新しい年
第139話 百田食堂の革新
side紺野サクラ
お正月は琥珀さんに休んでもらったまま一日を終えた。その日の夜は千歳さんたちもぐっすりだった。けどボクは昼間にぐっすり眠った花丸に遊んでと頼まれて、眠いまま遊び明かした。
というわけで今はすっごく眠い。だけど今はお仕事中。早速【百田食堂】にお呼ばれして百田食堂の新メニューの試食をしに来た。
琥珀さんは今日は大事を取ってお休み。昨日一日休んだと言っても、また疲れて倒れてしまっても嫌だから。それにミツヨさんにも付き添いは琥珀さん以外と言われたし。
千歳さんと御空さんは締切が近いから本業のお仕事。身体が辛くないのかと思ったけど、写真を撮ったり人形を作ったりしていると気が紛れるらしい。
というわけで。今日は助さんと一緒。助さんも疲れているはずだけど、今日も元気にニコニコ笑ってくれている。助さんは誰かと話すと元気になるらしい。
誰かといたい人も、一人で作業に没頭したい人も、色々な景色を見て回りたい人も、寝ていたい人も。疲れの取り方は人それぞれらしい。
「はい、お待たせ! まずはメインメニューね。焼き肉丼なんだけど、いままでジンギスカンしかなかったから、豚丼と牛丼のどっちかを入れたくて。意見くれる?」
ミツヨさんがボクたちの前にコトリと置いたのはお茶碗。多分丼の四分の一くらいの量になっていると思う。これは、これから試食をたくさんするやつだ。
「美味そう」
「はい、美味しそうです」
「そりゃ私が作ってるんだから美味しいさ! なんて。食べてみてくれる?」
まずは牛丼。箸をもらって、助さんと同時にパクッと食べてみる。
玉ねぎとろとろ。甘い。ちょっとトロッとした濃い味のたれが、お肉を噛むたびに出てくるお肉の甘さに絡んでマイルドになる。温かさで味が柔らかくなるのも面白い。
「とろとろで美味しいです!」
「でしょ? 時間かけてじっくり煮込んだのさ! 牛肉は歯ごたえが売りだけど、高級な牛肉はとろとろでしょ?」
「そう、なんですか?」
「そうさね! こんど助に高級な牛肉食べさせてもらい?」
「え、僕ですか?」
ミツヨさんにバシッと背中を叩かれた助さんは一瞬目を見開くと、あははっと笑った。助さんのその姿にミツヨさんも豪快に笑って背中をバシバシと叩いた。助さんは叩かれるたびに目がピクピク動いている。
「こっちの豚丼も食べてみて」
次に差し出されたのも同じサイズの豚丼。こっちも玉ねぎの甘さが染みる。牛肉よりもお肉の歯ごたえがしっかりしてる、気がする。甘さも牛肉より控えめかな。だけどさっきよりあっさりした和風なたれがお肉に絡んでいる。牛丼より重たくないのがボクは好きだな。
「ふふっ、サクちゃんは豚丼派なんだね」
「ほえっ!」
言い当てられてびっくりした。まさか、顔に出てたりなんかしちゃってたのかな。慌てて頬を触ると、助さんもミツヨさんも肩を震わせて笑った。
「なんかね、豚丼食べたときの方が目がキラキラしてたよ」
「うん、今のは私でも分かっちゃった」
助さんもミツヨさんも頬を綻ばせている。その表情が見られたなら、顔に出ちゃっても良かったかもしれない。みんなが笑っているなら嬉しい。
「えへへ。でも、はい。確かに豚丼の方が好きです。あっさりしていて、美味しいです」
「そっかそっか。じゃあ、豚丼採用ね!」
ミツヨさんは笑いながら、エプロンのポケットに入れていたメモ帳を取り出した。そこに丸を付けると、ニッと笑ってキッチンに戻って行った。
「あの、本当にこんな感じで良いんでしょうか」
助さんに聞くと、助さんはこてっと首を傾げた。それからニッと笑うと大きく頷いてくれた。
「良いんだよ。ミツヨさんが作るんだからどっちも美味しくて当たり前。だけどどっちも提供するわけにはいかないから、どっちかに決めなきゃいけない」
助さんはボクを諭すみたいに話す。ゆったりした口調のおかげでちゃんと理解できる。
「誰かに決めて欲しいってときに、ミツヨさんはサクラに選んで欲しかったんだよ。だから、サクラが美味しいっていうならそっちを採用する。それだけの話だよ」
そういう、ものなんだ。なんだか責任重大だけど、頼りにされているのは嬉しい。やっぱり頑張らないと。
「あんまり気負わない方が美味しい物に敏感になるかもよ?」
「あっはは。大丈夫さ! 私の料理を食べれば気負った気持ちなんて消えちゃうからさ!」
「確かに、そうかもしれないですね。さっきもサクラはとろとろな顔になってたし」
助さんはヘラリと笑う。ちょっと恥ずかしいけど、確かにミツヨさんのご飯を食べるとほっぺたが落ちそうになるから。ミツヨさんのご飯は魔法だ。
「ありがとね。さ、次だよ。おやきの新メニューね。うちはナスと切り干し大根と野沢菜、あんことカボチャの五種類なんだけど」
ミツヨさんはメニュー表を指差す。おやき。これは彩葉さんもよく作ってくれたからボクも馴染みがある。
「新しいやつは、豚と鹿肉のどっちか。それとくるみと柿の試作もしたから食べてみて」
「はい!」
四つ並べてもらって、助さんと半分こ。ホクホクと溢れる湯気が堪らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます