第11話 キューピット目指して(2)



 正直なところ私は舐めていたんだろう。


 ダリア様は聡明そうめいで年齢以上の落ち着きがあり、お相手のアンダール王子も同い年ながら王族として立派な振る舞いをしている。だが、どこか無意識に所詮はまだ幼い子供だと簡単に考えていたのかもしれない。


 元の世界ならば小学生、それも一年生だ。

 ちょっとした反抗期か……何か嫌なことでもあってダリア様を嫌厭けんえんしてるのだろう、なんて馬鹿か私は。


 キューピットになる?キューピットを舐めるな。


 そもそも恋人のいた回数も少なく恋愛経験とぼしい私が簡単にこなせる訳はなく。更に言うと片や伯爵令嬢はくしゃくれいじょう、片や第三王子。ただの小学生とは生きる世界も環境も全く違う二人が、反抗期云々うんぬんだけでこうもこじれやしないのだ。 


 

 そしてもう一つ肝心かんじんなことを私は忘れていた。


「で、何をしにきた?ブス」


 原作で、主人公と親しくなるまで──とんでもなく性格が悪い「顔だけ王子」の異名いみょうで呼ばれていたのである。








 ****



 12月に入ってはや一週間。


 一歩外に出れば肌を刺すような厳しい冬の冷たさ。雪こそ降らないものの、防寒具ぼうかんやそれに近しい魔法がないと指先一つ動かすのもままならなくなってきた。


 とはいえ屋敷の中であればそういった問題は気にならない。本邸ほんていのここは、セキュリティばっちりの玄関扉は勿論のこと元々スカーレット家ご夫妻ふさいが住んでいたため役立つ魔法具まほうぐも十二分にそなわっている。


 温度を自動で調節ちょうせつする魔法具もその一つだ。


 現代でいう冷房と暖房を兼ね備えた空調だろうか。一定の間隔で壁に埋め込まれた魔石──縁取ふちどる装飾には魔法が刻まれた一級品の魔法具──へ魔力を流せば、広範囲の温度調節してくれるすぐれもの。

 

 魔力をめ込んだ。もしくは魔力そのものを結晶けっしょう化した魔石をき出しで使うのではなく、美しいブローチのような魔法具にすることによって屋敷の景観けいかんを損ねないオシャレなインテリアになっていた。

 機能も見た目も最高品質。この時期は、毎朝魔力を流す必要はあるがそれも大した量じゃないし、もしも侍従じじゅう達でキツくてもダリア様が協力してくれるので問題ない。


 まぁ余程でなければそうはならないのだが。


 しかし……旦那様も奥様も大嫌いではあるが、そのプライドと見栄のおかげで快適な屋敷生活が出来ると思うと複雑な心境だ。まぁ有難ありがたく使わせてもらおう。


 過ごしやすい気温の、ダリア様の自室。


「はい、これでお願いね」

「かしこまりました」


 ダリア様から受け取った手紙の内容は簡単に言う「許嫁いいなずけのアンダール王子と会って話す場が欲しい」だ。


 現時点でまだ中身のないキューピット大作戦を実行するため、つい昨日説得しようとダリア様に声をかけた私。随分ずいぶんあっさり快諾かいだくをもらえて、少し驚いてしまった。

 やはりというか向こうが一方的に邪険じゃけんにしているだけでダリア様は嫌いな訳じゃないらしい。「王子と仲良くなれ」というご両親の言葉も関係しているかもしれない。


 さっそくスカーレット家ご夫妻、つまりは別邸に住まう二人へ届けなくては。休日だとクロさんはこちらに来ないので、魔法で届けることにした。


「『届け』『羽ばたけ』『誰にも邪魔されず』『届け』」


 両手の平に手紙をそっとのせ。


 魔力の宿る言葉が魔法と化す。


 薄く黄色をまとった手紙は小さな鳥へ変わり。


「『行け』『スカーレットご夫妻の元へ』」


 ピィ!その鳴き声を合図に、鳥にしか見えない手紙は別邸を目指して飛び立った。この国は他国と比べても特に魔法が発展した国だからこそ、日常的に魔法が飛び交う。オクシスが暮らしていたらしい国の端っこでも魔法はそれなりに使われるくらい当たり前のことである。

 一見して鳥にしか見えない手紙も、たとえ違うと気づいたって誰も気にしない。王都周辺なら尚更なおさらだ。


 魔法の系統でかわる色……この場合補助ほじょ魔法全般に出やすい黄色いきらめきを纏った手紙が離れていく。


 アンダール王子と親しくなるのを望む二人ならばなるべく早い内に王家へ連絡してくれるだろう。花束のお礼というちゃんとした理由もあるし気長に待つしかない。


 吐いた息が白く、遠く、消えていった。


「っっさむ!!」


 せめて上着を羽織はおるべきだったか。

 太陽が眩しい昼時、手紙を届ける短い時間であってもほのかに赤い指先はピリリと冬の寒さを訴えていた。


 


 ──── ──── ────


 気長に待とう。


 私はそう思っていたのだが……なんと翌日には許可する旨の手紙と一緒に招待状が届けられた。旦那様は一体どれだけ迅速じんそくに連絡をつけたというのか。


 ダリア様がスカーレット家を通じてアンダール王子への、直接会って話す許可をもらおうと手紙を書いてから一週間。

 12月の中旬である今日──私達は王都にいた。



「うわぁ……!」

「流石は王都、キレイですね」

「うん!来たことあるけどわくわくするわ!」


 ああ……推しが可愛くて今日も幸せ。

 多少動きやすいように仕立てたドレスが舞う。


 宝石みたいに目を輝かせて、王都の街並みを歩くダリア様。あちらこちらに魔法でつくられた物が並び魔法を使う人がいる。王都周辺でも魔法と共にあるが、王都にもなるとレベルが違う。ちょっとした柱から魔力を感じるし、道や壁にも何かしらの仕組みがありそうだ。

 

「まほう使いの人たちがやってくれてるのよね」


 と、少し落ち着いたダリア様の言う通りここ……ティグエル王国の王都は沢山の魔法使いによってさかえている。

 

「ええ、個人で仕事をする者もいますが数多くの魔法使い達が王都に魔力を流し、魔法を用いる役をにないます。そうしてこの街はこんなにも華やかにり続ける」

「たしか住んでる人も、よね?」

「流石ダリア様、それぞれの等級に応じた魔力をいただいてると聞きます。魔法使いでない者も一応は」


 単純なことなのだ。王家、王都が便利で過ごしやすく安全な生活を保障ほしょうする代わりに魔力をもらうね!と。タダよりずっと健全でいいと思う。


 許嫁とはいえ7歳……様々な教育を受けていても、まだまだ途中であるにも関わらずよく勉強している。


 国選魔法使いになるための勉強。

 いずれ王子の花嫁になる前提ぜんていでの勉強。

 伯爵令嬢の在り方と勉強、などきりがないのに。


 相変わらずよく出来たお嬢様だ。私の推し凄い。


「ありがとうウェンディ」

「どういたしまして、ダリア様」


 ただ華やかなだけじゃない。これほどの規模の王都を成り立たせるには、国民あってこそだ。魔法だらけをやめて普通に生活しようと思えば魔力の提供なんて必要なかったりする。まぁそれを言い始めてしまうと魔法使いの仕事が激減してしまうし、今更魔法をなくした生活が出来るとも思えないのでこのまま現状維持いじが一番良い。

 うちの魔法料理は絶品だよ!お困りでしたらぜひ我が魔法具店へ!といった快活な勧誘かんゆうを横目に王宮へ向かった。



 通されたのは温室らしき部屋だった。


 陛下へいか挨拶あいさつした時の記憶は緊張でぶっ飛んだ。

 いわゆるイケオジだった気はするが、やらかさないよう集中していてあまり覚えていない。7歳より緊張する19歳。ちなみに先日誕生日を迎えた。


「あちらでお待ち下さい」

「ありがとうございます」


 王宮の一角、多種多様な花が顔を出し、ガラスのような高い天井部分より射し込む陽が心を穏やかにしてくれる。


 室内はもちろん心地よい温度に保たれ、そよぐ花や上から降り注ぐ陽射ひざしもあって安らぐ空間だ。相当な種類の花が植えられているようで、用意された席以外の風景は花しか見当たらない。まるで花畑にいる気分だ。


「アンダール王子がいらっしゃいました」


 王宮直属のメイドの声に、身体ごと向く。席を立たれたダリア様の斜め後ろで、右膝を左膝の後方こうほうへ入れカーテシーをする。シンプルなメイド服の端も軽く持ち上げ、アンダール王子を待った。


 サラリと握手を交わしたアンダール王子はダリア様が座っていた席の向かい側にドッカリ座る。ん?何だか妙に荒々しいというか、握手も一瞬で雰囲気ふんいき刺々とげとげしい。初対面ではないので名乗り云々は必要ないとしても、こちらから話しかける訳にもいかず。

 数人のメイドを控えさせた、かなり態度がアレな太陽のごとくオレンジ色の少年?ショタ?は第三王子としての仮面を投げ捨て鼻で笑う。


 

 ……今、思い出した。何で忘れていた。


「で、何をしにきた?ブス」


 アンダール・ペルシアこと「顔だけ王子」の名を──!




 メイドも知っているんだろう。暴言に全く反応しない。


 この態度をみるに、体調不良はやはり嘘。花束もきっと花言葉を理解して渡してきたな。

 あげた片眉、ついた頬杖ほおづえ。背筋を伸ばすダリア様に向けた冷たく嫌悪けんおを隠さない眼差し。なんとも分厚い猫を被っていたものだ。しかし隠しきれない態度が原因で不仲の噂が立ったとすれば納得もする。


「本日は花束のお礼を」

「バカを言うな、花言葉くらいわかるだろう」

「素敵なお花ありがとうございました」

「体調不良のウソもきづいていたな?」

「回復されたようで何よりです」

「だから何をしにきた、と聞いている」


 誕生日パーティの時と同じく、しっかりした口調と美しい微笑で言葉を返しても駄目だ。なんだかんだとダリア様を知っている。花言葉も、体調不良の一件も、ダリア様に伝わるつもりでやったらしい。


「いい機会だ、はっきり言ってやる」


 座ったのもつかの間、立ち上がり。


「おれはお前が嫌いだ、許嫁にしても父上が決めたことで今すぐに解消したいくらいにな?」


 何も言えないダリア様の前を去っていく。

 メイドと共に、去ってしまった。


 手をつけられなかったお茶菓子と紅茶がむなしくテーブルに取り残され、琥珀こはく色がさびしくゆらめいた。





「……期待されるだけマシだろう」


 






 

 

 


 


 




 


 

 

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