第83話 潜入会議
色守荘に帰ると御空と千歳がリビングにいた。
「ただいま。サクラは?」
「社に行った。お稲荷様に呼ばれたらしい」
お稲荷様に呼ばれて行くこと自体は初めてではないけれど、あの調子のサクラを一人に、というより目の届かないところに行かせるのは不安だ。千歳はその気持ちを見通したようにフッと笑った。
「安心しろ。送って行ったときに迎えに行くまでサクラと一緒にいるとお稲荷様が約束してくださった。何かあれば知らせを寄越すとも言っていたから、大丈夫だ」
「知らせ?」
「この杜には眷属ではなくてもお稲荷様の手の者がいるでしょう?」
少数ではあるけれど、杜で暮らす動物の中にはお稲荷様の保護を受けている動物がいる。その動物たちはお稲荷様の保護のおかげである程度の危険からは身を守ることができる。その代わりにお稲荷様のお願いを聞くような関係にある。
「ホナミは?」
「一度家に帰った。トモアキから今なら家に誰もいないと連絡があって、着替えや学用品を取りに行った」
「そっか」
つまり今色守荘にいるのは俺たち四人の世話係だけ。好都合だ。
「それじゃあ、御空。聞いても良いか?」
「はい」
御空は今朝渡した古地図を机に広げた。そこには赤い線が引かれていて、一ノ瀬家の敷地から隣の山の山頂まで続いていた。隣の山の山頂には青い印がつけられている。
「一ノ瀬家の敷地の裏の水道の情報はほとんどありませんでした。ですが、予測できる経路を辿って行くと、隣の山の山頂付近に立ち入り禁止のフェンスが立てられている区画があることが分かりました」
「立ち入り禁止?」
「はい。一帯がフェンスで覆われた区画で、その区画について調べてみたところ、そこに一軒の建物が建っていることが分かりました。それから、そこに先月役所の監査が入ったことも確認が取れました」
もはや最初から御空に調査をお願いした方が良かったんじゃないかと思うほどよく調べてくれてある。先月といえばサクラがこの村に来たころだ。監査でサクラの存在がバレることを恐れたサクラの父親がそのときにサクラを逃がしたとも考えられる。
「噂程度の話だと、この区画からはよくキツネ様の泣き声が響いているそうです。サクラは多くの兄弟と共に暮らしていたと言っていましたから、可能性は高いはずです」
ここまで状況証拠が揃っているなら、その場所がサクラが生まれた研究所だと考えて良いだろう。しかしその山については俺も調べたけれど、画像一つ収集できなくて何も分からなかった。御空はどうやったのやら。
「とにかく明日、行ってみようか。何か見つかるかもしれないからな」
「サクちゃんはどうする? 村の外だから一緒には行けないし」
助に言われて考える。研究所には三人で行って一人が残る、というパターンでも良いけれど、研究所で何かがあった場合に心もとない。力技なら俺、頭脳は助、交渉は御空、現地での調査は千歳の得意分野。一人でも欠ければ痛手だ。
とはいえあの状態のサクラをホナミに任せるわけにもいかない。それは他の村民でも同じだ。
「社でお稲荷様と一緒にいてもらう他ないか?」
「だな。それが一番安心だ」
千歳も同意してくれて、御空と助も頷いた。お稲荷様が一緒ならば、サクラに何か異変が起きたとしても一ノ瀬家か七瀬家に知らせを出してくれるはずだ。サクラの場合怪我や病気のときに獣医に診せるのか人間の医者に診せるのか分からないから、どちらにも知らせを行かせてくれると助かるけれど。
ちなみに一ノ瀬家に獣医はいない。村内随一の農家の家だ。だけど昔は畜産も行っていたから動物の処置についての知識が代々受け継がれている。だから村の人間なら、キツネ様に何かあったら世話係か一ノ瀬家に駆けこむようにと幼少期から教え込まれる。
一ノ瀬家で手に負えなければ村の外の獣医に頼むしかないけれど、サクラの場合は無理だ。何事も無いに越したことはない。
「じゃあ、明日の朝一番に隣の山に……」
「待って、勝手に入って大丈夫?」
助に遮られてハッとする。そういえば。人様の家なら勝手に入ったらまずい。
「大丈夫ですよ。監査の後に市の所有になったらしくて、さっき連絡したら入っても大丈夫と言ってもらえましたから」
「よく許してくれたな」
「市役所にシロウマルさんがいなければ断られていたでしょうね」
御空はしたり顔で笑う。十日市四郎丸さんはカヨさんの三男だ。普段は研究所がある市の役所に勤めていて、家族と一緒にその近くに住んでいる。毎年、年末年始とお盆には帰って来てくれるから今でも交流はある。
「たまたま電話に出たのがシロウマルさんだったのか?」
「いえ。シロウマルさんに用事があると呼び出してもらいました。シロウマルさんにもサクラの話は伝わっていたので、手続きや言い訳は全て引き受けてくれましたよ。それと、研究所にも一緒に行ってくれるそうです。鍵を開けてもらわないといけませんから」
よくそんなにすぐシロウマルさんがその市役所に勤めていることを思い出したものだ。よく気が付くところはこういうときにも発揮されるようで羨ましい。
「明日、サクラのことが少しでも分かれば良いな」
「ああ。きっと分かるさ」
珍しく不安そうな表情を浮かべる千歳に笑いかける。正直に言えば俺も不安しかないけれど、ここで俺がそんな顔をしていてはいけない。大丈夫、きっと何とかなる。
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