第10話 レシピを超えた一工夫を学ぶために桜田さんと一緒にパティスリーでケーキを食べてきたよ

 さて、桜田さんの言うことは俺の胸に突き刺さった。


 ”自分だけの一工夫を加えてもいいと思うの”


 確かにそうかもしれない。


 おばちゃんのシフォンケーキはベーキングパウターを使わない手作りの味が売りでもあるわけだけど、トラットリアのドルチェなら更にそれの上を行かなければならないわけだ。


「自分だけの一工夫……か」


 いうのは簡単だが実際に美味しくなるように工夫するのは難しい。


 そんな俺に桜田さんが声をかけてくる。


「なんかずいぶん悩んでるねー、どうしたの?」


「ああ、桜田さんが言ってた自分だけの一工夫ってどうすればいいのかなって。

 もともと俺がやりたかったのはレシピに忠実だけど家庭的な小さなシフォンケーキの店だったから、その他のケーキとかはあんまり知らないしな」


「ふーん、それなら実際パティスリーとかで食べて参考にしてみたらどうかな?」


「パティスリーで食べてみる?」


「そうよ、食べたことないでしょ」


 俺は素直にうなずく。


「実際にいろいろ食べて味を覚えるのも一つの手よ」


「なるほどそれは確かに」


「でも、男一人で入るのは勇気がいるわよー。

 なにせ中は女二人連れとかカップルばかりだし」


「そりゃそうだよな」


 男一人でパティスリーとか普通は入れん。


「だ・か・ら、私と一緒に、行けばいいんじゃない?」


「え?桜田さん付き合ってくれるの」


 俺がそういうと桜田さんがちょっと顔を赤くして言う。


「つ・付き合うっていうか、私も一人だと入りづらいし?ちょうどいい機会じゃない」


「そっか、ありがとうね。

 助かるよ桜田さん」


「この際だからアン・プチ・パケとかどう」


「そこって有名なの?」


「もちろん。

 オーナーでありパティシエでもある及川太平さんは製菓のコンクールで優勝したりしてるすごい人よ」


「へえ、そうなんだ、それはぜひ食べてみたいな」


「じゃ、今度の日曜日にどうかしら?」


「うん、桜田さんの都合が良ければぜひ」


「じゃ、日曜日の朝9持にうちのお店の前で待ち合わせしましょ」


「りょーかい」


 世界的なコンクールで優勝したパテシエのお店かぁ。


 きっと美味しいんだろうな。


 ・・・


 というわけで日曜日になった自分的にはちょっとおめかしして待ち合わせ場所のパラデーゾに向かったんだが、15分前には到着したはずなんだが桜田さんはすっごいおめかししてすでに待ってた。


「結構早く来たつもりだったんだけどまたせちゃったかな。

 ごめんね桜田さん」


「べ、別に待ってないから大丈夫よ。

 さ、行きましょ」


「うん、楽しみだね」


 俺がそういうと桜田さんは嬉しそうに笑っていう。


「そうね、楽しみよね」


 横浜駅から地下鉄のブルーラインに乗り東急田園都市線に乗り換えて40分位でアン・プチ・パケがある江田の駅前に到着しそこから約15分ほど歩いてお目当てのアン・プチ・パケの前に到着。


「へー、外観もおしゃれなんだなー」


「そりゃそうよ、そういうのもお店も売りの一つだもの、さ、並びましょ」


 げ、開店直後なのに行列ができてるぞ。


「まだ開店直後のはずなのに行列ができてるくらい人気なのかぁ」


「そりゃそうよ、日曜日だもの」


「まあ、人気店ならそういうもんか」


 そして並んでるのは確かに女の子やカップルばかり。


「たしかにここに男一人で並ぶ勇気はないなぁ」


「でしょでしょ、女一人もちょっと遠慮したいわよね」


「寂しいやつだと思われそうだよね」


「そうそう、って誰が寂しいやつよ」


「え、桜田さんのことじゃないよ。

 桜田さん人気者だし」


「あはは、そ、そうよね」


 そんな事を言っていたらようやく店に入れテーブルに案内された。


 店内のショーケースに並ぶケーキやテーブルに並ぶ焼き菓子の美しさにも目を奪われた。


「やっぱり店内もきれいだしテーブルもワックスでピカピカに磨かれてるんだな。

 ショーケースの中も全部うまそうだし」


「それはそうよ」


 そしてケーキのメニューが来たけどずいぶんいっぱいあるな。


 桜田さんがにまっと笑っていう。


「数が多すぎて選べないって顔ね。

 なら、二人で半分ずつ食べていっていろいろ食べられるようにしてみない?」


「あ、それグッドアイデア、あとどれがいいかわかんないから桜田さんが全部決めちゃって」


「そ、そう?

 じゃあこれとこれと……ドリンクはどうするの」


「じゃ、俺はアールグレー」


「ドリンクはアールグレーを2つで」


 桜田さんのおすすめでケーキをオーダーしてもらい、ドリンクはアールグレー。


「とりあえずフレジェとラルクアンシエル、ディアボロとノルマンディーに紅茶のシフォン、ミルフィーユにガトーバスクを頼んでみたわ」


「たしかフレジェがバタークリームなんかを使ったムースリーヌのイチゴケーキ。

 ラルク・アン・シェルはその名前通り色んな色のケーキ。

 ディアボロは?」


「ディアボロは悪魔の意味だけど栗とカシスとラズベリーのケーキ」


「栗とカシスって結構意外な組み合わせだけど?」


「それがとっても美味しいのよ」


「ノルマンディーは?」


「特濃のチーズケーキね」


「なるほど、オリジナルレシピのケーキもいっぱいあるんだね」


「そうね、だから参考になるんじゃないかしら」


 やがてケーキが次々に運ばれてきた。


「じゃあ、まずはディアブロから」


 これは栗とカシスとラズベリーのケーキって言っていたっけ。


 ナイフで切り分けてフォークで口に運んでみた。


「うわ、スッゲーうまい」


「でしょー」


 栗とカシスにラズベリーの味がびっくりするほど美味しい!


 さらに口触りも最高だ。


 何よりもそれぞれの味がしっかり判別できるのに全体としての味の調和がしっかり取れている。


 悪魔的ディアブロという名前も納得だな。


「流石に世界のコンクールで優勝するようなパテシェの作るケーキって感じだな」


「そうよね、ちょっと不便なところだけどそうじゃなかったらお客さんが多すぎて対応できないんじゃないかしら」


 次はラルク・アン・シェルに挑戦。


 ラルク・アン・シェルの名前通り見た目も美しい。


 そしてピスタチオのムースは濃厚でラズベリーのバタークリームとアプリコットのジャムの組み合わせも素晴らしい。


「これも美味しいな……もう言葉には言い表せないけど子供の時に時々しか食べられなかった洋菓子みたいな懐かしい味」


「そうなのよね、新しいのに懐かしい味」


 それから紅茶のシフォンケーキ。


 シフォンというのは雑巾とかの意味もあるので天使のケーキという意味合いのガトーデザンジュと呼んでいる場所もあるらしい。


 まずは一口、ん、口溶けがなめらかだし甘さも控えめ。


 紅茶の香りがほのかに香るのもグッド。


「この甘味はなんだろう?」


「んー、これは多分蜂蜜とカラメルね」


「砂糖をカラメリゼしていてれるのかぁ」


「ちょっとした手間で味わいとかが変わるってことよね」


「なるほどなー」


 その他のケーキも二人でわけて残さず食べたけどどれもこれも美味しかった。


 ノルマンディは上のチーズムースが、とっても濃厚で下のサブレ生地はチーズスティックのように甘みと塩気のバランスが抜群。


 ミルフィーユは薄くてふわふわしたパイ生地とカスタードクリームが異常にうまい!このガトーバスクもすさまじく美味しい!


 ガトーバスクは表面はパリパリでサクッと、中はしっとり、そして中心はトロリとした食感が素晴らしいし、バニラとラム酒のかぐわしい香りが絶品だ。


 まあその分お値段は結構したけどな……。


 あんまりいついたままだと邪魔なので食べ終わったらさっさと店を出る。


「あーくったくった、どれもこれもすごく美味しかったな」


「でしょー、少しは参考になった?」


「うん、ケーキの素材にも色々な組み合わせがあるんだなーってよくわかったよ。

 さて、今日もバイト頑張りますか」


「そのいきそのいき、頑張れ」


 二人で駅まで歩いて電車で横浜に帰り、バイト先であるパラディーゾへ一緒に入る。


 今日もウエイターとしてフロアとキッチンを行き来したり手が空いたら掃除したり。


 そして上がり際にオーナーに声をかけられた。


「相田くんもウエイターが様になってきたな」


「はい、ありがとうございます」


「じゃ、そろそろキッチンに入ってもらおうか衛生のこともわかってるだろうし」


 そういってオーナーは白衣コックコートを渡してくれた。


「あ、ありがとうございます!」


 次からは俺もコック見習いとしてキッチンに入れる。


 着実に一歩前進だぜ。

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