第8話 面倒になりそうでして(3)



「…………」

「(ダリア様……)」


 夜の闇に星が煌めく時間帯。魔法ではなく自然が生み出した夜はカーテンの如く世界を埋め尽くす。

 月明かりに照らされた街並みも相俟って、幻想的で美しい風景だ。こんな状況でなければ二人揃って景色を楽しんだだろう。幼いダリアはあまりこの時間に外へ出ない。


 窓越しに流れていく景色を、寄りかかりながらぼんやりと眺める姿に何を言ったらいいのかわからなかった。運転するウェンディは、後ろに座るダリアの今にも消えてしまいそうな様子に黙ることしか出来ないでいる。


 時折、不安から後ろを確認してはかわらぬ姿に前を向くの繰り返し。強く握りすぎた操縦桿がギチリと悲鳴をあげた。


 いつも見せる笑顔はそこになく。


 ひたすら冷たい窓から外を見つめていた。










 ****


 

 父であるロベロに連れていかれ、別邸に住まう侍従達の手で改めて身だしなみを整えるダリア。普段から世話をしているウェンディも手伝い、予定より着くのが遅れてしまったが開始前に何とか終わらせた。


「似合う?」

「ええ、勿論です」


 ひらり、左右に腰をひねったことでツヤのあるドレスが波打ちレースを際立たせる。オレンジ色を主体として裾に近付くにつれ淡いピンクへ変わるグラデーションが見事なソレは、所々に宝石やレースがあしらってあるものの華美すぎない上品さだ。

 あまりにシンプルなドレスは選べない。主役のダリアが望む通り目立ちすぎず、されど存在が薄くならない絶妙のラインでウェンディがコレに決めた。


「お嬢様こちらを」


 そう言って淡々と仕事を熟す当主付きのメイドが見せたのは、上等な質の口布。ドレスに合わせて選んだんだろう、チョコレートのような色をしている。


 結局ここまで冷やす時間を与えられず、わずかばかりの治癒魔法しかかけられなかったダリアの腫れは引いたが、まだ赤みが残る頬を隠すためのもの。


「では会場に行きましょう」

「はい」


 たとえ専属といえど立場は当主付きの方が上である。あの騒ぎの後でも付いていくことを許されただけ幸運だ。

 当主付きメイドに促され、確かな足取りで会場へ向かう。開始時間の少し前に招かれ食事や雑談を楽しむ声が徐々に大きくなっていく。賑やかな其処に主役が足を踏み入れればいざ誕生日パーティの始まりだ。



 正面入口ではなく、関係者用の入口前。


 入る瞬間その手をすくい取られる。


「おお……!今日も愛らしいよダリア」

「嬉しくおもいます、お父さま」


 父のエスコートを受けて登場したダリアに会場中の視線が集まる。この世界において希な「黒髪」をもって産まれた将来有望な噂の伯爵令嬢。魔法による灯火を浴びてキラキラ輝く宝石のような美しき髪も、7歳という年に似合わぬ落ち着いた風貌と立ち姿も周囲の目を惹きつけてやまない。


 ほう……どこからか感嘆の息が聞こえた。



 述べられた口上に、響き渡る拍手。誕生日パーティとは名ばかりの貴族同士腹の探り合い。


 招かれた全ての人間が目一杯着飾り思ってもいないおべっかをペラペラと垂れ流す。流行りがどうとか、あそこの令嬢がどうとか、虚飾だらけの言葉と馬鹿みたいな噂と見栄で塗りたくられた会場内は賑やかだ。


 無論貴族として真っ当な生き方をしている者も多い。素直にダリアを祝福する者だっているだろう。

 だが、貴族社会は一筋縄ではいかない厳しさがある。だからこそ互いに牽制し合い、こういった場の中でしか得られない情報収集に余念がないといえた。


「ダリア様、本日はおめでとうございます」

「ありがとうございます。私のために貴重なお時間、ほんとうに感謝いたしますわ」


 形式ばった台詞を愛想笑いでなめらかに紡ぐ。唯一出た目元を柔らかく細め、軽く下げた頭につられてさらり流れる黒髪はつい手を伸ばしたくなるほどの魅力があった。

 

 別邸に用意された誕生日パーティ会場の外では各種贈られた品が検査されている筈だ。ダリアのためになんて考えられてやしない。いや……「伯爵令嬢の」ダリア・スカーレットのためのプレゼントなら正しい。

 きらびやかな貴金属、魔法をあしらった装飾品、派手なドレスの数々。令嬢にしては珍しくそういったものに興味がないダリアと違い、喜ぶ両親の姿が目に浮かぶようだ。


 自らの地位を確認出来る父、ロベロと。お金や自らを着飾る美しいモノに目がない母、ミザ・スカーレット。


 次々かけられる「おめでとう」の言葉を笑顔で受け取るダリアの右手は、ずっと胸元を握りしめていた。



 滞りなくすすんでいたその時。


「……なに?」


 執事のクロより知らされた情報にロベロの顔が曇る。そっと差し出されたとある物を見て更に悪くなる顔色。一通り挨拶し終えた先で何かを凝視して固まる父に、かける筈の言葉は出てこない。一瞬だけ自身を見た……おそろしい形相につっかえてしまったからだ。


 それも招待客の方へ向いた途端、笑顔に変わる。


「大変残念なことに娘の許嫁たるアンダール王子は体調が優れずこちらに来られないそうです」


 告げられた事実が俄に不穏な騒がしさをもたらす。本来ならば、誕生日パーティに訪れ直接祝う予定だった王子のキャンセル。それはひそやかに囁かれる噂──王子と許嫁が不仲である──を増長させてしまう。


 

 彼等の生きるティグエル王国を先祖代々守り、繁栄させてきた由緒正しい王族。ペルシア一族の第三王子ことアンダール・ペルシアと許嫁にあるダリア・スカーレットの噂は最近特に貴族界隈を賑わせていた。


 曰く、二人が話す姿を見かけない。


 曰く、何も贈られてる様子がない。


 曰く、政略的な関係でしかない。


 曰く、アンダール王子は嫌気がさしている。



 曰く、曰く、曰く。

 許嫁でありながら学園でも大した接触の見られない二人はこうした噂のいい的になっていたのだ。 


「しかしたった今映像媒体を頂きましたので、ぜひ一緒にご覧になりましょう」


 映像媒体?いまだ囁き合う貴族達の視線が正面に立つロベロとダリアへ集中する。記録用の魔石へと魔力を流せば壁一面に映し出された一つの映像。専用の魔石自体に記録は刻まれ、ソレを応用するための魔法具で今会場にいる全員が見つめていた。


 アンダール・ペルシアの映像を。



 見目麗しい外見の、されど王族の凛々しさが垣間見えるダリアと変わらない年頃の少年。オレンジ色とも明るい茶髪ともいえる手入れが行き届いた髪はくっきりと天使の輪が描かれている。利発そうな顔立ちのアンダールの背景にある王宮内の装飾からまず本物に違いない。


「親愛なる許嫁殿、心より祝福を贈る」


 ──たったそれだけで映像は消えてしまった。


 ぶつり、と呆気なく切れた短い映像に呆けていた招待客も噂を後押しする光景にやんややんや。


 あまりの短さに舌打ちしかけたロベロだったが、追加で手渡された品……花束に余裕を取り戻す。花びらの外側全体を角みたく尖らせた鮮やかなピンク色の花がたっぷりと包まれていた。これは王子から贈られた花束なのだと云う。


「流石はアンダール王子!体調が優れずとも我が娘を想い映像ばかりか花束まで下さるとは!しかもダリアが好きな花を選ぶなんて素晴らしいお方だ」

「はい、私も嬉しいです」


 そう言われればそうかもしれない。ロベロの言葉を皮切りに不穏な空気もやっと落ち着き始めた。

 「なんだやっぱり噂は噂か」「確かに美しい花だわ」僅かに残る疑惑はあるものの、大半はアンダールの配慮に感心し気づけば別の話題で盛り上がる。


 噂なんてそんなものだ。会場内の元に戻った雰囲気にふ、と息をつくロベロは笑顔を崩さない。


「……っ」

「良かったなぁ、ダリア」


 その手が痕になるほど、抱えたダリアの肩を掴んでいたとしても繕った仮面は決して崩さなかった。 




 ──── ──── ────


 誕生日パーティは途中嫌な雰囲気になりはしたが概ね滞りなく進み、無事に終了した。


 ダリアの気持ちを無視して、表面上は。


「あの、お父さま……」


 ドレスのまま口布だけ外していくら話しかけても反応してくれない。たまに侍従達へ指示を出すのみで見向きもしない。何度目かの呼びかけに、ようやく向き直った。


「おとう、」

「お前何のために産まれたんだ?王子には嫌われ、色無しなんぞを拾う。は……、本当に使えないな」


 無情にも降り注いだのはそんな言葉で。

 立ち振る舞いと別に、年齢相応の身長しかないダリアを見下ろす目の冷ややかさ。あの王子が来れないことを聞き、映像媒体を渡された時の怒りに満ちた鬼の形相じゃない。本当に娘を見る目か疑わしい無感情の瞳が、興味を失ったかの如く逸らされた。


「ぁ…………」

「とっとと帰れ、クロ」

「はいお送りいたします」


 弱々しく伸ばした手が空を泳ぐ。


 もう目が合うことはなかった。髪を雑に崩し、放り投げたネクタイやジャケットを拾うメイドに目もくれず会場を去った。残されたのは後片付けをする侍従達のみ。案内されるがままに歩くダリアもそこを後にした。



 本邸へ送るため自分の接続型走行車に乗り込もうとしたクロは今、ウェンディと対峙していた。

 

 主に寒さ対策としてダリアをスカーレット家が所有する魔力充電型自動走行車……接続型と違う種類の乗り物に乗ってもらい、こうして引き止めたのには理由がある。


「何故旦那様にお話したんですか」

「何故、と言われましても」

「っ今日!言う必要はないでしょう?言えばどうなるかなんてわかりきっていました。わざわざダリア様の誕生を祝う大事な日に言わなくてもいい筈です」

「私は旦那様の執事なんですよ、お嬢様の送迎は頼まれてしているだけの身。何かあれば報告しろと言われた仕事をしたまで。どのみちやり取りに違いはありませんし早めに言った方が優しさかと思いまして」

「そ、うですか」

「まぁ保留になったのを幸運と思えばいい」

「っっ!失礼、します」


 聞きたいのは色無しであるオクシスの件だった。結果はただ仕事をしただけであり、そこにダリアを慮る必要性がなかったにすぎない。もはや問答する意味も消え去った。


 普段ならば温和に見える口角を緩く持ち上げ、ゆるりとした笑みが突き放す発言によって嫌味な表情にもとれてしまう。ピクリ、一瞬力を込めた拳を解いてダリアの待つ充電型走行車へ乗り込んだ。


 そのまま無言のダリアと共に本邸への帰路につき、たどり着くまであと少しとなった辺りでぽそり。


「やっぱり……私ってダメな子ね、ちっとも二人の期待にこたえられない。役立たずでごめんなさい……」


 小さく震えた声にウェンディが何か声をかける前に、大丈夫!明るく弾む声が遮った。運転する身でそうそう振り返る訳にもいかず静かに相槌をうつ。いつもより高いトーンの声がもう一度唱えた大丈夫。


「もっとがんばるわ!もっともっとがんばって二人の言うとおりすごいまほう使いになって、いつかアンダール王子とも仲良くなって、それで……」


 と、矢継ぎ早に出てくる自らを奮い立たせる言葉たち。次第にどんどん小さくなっていく声量を気にしてか後方確認の鏡越しに見たダリアの表情は。


「そしたら、ほめてくれるかなぁ…………」


 ──垂れ下がる髪が隠してわからなかった。




 


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