第4話 推しが見つかりまして


「おっと……」


 突然自身をおそった頭の痛みにふらつく。


 これから用事あるってのに面倒だな……。いっそ頭痛を理由にしてサボっちまうか?ガンガンと強くなる痛みにそう考えてみたものの、おそらくサボった時の方が面倒な気配を感じる。仕方ないからその選択肢は消そう。

ズキンッ!痛みが弱まる気配はない、むしろ強くなるばかり。無理矢理魔法で痛覚鈍くしようかなんてバカみたいなことを思った時に気づく。コレは魔法の影響によるものだと。


 そうとわかればこっちのもの。

ゆっくり息をする、目を閉じて落ち着く。一度強烈な痛みがはしって──ああなるほど、そういうことだったか。


「はぁ〜思い出した思い出した」


 予想は大当たり。使用した魔法による影響だった。我ながら良い出来だが、もう少し改良するべきだないちいち頭痛くなってちゃ邪魔くさい。まぁ記憶に関与する以上難しいことかもしれないが、魔法はイマジネーションなんとでもなる。

 そういえば俺が思い出したなら……あっちも成功したかな。


「ん?でも設定した年数とズレてる……?」


 そうだ。これまでの記憶的に今の俺は予定より若い。可能性として考えられるのは、色々と弄った故に生じた魔法具のバグ。まぁズレたといっても一年程度だから大丈夫だろう。


 くぁ……欠伸したら涙出てきた。チラリと一瞬だけ前よりも色素の抜けた毛先を少しぼやけた視界に入れて歩く。やる気の出ない足をのろのろ動かしつつ脳裏に浮かんだ一つの顔、思わずニヤけそうだ。

 俺を使ってまで成し遂げたんだ、面白いモン見せてくれよ。どんな結末になるにせよ……楽しませてもらうとしよう。


「期待してるよ、ウェンディ・ロスフェル」



 おーい!あいつ見つかったか?

 ロゼェエエ!どこいった!!?


 おっとっと、本格的にマズイ。これ以上待たせたら魔法を使いかねない。対処出来る出来ないじゃなく面倒だからな、いい加減彼らに合流しなくては。ハハッこんな俺でも資格試験の大事さくらいわかっているさ。


「さくっと国選魔法使いなりますかァ〜」

 

 毛先にかけて焦げ茶色からピンクとなるグラデーションのとある男は、束ねた髪を揺らして颯爽と立ち去った。









 ****


 油断した。それ以上に想定外だった。


「ぅ゛ぁ……ァアッ!!」 

「っ!力つよっ……」


 ダリア様とあまり変わらない年頃の少年とは思えない膂力に耐える腕が正直キツイ。しかしその高い身体能力の凄さよりも、昨晩まで瀕死だったはずの少年がこれだけ動けることに驚きだ。

 まだダリア様が夢の世界にいるのを確認して、短剣一つで襲い掛かってきた少年と改めて対峙する。

刃こぼれの激しいオモチャのようなソレだが刃は刃。もし押し負けてしまえばたちまち切り裂くだろう、私の背後でやっと眠りについたダリア様を。力に任せて圧し切るくらい出来るに違いない。


 不安定なベッドの上、膝立ちで耐える私と殺す気満々で短剣を押し付けてくる少年の拮抗した攻防。幸いなことに、ここが自室で護衛用の武器があったため何とか抵抗出来ている。少年にそういった心得がある訳じゃないのも助かった。


「淑女の、部屋に……ふっ、無断で入る、なんてね」

「うるさい、うるさいうるさいうるさい!」

「うるさいのは貴方です、よっ!」

「っくそ!」


 あえて煽ってみせると人並み外れた力と違って随分精神的に幼いらしい。ぶんぶん勢いよく頭を振って喚き出した少年の隙をつかせてもらおう。

芯に金属を用いた杖で力一杯弾き返した軽い身体は思った通りよく吹っ飛ぶ。なにせ頑丈であれと強化魔法の付与されている中々の代物である、細く痩せこけたその身体ならあまり難しくない。迷いながらも購入した過去の自分偉い。


 安全を考えて、下から睨みつけてくる白い少年の元へ降り立つ。このまま上にいては確実にダリア様を傷つける。

ソファーを飛び起き、最速で相対してなければとっくにそうなっていたはずだ。太陽が昇りはじめて間もない時間の襲撃、嫌な気配に気づけてなかったらと思うとゾッとする。


「殺す、殺してやる……」

「随分とまぁ物騒ですね?」

「だまれッ」


 とまぁ平常心を装っているが、こんなのハリボテだ。たとえこの身が護衛も少し出来るといったって本職じゃない。所詮かじった程度のレベルでただのメイド。しかも現代の記憶をインストールしている今、この状況がとても恐ろしい。


「死ね!!」


 殺意に光る深淵のような目を向けられることも。

 それを理解した上で向き合うのだって恐い。


 魔力の込めた杖がどうしたって震えてしまう。



 ……でも。

普段より柔らかくない、質素な布団に包まれているのにすやすやと穏やかに眠る幼女としたやり取りを思い出す。









「ひっ!い、色無し!?」

「何故色無しが……!」

「お二人共何を、」


 慌てふためく侍従達が騒々しい。


「話は後です!さぁダリア様」


 私が少年を抱え、前に出たのはダリア様。


「お願い、彼をたすけたいの……いいえ、そうじゃない……必ずたすけます!治す部屋に運ぶからじゅんびして!」



 それはもうてんやわんやだった昨晩。ダリア様に一声かけてもらい一応落ち着かせたが、玄関先で待機していた侍従達全員大パニックである。

 やれ色無し、やれ血がスゴイ、といった発言をする気持ちはよくわかった。私だってさほど変わらぬ反応したもの。


 流石に色無しへの様々な感情を見せるものの迅速かつ丁寧な処置のおかげで無事に一命はとりとめた。私の魔法だけじゃなく、救護担当やそれ以外も最大限に動いた結果だ。あのレベルの重症人を魔法で治し切る腕は残念ながらない。


「皆お疲れ様」

「「「おつかれさまです……」」」


 ようやく治療を終えた頃には既に夜どころか、日付を跨ぎかけてしまいくったくたの私達。

ほどけた包帯を指摘されるまで自身の怪我すら忘れるくらい集中していたのだ、疲れて当然だろう。解散する際なんて皆魂抜けていたんじゃなかろうか?冗談じゃなく。




 ぼふんっ。

 ほかほかと温まった身体がはずむ。


「ふふふっ!ウェンディの部屋!」

「あまりはしゃぎすぎないで下さいね」

「気をつけるわ、ふふっ」

「まったく……」


 本来は無礼だし良くない、たかがメイドの自室に伯爵令嬢たる主人を泊まらせるなんてことは。

 けれど心配で眠れないの!と泣きそうな美幼女にお願いされてしまったら断われる者などおるまい。

かといってあの部屋で寝かせる訳にもいかず。珍しいワガママというのもあって、少年が安静にしている治療室と同じ一階……隣接した場所にある私の部屋ならいいだろうとなったのだ。ダリア様がベッド、ソファーで私が眠るのを条件にして。寝付くまでは傍にいると約束させられたが。


 え?ウェンディの匂いがする?私のベッドだから当然だ。あんまり嗅がないで下さい、というかいつも寝ているものより質が悪いでしょうってゴロゴロ転がらない!


 原作のダリアからは想像出来ない幼女っぷりだし、思い出したこれまでの記憶──ウェンディとして歩んだ今までの過去──を振り返ってみても覚えのないハイテンションが不思議でならない。まぁ貴重な寝泊まりが楽しいのだろう、とこの時は思っていた。



「どこか痛いところないですか?」

「ウェンディこそもう大丈夫?お父さまのお部屋をキレイにしに行って階段からおちちゃったでしょ?」

「あぁ……はい、大丈夫です」

「びっくりしちゃった!」


 眠気は一体どこへやら。

 いまだ元気なダリアが可愛らしい。よしよし、寝転びながら横にいる私の頭を撫でる腕がぷるぷるしているのも大変キュンとする。ベッドより低いが椅子に座ってる分必然的にそうなるのだ、可愛いね。


 次の話題は使った治癒魔法について。わくわくを隠せていないのがこれまた胸をくすぐる。


「アレは自己回復まほう、よね」

「対象者の体内に魔法を施しました、とにかく血を止めたかったですし……一番成功する可能性が高いかなと」

「私も使えるようになるといいなぁ……」


 体外から強制的に治癒するものではなく。自己回復機能を引き上げる魔法を選択した。魔力がないと予測出来たのと、私の腕じゃ間に合わないって判断して一種の賭けに出ただけだ。確かに成功したが、結果オーライにすぎない。


 不安げに問うダリア様には、使えますよ絶対。自信をもってそう言い切れた。お世辞でも何でもなく、はっきりと。

 そもそも原作の一部においてボスになるような魔力の持ち主であり、主人公達が苦戦を強いられる相手だった。それ抜きにしても魔力、知識、視野の広さ…どれも輝かしい素質のお嬢様といっていい。



 「クレッセントムーンの道標」は魔法があり魔法使いも当たり前に存在する世界。そして「魔法使い」が一番人気の職業、資格の世界なのである。

 簡単にいえば等級が上であるほど出来る仕事の幅は広がるし、実力を示す肩書となる。

並以下の魔力しかない二級魔法使いの私でさえ、そこそこ扱える。と、すればだ。一級は間違いなく狙える、のみで考えたらもっと上だっていけるだろう。


 ……そういえば原作ダリアってどうだったか。覚えているのはキツイ悪役令嬢、第三王子の許嫁(のちに破棄)、学園内でも良いイメージがなく魔力の高さに反して魔法が下手といった評価だ。


 本当に何があればこんなに変わるのかよくわからない。

ひたすら可愛く優しい、美幼女だもの。


 いくつかのくだらない話をして。お互い滅多にない体験に笑い合っていれば時間が過ぎるのも早い。


「んぅ……」

「日付も変わりましたしそろそろ寝て下さい」

「うん……おやすみなさい、ウェンディ」 


 はい、おやすみなさいダリア様。

ぽん、ぽん。一定のリズムを刻みつつ慣れない部屋でも寝られるようにそうっと小さな紅葉を握る。指先にのこるペンダコや努力の証が誇らしく、どうだうちのお嬢様すごかろう!一人勝手に胸をはってみた。


 おや?少ししてから手の震えに気づく。シャワー浴びたりお湯をかけてもやっぱり冷え切った身体が寒いのかもしれない。温まるものでも持ってきますね、そう告げた私の手が控えめな力で引かれて振り返った。



 ──振り返ってガツーン!衝撃を受けた。


「あ、のね……っわたし、ずっとこわかったの」

「ダリア様…」

「たすけられてうれしいのに……っぅ、」

「ゆっくりで大丈夫ですよ」


 眉根を寄せて、ぼたぼたこぼれる大粒の涙。閉じた瞳はきっと恐怖でゆれている。だってこの子はまだ幼い子供じゃないか、恐くて当然なのに何が寝泊まりが楽しいだ勘違いも甚だしい。本当情けなさすぎる。


「はじめてだった、あんなに……血がいっぱい……!死んじゃうんじゃないかって、こわくて……っ」

「はい」

「っ白い、男の子が、こわかったんじゃなくて…冷たい手とか……ゔあ、死んじゃうかもって……!っひぐ」


 それだけじゃないの、私、私ね。

 ずっとずっと恐くてたまらないの。


「わたし、いうこときけない、悪い子だって……お父さまとお母さまに、すてられたら……どうしよ、う……」


 どうやら泣き疲れたみたいだ。最後に抱いた恐怖を吐き出して眠りについたその顔は涙の跡が痛々しい。仕えるメイドの私にも思いつくことなんて、当人が一番不安に決まってる。幼心に刻まれてしまった死にむかう人間の姿、死なずに済んだとはいえキツイ。

両親の方は…何度も何度も、繰り返し重ねられた言葉や態度が深い傷になっている。役に立たなきゃ、イイコでいなきゃって雁字搦めの心がダリア様を縛り付けてしまう。


 上級魔法使いになれ。役に立て。王子と親しくなれ。なんのための色だ──イイコだから出来るだろう?


 胸糞悪いったらない!クソ毒親め!!

 なんで死にかけた少年を助けて恐がらないといけないんだ、確かに色無しは忌み嫌われる対象だがそんなことで「捨てられる」恐怖を味わう幼女があまりに報われない。

 だから外へ連れ出されたあの時、私のことはいいって言葉が自然と吐き出せてしまうんじゃないか。

 


 考えれば考えるほどイライラしてくる。


「今はゆっくり休んで下さい」


 ソファーへ行く前に一度だけ、柔らかな黒髪に触れた。指通りの良い、手入れのされた美しい髪。


 うん。決めた、というか決まっちゃった。

 このままならいずれ悪役令嬢になるダリア・スカーレット……の過去である美幼女ダリア様を私は───。








 ガキンッッ!!


「私は、決めたんですよ少年」

「ぁ゛あ!?」


 迫る短剣とぶつかる杖がはげしい音をたてる。私よりも幼い子供が我慢してたんだ、恐怖心くらい耐えてみせよう。

途中、魔法で目眩ましを入れつつ身長差とリーチを存分に利用して押し返していく。殺意のこもった荒々しい短剣捌きも、勢いが削がれればただの雑な動きでしかない。


 数度の打ち合いの果てに競り勝ったのはこっち。元々刃こぼれの酷い短剣だ、長引いたら圧倒的不利になる。膂力に任せて暴れる前に、柄を弾いて遠くへ飛ばした。カランカラン、虚しい金属音が部屋の端で鳴く。



 ──私はダリア・スカーレットを推す。


 あの愛らしく賢い美幼女を。笑顔が可愛くて侍従全員の名前が言える優しい女の子を。恐怖を押し殺して誰かを救える、素敵で大事なお嬢様を。

 そして……推しの幸せは自分の幸せである。


「推しは殺させません!」

「意味わかんねェんだよッ!」

「ダリア様は推し、推しはダリア様」


 気持ち悪ィな……!心底といった風に苦虫を噛み潰したような顔の少年。わからなくて結構、さあ武器もないのだから降参してほしい。どのみち拘束するが抵抗されると難易度があがるのだ。警戒を緩めず、一定の距離で身構える。

 すると、俯いた少年が小さく何かを呟き始めた。長さのバラバラなくすんだ白い髪で表情は見えない。


「は、ははは……ふざけンなふざけるなよ」

「聞こえませ、」

「ムカつくなァ!!こんな薄気味悪い色のガキ助けて何がしてぇんだ、いい服着ていい部屋住んで……何でも手に入るような金持ちサマがよ!」


 その叫びに何も言えなかった。


 ざんばらな髪を振り回し、剥き出しの歯が鋭い敵意を突き刺す。たとえ叫ぶ度に巻かれた包帯に血が滲もうと関係ない。あらん限りの慟哭に一度躊躇った私がフォローしたって薄っぺらい言葉にしかならないだろう。


「愛されて!幸せで!虐げられるヤツの気持ちなんざ知らない癖に……!!なんだ、みじめったらしいオレを助けて気分良くなりたかったか?同情でもしたか?……っは、大ッ嫌いなヤツらに助けられるくらいなら」




「死んだ方が、マシだ……!」


 しくじった、もう一本ナイフをもっていたのか。

 くっしゃくしゃの歪んだ顔が目に焼き付く。振りかぶったナイフが少年のお腹に刺さる──寸前、横を通り過ぎた影。


「っっ゛ぁ!!」



 見慣れすぎた人影は少年を庇うようにして抱きつき、ナイフが深く突き刺した……ダリア様の左肩を。

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