第6話 色守四家
途中で詰まりそうになりながらも言葉を繋いでいると、千歳さんに遮られた。強いけれど寂しげで、どこか縋るような声にボクは言葉を止めた。
縋りたいのはボクの方だ。けれどここにいれば助けてくれた、命の恩人と言ってもいいこの人たちに迷惑をかけることは目に見えている。だからこそ、本来であればここから立ち去らなければならない。でも生きていたいから、ここで匿ってもらう方がまた宛もなく彷徨うよりもずっと良い。
それに、もう、一人は嫌だ。
でも、だけど。
ここにいたい。
ここにいてはいけない。
自分の感情もぐちゃぐちゃで、俯いて口をパクパクさせることしかできないボクの頭に、琥珀さんの手が乗った。
「迷惑じゃないから、好きなだけここにいろ」
耳の間で動く大きくてゴツゴツした、温かい手。ふっと何か心の中で固まっていたものが解ける。緊張とか不安とか、自分が思っていた以上に大きなものを抱えていたことに驚いた。安らぎと驚きのせいで目から涙が溢れそうになって、必死に目を瞬かせる。
「本当に、ここにいても、いいんですか……?」
絞り出した声は震えていたけれど、顔を上げると四人は笑って頷いてくれた。
「さっきも言った通り、この村の人間はキツネ様を殺めれば処刑される。殺めるだけじゃない。危害を加えることも罪となるような、キツネ様を崇めている村だ。だから、ここにいる限りサクラは守られる」
千歳さんの真っ直ぐな目に嘘はないと直感した。亜種とも言えない創造物で、存在してはいけないもの。そんなボクでも、この村ならば守られる。願ったり叶ったり、夢のような場所じゃないか。
「ボク、何でもします。お手伝いとか、頑張ります。だから、その、よろしくお願いします!」
言い切って一礼した瞬間、ゴンッと鈍い音が響いた。
「ちょ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
勢いよく頭を下げたせいで机におでこが思い切りぶつかった。少しヒリヒリするな。
おでこを抑えて顔を上げると、心配そうな御空さんと笑いを堪えている琥珀さんと助さん。そして難しい顔をしている千歳さんが視界に入った。
「あの、千歳さん……」
「サクラ」
「はい!」
千歳さんの低く力強い声で呼ばれて肩が跳ねる。
「この村でサクラを匿う代わりに、頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
ボクが首を傾げると、千歳さんは助さんに目配せした。助さんは立ち上がってソファの方の机に置いてあったタブレットを手に戻ってきた。
「これがこの村の地図。少し古いけどね。ここがこの家、色守荘」
助さんが二本指で画像を大きくした中心には【旅籠屋色守】の文字。
「ここは元々旅館だったんだよ」
「りょかん?」
「えっとね、旅をした先で、たくさんの人が代わるがわる泊まっていく場所」
「なるほど。じゃあ、部屋が多いのも、お風呂が凄く広いのもその名残ですか」
「そうそう」
あのお風呂の広さは普通の家のサイズではなかったらしい。助さんがボクが理解しているのを確認すると、続きは琥珀さんが引き継いだ。
「この色守っていう家が俺たちの家の本家なんだよ。つまり俺たちはみんな遠縁の親戚ってことなんだけど、もう何代も前に家を分けたから、俺たちの代だともう色守の血は薄い。それでも俺たちの家は、特に色守四家と呼ばれる色守に最も近い家なんだ」
「色守さんというのは?」
「一人娘がいたけれど、十年以上前に行方不明になっているから、一応そのときに断絶したことになっている」
色守、という名前をどこかで聞いたことがある気がするけれど、どこでだったかな。少し引っかかったけれど、ひとまず話を進めてもらうことにした。
「色守家は、色守荘の裏にある色守稲荷の守り手なんだ」
「色守稲荷」
「ああ。このお稲荷様を村中の人たちが大切にしているんだけど、その社を整備したり、やってきた眷属様の世話役になるのも俺たちの役目だ」
眷属様。
ボクもそう呼ばれていたけれど、心当たりは全くない。
「眷属様っていうのは?」
ボクが聞くと、千歳さんは柔らかく微笑んだ。
「お稲荷様の眷属、つまりお使いはキツネ様と言い伝えられている。だから私たちはキツネ様を大切にするんだ」
この村の大切な人のお使いにあたるのがキツネ。その遺伝子が入っているからボクも大切にしてもらえる、ということか。
「色守稲荷はこの村の社を総本家として、全国に散らばっています。俺たちの家族もそれぞれ守り手としてそこに住みついていますが、実際に眷属様を長く祀っている場所は現代にはない。でも、眷属様の存在は信じるものたちの心の拠り所になるんだ」
御空さんの言葉に他の三人も静かに頷いた。
ボクは決してお稲荷様に出会ったこともなければ、祀られるような存在ではない。でも、もしかすると研究所にいたキツネたちの中にはお稲荷様のお使いもいたのかもしれない。そんな話は聞いたことがないけれど。
だいたいみんな、その日の実験で受けた痛みかお腹が空いたことを訴えてくるくらいだったから。たまに故郷の話をしてくれることもあったけれど、食べ物が美味しいとか、人間に石を投げられたとかそんな話ばかりだった。
仲間、というより家族に近い彼らのことを思い返していると、御空さんに手を握られた。
「サクラ、大丈夫ですか?」
「え?」
「泣きそうな顔をしているから」
そう言う御空さんも、ボクの心を映すみたいに泣きそうな顔をしている。その顔を見たら、御空さんがボクから寂しさを吸い取ってくれたみたいに不思議と寂しさが吹き飛んだ。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。……あの、それで頼みたいことというのは?」
四人の顔を見回すと、一様に真剣な様子で座り直した。ボクもなんとなくそれに釣られて背筋を伸ばすと、千歳さんが口を開いて深く息を吸った。
「もし良ければ眷属様として、村の人々の心の拠り所になってはもらえないだろうか」
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