第9話 三日月とはじまり



 かつてある孤児院こじいんで悲劇が起きた。

 いや、起きる


「ゲホッ!……ぅう゛っ」

「あついよぅ……っ!ぜんせ、ごほっ」

「っ喋ってはダメ!!」


 魔法や魔法具と共に生きる国の、最もさかえる王都より外れた場所に位置する森がまるで紅葉こうようの如く赤い。

 自然に囲まれた孤児院で突如とつじょとして発生した火はまたたく間に勢いを増し、孤児院はおろか辺り全てを焼き付くさんばかりの炎と化していた。


「、どうしたら……っ!」

「ぅ゛あああああん!!いたいよぉっ!」


 もうもうと立ち昇る煙が、ぼうぼうとはげしく燃ゆる炎が。彼らの逃げ場を奪い絶望的なおりとなる。


 段々と範囲の広がる黒煙こくえんは視界を塞ぎ、吸い込めば息を潰す。炎によって感じる光と熱は肌を焼く。この逃げられない地獄じごくの中、咳き込む子供や意識のない子供は勿論のこと、職員すらまともに動けずにいた。


 それを止めたのは。


「『っ止まってぇぇえええ!!!』」



 魔力を持たないとされていた一人の子供。


 たった一言。絶望の最中さなか絞り出した、願い。

 その叫びに込められた桁違けたちがいの魔力が子供を中心にして爆発的に膨らみ、大気を震わす。魔法と呼ぶには不格好ぶかっこうな、しかし純粋たる願いがもたらした奇跡のようなそれは──立派な魔法だといえよう。


 孤児院のみならず、森にまで燃え広がっていた炎は一瞬にして消えた。一人で止めてみせたのだ。


「お前……」

「あ……わたし、何で……?」


 重傷者じゅうしょうしゃ多数。

 孤児院8割損壊そんかい

 周りの森も広範囲が燃焼ねんしょう


 だが、職員の奮闘と……ギリギリのところで炎を止めた子供によって死者は出なかった。広域に及びかねなかった悲惨な火事はおさまり、起こりかけた悲劇もかろうじて最悪を止めることが出来た。



 自身のしたことを信じられず、燃えた孤児院の外で俯きがちに立ち尽くしていた子供と心配そうに側にいたもう一人の子供が、二人以外の影を見つけて目線をあげる。

 月明かりだけが照らすこの場に、男がいた。


「──今のはキミだな」


 こつん……ソレは人生がかわる足音。


 


 ──── ──── ────


「準備は出来たか?」

「うん、大丈夫だよお義父とうさん」


 わたしの名前はシモン。生まれつき真っ黒い髪の、横髪に入った黄色のメッシュがトレードマークな普通の女の子だ。我ながらお気に入りの横髪に触る。

 ある日、ひょんなことからお義父さんに引き取られて数年が経つ。いくら魔力を発現はつげんしたとはいえ孤児院生まれのわたしを引き取るんだもんな……当時は信用出来なかったし、今も気になる部分はあるけど。


「ふっ……よく似合ってるじゃないか、シモン」


 深い紫色の髪をカッチリまとめて、そうわたしに言葉をかけるお義父さんが嘘じゃないってわかるから。


「ありがとう!まぁお義父さんの娘だし当然!」


 ただのシモンじゃない。お義父さんの娘であるシモン・テネガーとして、わたしは夢を掴んでみせる。


 数度優しく撫でられた頭が心地よくて堪能たんのうしてしまう。出会った頃のぎこちない触り方が嘘みたいだ。それくらい一緒にいたんだな、と少し嬉しくなった。

 わたしの頭から手を離し、お仕事に行くための堅苦しい服を着るお義父さんは本当にカッコイイと思う。

 ちゃんと整えられた口髭が似合ってるし、声も低くてわたしは好き。近くに住むおばさん達なんかお義父さん見る度ステキ!って目をハートにしてるの。でも…問題が一つ。


 元々貴族じゃなかったのに男爵だんしゃくという地位をもらって。

 一級魔法使いの名に恥じないのも知ってる。

 見た目も、性格も、カッコイイのに。


「もう少し笑いなよ〜お義父さん」

「……別に、問題ないだろう」


 壊滅的かいめつてき愛想あいそがないのだ。あまりに無愛想すぎる。

 眉間みけんのシワはもはや刻んでるような深さ。

 

 それさえ改善されたら絶対世の女性がほっとかないだろうに、このお仕事人間め。やんちゃ娘一人育てるだけで手一杯だって失礼な、そんなにやんちゃじゃない。


 ピピピピ!!どこからか響く甲高いトリの鳴き声みたいな軽快な音。何だろう?と首を傾げて、思い出す。そういえば昨日の夜わたしが遅刻しないよう設定したんだった。

 時刻は8時ちょうど。徐々に音がデカくなってきた慌可愛いネコ型魔法具のタイマーを慌てて切る。


 初日に遅れるのは流石によろしくない。

 

 家と学園の距離はそこそこ離れているため、間に合う時間のモノに乗る予定なのだ。朝食よし!持ち物よし!制服よし!指定のローブもよし!!何か忘れてた時は……諦めよう、とにかく学園に向かわないと。


「いつも思うが何でネコ型でトリの鳴き声なんだ」

「どっちも可愛くていいじゃん!」

「かわ、いいか?(そのブサイクなネコが?)」

「わたしには可愛いからいいの」


 たまにこうして聞かれるけどよくわからない。楕円だえんに潰れた顔も、離れた目も、鼻まわりにある面白い模様も全部可愛いのにお義父さんってば変なの。真新しい靴に足を通して、わたしは玄関扉に手をついた。



 孤児院を出たあの時、わたしの人生はかわった。


 そして今──夢を目指して新たな世界へ。

 泣きじゃくっても行くなとは言わず、送り出してくれた大好きなあの子達のために。何よりようやく見つけた自分自身の夢のために……わたしは歩き出す。


「いってきます!」

「ああ、いってらっしゃい」


 普通の玄関扉の筈なのに何だかワクワクした。

 

 


 ──── ──── ────


 「おせーよ!」と、怒った声がする。どうやら待たせてしまったらしい。家から少し離れた待ち合わせ場所に立つ幼馴染おさななじみがわたしを呆れたように見ていた。


「初日に遅刻する気か?」

「まだ公共車来てないし大丈夫だって」


 十人は軽く乗せて運べる魔力充電じゅうでん型の公共車がくる時間までまだ数分ある。向こうで暮らしてた頃との大きな違いというか、ある程度王都に近いとこういったモノが当たり前に走ることに驚いていたのが懐かしい。

 遠くにソレらしき大きなシルエットを見つけた。乗って揺られて……魔法を学ぶ学校へとたどり着くのか。


 魔力発現して以降、たくさん勉強したしお義父さんの監督下かんとくかで基礎的な魔法も練習した。だけど初めて、それも有名な学校に通うんだ。わたしが国有数ゆうすうの学園に通うなんて数年前なら考えたこともなかったな。


 ぷしゅう。停車した公共車の前でアニトスが笑う。


「ビビったかよ」

 

 ビビる?──そんなのもったいないじゃん!


 知らない世界、知らない魔法、知らない人達。ありとあらゆる「知らない」がそこに詰まってるのにビビるなんてもったいないことする訳ない。魔力発現が遅かったくらい何の壁にもならないもんね。


「アニトスこそ大丈夫なの?」

「バーカ!お前より一年先に入学してんだぜ」


 そうだった。学年一緒ではあるが、二年に編入するわたしと違って高等部一年からいるんだった。

 ある日突然家に訪ねてきて、オレも通う!って宣言した時は頭の心配したけど本当に高等部からの編入が認められてるんだからある意味わたしより凄いことしてる。

 

 乗り込んだ公共車が動き出し、見慣れた景色が流れてよく知らない景色へと変わりゆく。落ち着いた自然の色が目立った場所は、王都に近づけば近づくほど荘厳そうごんな建築物や色鮮やかな魔法具の風景に塗り替えられて。

 

 所々見える光は魔力の名残なごりだろうか?

 王家が象徴しょうちょうとして使う茶色をオシャレに散りばめた装飾はきっと王都ならではだ。あ、アレ絶対に高い。


 クスクス聞こえる公共車内の笑い声とかどうでもいいよ。窓に張り付いてまじまじと眺めるわたしを田舎モンですわ〜とか思ってるんじゃないかな。今は一応男爵令嬢になる訳だけども、所詮養子で孤児院出身。アニトスも多分色々言われてきてるに違いない。視線がかち合い、揃って笑う。


 好きに笑えばいい。バカにすればいい。

 痛くもかゆくもないよ、そんなもの。


「目指す場所は一緒だよな?」

「あったり前じゃん」


 わたしは、わたし達は、世界を見るのだ。



「「国選こくせん魔法使いを目指して!!」」










 ****



「はっ!!?」


 何か凄いさわやかというか青春ドラマを見た気がする。くすぐったくなるような……そんな夢を見たような。

 跳ね起きたまま時計を見れば、ちょうどそろそろ起きる時間だった。寝起きのいい身体をうらやましいと思いつつ、テキパキすすめる身支度みじたく。元の世界じゃコスプレ以外で見られない、赤みの強いピンク色の髪を鏡越しに見るのも大分慣れてきた。こちらも手際てぎわよく頭上でお団子にする。


「っし!今日も一日仕事しますか!」


 気づけば11月は終わり、12月になった。





 

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