなお方じゃ、ない。


 一瞬固まったのち素早くカーテシーをするダリア様と私へ許しを出した王妃が、テーブルに座った。



 そして……現在。


「メイドから話は聞いたわ」

「話、ですか?」


 王妃とダリア様が対面で話している。新たに出されたお茶菓子と紅茶の甘い香りが鼻をくすぐり、美しい所作しょさでそれらを含む王妃にくらくらした。


「慌てた様子のメイドが、会いに来てくれた貴女に息子のアンダールが酷い態度をとったと伝えにきたのよ」


 メイドの話が何かと思ったらそういうことか。


 アンダール王子と共にいたメイドの誰かが、立ち去ったその足で王妃へ報告したらしい。あの態度への動揺どうようがなかった辺り慣れているんだろうと思っていたが、流石に感じるものがあったのかもしれない。

 何にせよ伝えを聞いたから王妃がやってきたのはわかった。でも、何故わざわざきたのだろう?嫌われる許嫁の顔を見にか、それとも別の理由があるのか。


 

 ──しかしどちらでもなかった。

 

 静かにティーカップを置いた王妃の頭が下がる。


「カーティヤ王妃!?おやめ下さい!」


 控えていたメイドも、対面に座るダリア様も大慌て。

 勿論私も大パニックだ。なにせ王妃が頭を下げているのだ、そりゃあ慌てるに決まっている。


 思わずダリア様が止めようとするも。


「いいえ、これはケジメよ。今までのことと……今回のこと、王妃として母として申し訳なく思います」


 こんな風に言われてしまっては無理だった。


 ゆっくりと持ち上がる頭。椅子から立ち上がっていたダリア様だけを見据みすえる宝石よりも輝かしい瞳。

 

「……つつしんで、お受け取りいたします」


 椅子に座り直し、まっすぐ見つめ返す幼いながらも凛とした姿が素晴らしいやらドキドキするやら。お気になさらないで下さい、と言うことも出来ただろうに堂々たる返し。


 無礼のないよう同じく下げられた黒く形の良い頭頂部を、王妃が何だか優しい目で見ていたのを忘れない。









 ****



 屋敷に帰ってきてすぐドッと疲れが吹き出したんだろう。「ごめんなさいウェンディ、少しねてくるわ」と告げて自室ですやすや眠っている。


 緊張からお茶菓子も中々食べられなかったようだし、いつもより時間は遅いが食べやすい昼ご飯を用意してもらおう。


 私はというと、侍従じじゅう達と分かち合っていた。


「ひぃっ!?そ、そんなことが……!」

「王妃様って……スゴイ体験ね」


 ついアンダール王子の話もしてしまったが、言いたくなるほど酷かったんだから許してほしい。むしろダリア様を守るためにも、この屋敷に住み込みでいる侍従達には味方でいてもらいたいので情報共有は当たり前だと思う。

 原作でダリア様周辺の描写びょうしゃが少ない以上、実際のところどうだったのかわからない。でも最後の方にメイド長だったウェンディが突き放されていたんだ、他の侍従がそこまで付き従ってる確率は低い筈だ。


 味方は多くて損はなし!


 現時点で既にダリア様を好いている侍従達、を確実な味方にしたい。キューピット大作戦は盛大せいだいけたけれど侍従達はいける気がする。いざという時にダリア様へ手を差し伸べてくれる味方が必要なのだ。

 私が差し伸べるのは当然として、他にも。


「アンダール王子がねぇ」

「いつも笑顔が素敵だからビックリです……!」

「ふんっ猫被ってたってことよ」


 眉をしかめて舌打ちでもしそうなロメリアさんの指が大食堂のテーブルを数度叩く。対してアンは、見開いた目があわや飛び出てくるんじゃないかと心配になる。


「あの、それについてなんですが」


 二人の性格がでる反応にほっこりしつつ、話をさえぎった。確かに私も酷い態度に苛立ったし顔だけ王子クソ野郎!って心の中で中指を立てたりした。


 けれどアンダール王子にも色々あるようで。


 王妃からの謝罪という衝撃的なやり取りの後、実はもう少し話をさせてもらっていた。まだ時間あるなら聞いてくれないかしら?そう伏し目がちに問いかけ、ぽつぽつ話し始めた王妃曰く……元々気難きむずかしい性格をしていたものの酷くなったのは1、2年前だという。



「私も覚えています。数年前にダリア様とお会いしていた頃のアンダール王子は、ぶっきらぼうな喋り方をされてましたが今のように会話すらしないお方じゃなかった」


 ロメリアさんも記憶にあるだろう。本邸で共に魔法の本を読む二人や、別邸にある庭先で花を見る二人。幼い二人が会う機会は多くないながらも、侍従をつけたアンダール王子と時々交流していたのだ。

 仲睦なかむつまじいと言えない、けれど不仲でもなく。少々我儘わがままな性質のアンダール王子とそれを受け入れてそばに立てるダリア様は親同士が決めた許嫁とはいえ悪くない関係を築けるに違いない、と思っていた。


 ──ある日急に冷めきった目でダリア様を見下し、会話をやめ、会いにもこなくなった時までは。


 

 王妃も理由を知らないらしい。


 何故アンダール王子が嫌うようになったのか。

 何故ダリア様に対してはより酷い態度をとるのか。


「何か理由があるとおっしゃってました」

「理由?」

「ええ、もし本当にダリア様が嫌いであのような態度をとってるとしても、必ず理由があると」


 ずい、身を乗り出したロメリアさんに苦笑い。黙ってアンが袖をひいて下がらせてくれた。ダリア様に関する話だ、真剣に聞いてもらえて有難い。


「一度陛下がそれとなくたしなめたんだそうです」


 一方的に邪険にするなんてどうなんだ、といった類の言葉で遠回しに仲良くしなさいよと告げた陛下にアンダール王子はすっぱり切り捨てたんだそうな。


「その時に……捨て台詞を吐いた上で、どうせ政略結婚なのだから仲良しでなくても構わないだろ。と」

「理由にしては酷すぎるわ」

「ううん……わ、私も酷いと思います」


 私だってそう思う。


 ケッとでも言いそうなロメリアさんと固い握手をしたいほど思う。政略結婚を理由にするなら、適度に距離をとればいい。今回みたく暴言を吐いたりまともな会話すらしようとしないのはやり過ぎである。

 故に、アンダール王子がダリア様への態度を変えた理由はもっと別なところにあると王妃が言った。


 タイミングは1、2年前の‘何か’

 陛下や王妃ですら知らない‘何か’をきっかけにしてひねくれてしまったアンダール王子。


 本音をいえば知ったこっちゃないし、何かがあったとしてもダリア様を傷つけていい理由になりはしない。

 

 王妃に自分の子供だろ何とかしろや!って思わなくもないが、おそらく一部のメイドなどを除いてアンダール王子の酷い態度が一番目立つのはダリア様だけ。

 勉強をおろそかにしてる訳でも王家としての立ち振る舞いも大きな問題がある訳でもなく難しいのだろう。

 

 所詮しょせん、許嫁。もしはっきり知られることがあっても周りはそうさせたダリア様に非難ひなんを向ける。嫌われたダリア様の方が悪いと指を差すことだろう。



 で、あるならば。私のやることは決まっていた。


「政略結婚じゃない別の理由があるそうなので、アンダール王子から聞き出すしかありません」


 キューピット大作戦継続だ。

 ダリア様の未来のため、どんなにブチのめされてもアンダール王子に踏み込んでいくしかない。


 ふっふっふっ…!王妃直々じきじきに、アンダール王子を見捨てないでほしいと言われたダリア様は「王家の客人」の証明である虎に王冠おうかん紋様もんようが入ったブレスレットを頂いた。これで事前に許可をとってさえいれば王宮へお邪魔しやすくなった。いわば手続きの簡略かんりゃく化だ。


 ダリア様自身が会う気がないとどうしようもないが、ちゃんと話がしたいと言っていた。理由を一番知りたいのはダリア様かもしれない。

 

「私も手伝うわ、いつでも言ってねウェンディ」

「っ私も!ダリア様のために手伝います!」

「お二人共頼りにしてます」


 よし、心強い味方もいる。ダリア様のケアを忘れずにアンダール王子の邪険にする理由を暴こうじゃないか!!



「いや……オレ聞いてていい話か?オーヒ、オージって詳しく知らねェけどメチャクチャ偉いヤツなんだろ」

「何言ってるの、オクシス」

「え?だってオレただのケガ人で部外者……」

「貴方もダリア様が悲しい顔してたら嫌でしょ」

「あ?ああ、まあ多分?」

「オクシスさん!理由を聞いて明らかにしないとダリア様はこれからも傷つき続けます!いいんですか!?」

「よく、ないんじゃ、ねェかな?」


 大食堂の出入り口と反対、壁際に集まって話していた私達とさほど離れていない席で昼ご飯を食べるオクシスがずっといた。怯えていたアンも大分気兼ねなく話す様になり、ロメリアさんに至っては相当オクシスの扱いに慣れている。


 部外者、を無視してやいのやいの盛り上がる三人に温かい気持ちになった。胸の内側からぽかぽかと、カイロなんて貼ってないのにくすぐったい。


 ケガが癒えてきたオクシスはその身体能力で大いに活躍しており、もはやこの屋敷内で部外者と思う人間は誰一人いない。気づいてないのは……オクシスだけだ。


 がたり、騒がしい団子に近づく。

 怒られると思ったのか一瞬で静まり返った三人に、温かい気持ちのままうっすら口角を持ち上げた。



「ダリア様を幸せにし隊、結成ですね」


 あれ?今三人共ダサいって言った気がする。


 






 


 

 


 


 

 




 

 




 



 




 

 



 

 

 

 

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