第6話 面倒になりそうでして

 表裏一体という言葉がある。

正しく物事には表と裏が存在し、それらは一番近くに在りながら最も遠くに位置している。背中合わせで決して交わることのない関係。


 表があれば裏がありその逆もまた同じく。



 本には表紙と裏表紙が。

 コインには表と裏が。

 華やかな表舞台には影から支える裏方が。


 物語にだって必ず存在してきた。

話の中心たる主人公と倒され話を彩る悪役が。どちらもなくてはならない大事なモノ、欠けてしまってはいけない相互関係。けれど裏は裏、引き立て役になりがちだ。


 表側主人公ほど深く語られることはそう多くない。それどころか、人知れず消され真相は闇の中…なんてのもあるとこれまでの歴史が証明している。



 これは本来語られるはずのない裏側の話。


 18歳になる直前、絶望の果てで人生の幕を下ろしたとある少女の真実と歩んできた軌跡の物語である。  



 聡明で優しかった少女は一体何故悪へ成り果ててしまったのか。その理由が今明かされる。 




 外伝「──」より抜粋。











 ****



 目を開けたら見知らぬ美幼女とご対面し、自分が死んで異世界……しかも愛読していた作品の中へ転生していた。


 すぐに見知らぬ美幼女の正体がダリア・スカーレットという悪役令嬢の過去の姿だって気づいた時には頭を抱えた。

その晩、瀕死の少年を助けるために一騒ぎもしたし更に助けた少年から襲われてしまいダリア様が一時怪我を負ったりもしたが何とか収束。


 少年ことオクシスが最終的にダリアを終わらせる人物なのは一旦頭の隅に追いやるとして。


 ……我ながら記憶を取り戻してからの約一日で色々起こりすぎである。展開はやいわ内容が濃いわ。果汁100%ジュースどころじゃない濃密な一日を過ごしたと思う。


 そして実は忘れちゃいけないもう一つ。

 明日、確実に問題というか面倒が起きる。

これまでと少しタイプが違えどやってくるのがわかっている面倒事までの時間や、それに伴うダリア様の気持ちを思うと気が滅入ってため息しか出ない。せっかく大事な日だというのにまったく……お腹痛めてしまえ。



 まぁ、愚痴はここまでにしておいて。


 ハーフアップにした黒い髪を靡かせ、送迎役の執事──クロという謎めいた人だ──と一緒に学園へ向かうため屋敷を出るダリア様。何はともあれとりあえず。


「いってきます!」

「「「いってらっしゃいませ」」」


 推しの笑顔が最高です!!



 たかが侍従に満面の笑みをくれるばかりか、ギリギリまで手を振る姿が愛おしい。仕草が令嬢らしくない?そこは流石ダリア様、屋敷の中以外では文句のつけようがないほど完璧な伯爵令嬢だ。無論、屋敷内であっても装う時はある。

 そもそもごく一部の前でのみ多少砕けた喋り方をするだけで、染み付いた仕草や所作。ありとあらゆる全てが気品あふれるご令嬢の鏡といっていい。本人の努力の賜物だ。


 クロさんがダリア様を乗せ、屋敷の前から発進した二人乗りの走る機械が徐々に小さくなっていく。これは元の世界でいう自動車のようなものだ。大きな違いをあげるとするならば魔力、もしくは魔法が動力になる点だろう。


 ソレが見えなくなるまで侍従一同見送ったあとは、各自お仕事の時間だ。屋敷の中に入った瞬間、がちゃり。頑丈な扉が閉まり魔法による自動ロックがかかった。


「さあ今日も一日励みましょう」

「「「はい!」」」


 うん、今日は洗濯物がよく乾きそうだ。




 ──── ──── ────


 旦那様の私室がある三階へと続く階段に注意しながら、午前中の仕事をあらかた片付けた。


(一昨日あそこですっ転んだからな……)


 良いのか悪いのか。あの階段こそ私が記憶を取り戻す原因であり、犯人なのだ。まぁ咄嗟に受け身をとったらしく軽い脳震盪と小さなたんこぶだけで済んだのは良しとする。

 


 なんて忌まわしき階段を思い返すのはもう終わり。せっかくのお昼休憩が勿体ない。

どうせなら楽しい記憶がいいだろう。そうして今朝のダリア様を思い浮かべて口元が緩んでしまった。当然だが、一昨日以前の記憶にダリア様の制服姿はある。


 しかし推しとして生で見ると破壊力が違う。



 ダークブルーとでも言えばいいのか深い藍色のベストを着込み、胸にはきっちりボタンを締めた純白のYシャツと対照的な色をしたネクタイが。

寒さ対策にその上から羽織ったお気に入りのふわもこコートで膨らんだ姿がなんとも可愛いこと。

 上と同色のロングスカートを翻し、元気いっぱいに学園へ向かう出来立ての推し。心からの笑顔を真っ直ぐプレゼントされる立場に思わずガッツポーズだ。



 肩の傷口はすっかり癒えたし、医者の許可もおりて問題なく学園に行けることが嬉しいんだろうな、と心の中で頷いていたつもりだった。


「何ニヤニヤしてんだよ、キモチワルイ」


 オクシスが引いた目で言い放つ。


 脳内にスクリーンショットしていた、正確にはそんな気持ちで目に焼き付けていたダリア様の尊い制服姿、並びに出ていくまでの様子を思い出す内にどうやら表情が緩んでいたみたいだ。オクシス曰く、ニヤニヤと。


「好き嫌いはありますか?」


 こほん。無理矢理話題を変える。


「は?特にねぇけど」

「じゃあこちらをどうぞ、屋敷に住み込みで働く自慢の料理人が作った物です美味しいですよ」

「……」

「毒なんか入れてませんが」

「違ぇよ、こんなイイモンもらっていいのか?」


 私や他の侍従達が使う一階大食堂。貸している部屋からひょっこり顔を出したオクシスに、用意してもらった手料理を差し出したらまじまじと眺めるだけで何も喋らない。

 もしやと思い毒物なんか入れてないぞ、ときっぱり否定したけど私の勘違いだった。


 警戒などではなく純粋な不安と疑問。

 まかない料理がのるお皿をあらゆる角度から見るオクシスにとって、本当にこれは自分が食べていいものかと。


 「どうぞ」と肯定すれば目を輝かせて食べ始めた。ガチャガチャ音を立てて行儀もクソもない、正直汚い食べ方だ。食器の扱いをよく知らないのかもしれない。



 でも、これが随分とまあ美味しそうに食べる。


「うお!んだこれ、ウマッ!?」


 初めはおそるおそる。次第に目を輝かせてもはや飲むような勢いだ。食べ方はあれだが、こんなに美味しい美味しいと食べてもらえるならこちらも用意した甲斐がある。


 それにしても食べる速度がとんでもない。


「そんなに急がなくても大丈夫ですよ」

「んむ!?でふぉとまんねへ」

「食べながら喋らない」


 「む!!」頬をパンパンにして全力で頷くオクシスに笑うしかない。本人は大丈夫と主張していることだし途中で詰まった時用に一応水は置いておこう。いやはや見てるだけでお腹いっぱいになりそうな食べっぷり。

私達侍従の食べる分はまかない料理がほとんどで、余り物や期限が近い食材を使うようにしている。その分多めに出来てしまって大変な時もある。今日はまさにそう…だったはず。


「あ゛〜しあわせ」

「……凄いですね」

「んあ?」


 用意した全てをペロッと平らげてしまった。目が点である。満足げに椅子へもたれかかるオクシスの細い身体のどこに入ったのか。こころなしか顔がツヤッとしている。

 つい昨日、殺意満々で襲いかかったり自殺しようとした人物とは思えない切り替えの早さ。確かに治るまで屋敷内ならある程度自由にしていいと言ってあるにせよ何とも逞しい。


 ためしに伝えてみたところ。


「とりあえず暴れる気はなくなっちまったからなァ…だったら最高の宿にさせてもらうさ」


 と、言ってみせる図太さに少し感心した。


 ちゃんと治したいこちら(ダリア様)

 死ぬ気が萎えたので宿代わりにするむこう。

奇跡的な利害の一致。そうそう同じ騒ぎを起こさせるつもりもないので、丁度良いだろう。



 さて、いい加減食べないと仕事の時間になってしまう。行儀よく尚且つ素早くお昼ご飯を味わっている私にグサグサ突き刺さる無遠慮な視線。

それで終わらず広々した大食堂のテーブルの、それなりに距離をとっていた席を移動してくるではないか。気がづけば真っ正面にどっかり座っていた。


 仕方ない、食べる手を緩めよう。


「なぁ聞いていいか?」


 緩めた途端に質問しておいていいかも何もないと思う。口の中にまだ残っていたので首を縦に振る。うん、今日の料理も抜群に美味しい流石ティニオさんだ。快活な笑顔でサムズアップする幻覚が見えた。


「昨日から思ってたんだけどさ、魔法使える癖にあんま使ってねぇよな、なんで?」

「何でと言われても私が二級だからとしか」

「ニキュウ」

「え?ああ、なるほど」


 ずいずい聞いてきたのはそのことか。二級の意味を明らかに分かってないオウム返しに一瞬戸惑ったがすぐ理解した。魔法使いについて知る環境になかったんだろう。

魔力をもたないオクシスにとっては意味のない資格な上、多分周りも教えていない。


 少しだけ待ってほしい、急いで食べるから。さっきよりも速度をあげて咀嚼する。これでもメイド長やってるので早食いスキルくらい備えている。そっと食器を置き、伸ばした背筋。しっかりばっちり教えてあげよう任せなさい。



「まず魔法使いというのは人々が魔法を無秩序に使わないため、作られた職業であり資格です」

「へー仕事」

「はい資格を持った者だけが使えます、次に大事なのは等級が存在することでしょうか」

「トウキュウ……あ、さっきのニキュウってやつ」

「それです」



 人差し指を立てて揺らす。


 最初に三級魔法使い。コレは一番簡単な資格で王都周辺なら幼い子供以外持っている人がほとんどだ。

 仕事に魔法を用いることは出来ないが、仕事以外で普段使いすることが可能となっており取り敢えず持っておけば生活するのに困らない。



 中指を並べて立てる。


 次に二級魔法使い。私はここに位置する。


「ニキュウ、二級か」

「この資格保持者は仕事の一部に魔法を使えます、あまり使わない理由が分かったでしょう?」

「別に無視してやればいいじゃん」


 つまらないといった様相で事も無げに言うが、そんなに簡単ものじゃないのだ。資格取得にはそれぞれ適正試験があり、二級までしか取れなかった…つまりそれ以上魔法を扱える能力がない証で。

 もし魔法をばかすか使ってしまえば魔力切れを起こし、暴走する未来が待っている。


 だから無視する訳にはいきません。ぶすくれるオクシスを何故か宥める私。魔力というシンプルな才能がなかっただけの話だ。人によっては工夫して乗り越えるようだけど、今のところ特に必要性を感じない。



 薬指も立ててみせる。


 二級の上が一級魔法使い。ここまでくると魔法自体を仕事に出来る高いレベルの資格保持者だ。魔法のみで仕事をこなす類の人もいると聞く。ちなみに「上級」は一級以上の魔法使いを意味する。



「そして更に上がいます」

「まだスゲェのいんの!?」

「──国選魔法使い」


 小指をあげて、示す。


 資格のレベルを飛び越えた凄腕達。王宮並びに国側に認められた数少ない精鋭の魔法使いだ。

 その詳しい仕事内容は分からないが、世界中飛び回る者もいれば研究に没頭したり或いは剥奪される者など多種多様な噂が絶えない。


 クセ者が多いとも聞く国選魔法使いの実力は間違いなく世界有数だし個人が与える影響力もまた大きい。時として国を動かせるほどに。


「ついでにもう一つ」

「は?まだあんのかよ」

「貴方が聞いたんでしょう」

「あーはいはい!」


 自分が興味もっておきながら飽きてだらけるなんて酷くなかろうか?まあ良い、これで最後だ。


 立てたのはラストの親指。

 王宮付き魔法使いと呼ばれる数多の少年少女が夢見て目指す最難関は、国選の中から選ばれる名誉ある職業である。現実的に求める一級の資格と違い、国選や王宮付きはまるで雲をつかむような遥か彼方先の夢。そこらに転がる存在でもなし、なれたらいいなくらいの超絶エリートだ。


 超絶エリートと聞いて、眉間のシワが数本増えた。予想通りやっぱりいけ好かないようでわかりやすい様子につい笑いがこぼれてしまった。



 これでオクシスへの「魔法使い」という職業、資格についての説明が無事終了した。すると今度は屋敷内の侍従達が気になったのか、あいつらも魔法使いなのかと問うてくる。


「まあ最低限の三級は皆持ってますよ」

「えーっと……」


 仕事をこなす上で持ってないと不便な部分も多い。少ない人数でこの広い屋敷全部を管理するのだから当然のこと。


 指折り数えようとしたって来たばかりのオクシスが把握してる訳もなく。せめて住み込みで働く侍従を教えておこう、その方がコミュニケーションがとれて過ごしやすい。


 住み込みの侍従は私を含め五人。


「あちらでチラチラ様子を伺っているのが来て半年程の新人、アン・リナリー三級魔法使いです。救護を担当してらっしゃるオリーブさんも同じく」

「おい逃げてったぞ」

「大丈夫です、臆病なだけですので。あとはいつも料理を作ってくださるティニオ・ハンツ、メイドのロメリア・コーネルが二級魔法使い持ち」


 三級のアンとオリーブさん。アンは最近入った新人メイドでオリーブさんはとても優しく温和な大先輩。


 私と同じ二級なのがロメリアさんとティニオさんだ。姉御肌なロメリアさんは勿論、賑やかで朗らかなティニオさんも頼りになる先輩兼同僚としてお世話になっている。


 あとは住み込みじゃない方も数名いるが今はいいだろう。しかし五人全員紹介したというのに魚の小骨がひっかかったような妙な表情をする。

他にいただろうか?と首をひねる。ちょうどオクシスも傾げていて、鏡合わせの状態だ。数秒経って告げられた特徴に思わず声が出る。完全に忘れていた申し訳ない。


「今朝オジョーサマを何か変な動くヤツで連れてった目がないひょろっこい男」  

「クロさんですね」


 ツッコミどころが多いがそれはクロさんに違いなかった。細目なだけでちゃんと目はあるし、ひょろっこさ勝負なら絶対にお前が上だ。そう言いたいのをひとまずグッと呑み込む。クロさんだよな、クロさん。


 ただ残念ながら紹介しようがない。


「本邸であるこの屋敷と旦那様方が住まう別邸を行き来する執事でダリア様の送迎役の方なんですが、名前以外はあまり知らないんですよね」


 そういえば優秀なことしか知らない。にこやかな笑みと伸びた背筋、普段の立ち振る舞いからそれなりの立場があるとは思うのだが。


 こっちが答えたというのに「あっそ、どうでもいいや」じゃない。じゃああの動くヤツは?ってもう昼休憩が終わってしまう!ソレの説明までする時間はない。なので、仕事が片付いた後改めて聞いてほしい。バタバタ慌ただしい私の様子に納得したんだろう。大人しく大食堂を出ていく背中──に待ったをかけた。


 何も持たない、手ぶらの背中に。



「食べた食器は流しに片す!」

「めんどくせェ」

「美味しかったでしょう?そのくらい当然です」

「わかったわかった」


 重たそうな足取りで歩くオクシスは素直じゃないけれど、悪い子でもない。今だって何やかんや従ってくれている。この分なら怪我が治るまでやっていけるな、と大食堂を出て始めた午後の仕事の合間に一人頷いた。



「ふざけてるのかッ!!?」



 だがそれも面倒事がなければに限る。





 ****



「お休みなさいダリア様」

「ねぇ、ウェンディ」

「はい何でしょうか?」

「もし明日──」

「……本当にいいんですね」


「うん、私がえらんだことだから」


 


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