第6話 完璧超人だと思った桜田さんにも苦手なことはあるんだな

 さて、今日の実習は鯛の三枚おろし。


 この時期の鯛は旬でもあるし小さいやつならそこそこ安い。


 でもって洋の東西問わず鯛を使う料理も多いので捌く練習にはもってこいなのだ。


 ”さばく練習だからどんなものでもいいし、残りは食えないぞ”と先生は言っていたけど、捌く練習だからってその後食わないのはもったいない。


 キャベツの千切りを捨てるのすらもったいないと思う俺にとって鯛を捨てるなどありえん。


 幸い鯛は白身魚だから傷みにくいはずだしな。


 そんなところで桜田さんに出会ったんだけどなんか顔色が悪い。


「や、おはよう桜田さん、顔色悪いけど大丈夫かい?」


「あ、相田くんおはよう、だ、大丈夫よ」


 なんかフラフラしてるし全然大丈夫には見えないけどな?


 今日は一限目から実習だから桜田さんと別れて更衣室に入ってコックコートに着替える。


 そして調理実習室で先生が捌き方を説明しながらお手本を見せつつ進めてくれる


「はい、鋭いヒレに注意しながら丁寧にウロコを引きます。

 背鰭などにうかつに触れると手が切れますし細菌もおおいので十分気をつけてください。

 また背びれや胸びれの付け根も丁寧に取り除くことに気をつけて。

 ヒレの周囲は鱗が残りやすいですが、それではお客様に提供できませんので注意してください」


「なるほどそんじゃ始めますか」


 先生の指示の通りまずは包丁の背で鱗を剥がす。


 魚の鱗を取るための道具は専用のウロコ取りもいろいろな形のものが売られてるし、スプーンやペットボトルキャップを使う方法なんかもあるのだけどそういったものがなくても出来るように学校では包丁でやる。


 丁寧にウロコを取っていき全てとり終えたら水で洗い流し、エラと内臓を出す。


 それから腹と背中側から中骨に完全に達するまで包丁で深く切り込みを入れて身をおろす。


 腹骨を切り取って、血合いを左右から切り腹側と背側に分離させれば完了だ。


「よし完璧」


 包丁を置いて隣を見ると桜田さんがやっぱり顔を青ざめさせながら包丁を入れていた。


 ようやく鱗を取り終えたところみたいでいつもならとっくに終わってるのにな。


 そして腹に包丁を入れて内臓を取り出した瞬間……


「あっ」


 そういって桜田さんがふらっと倒れそうになったので俺は桜田さんを抱え止めた。


「桜田さん?桜田さん?」


 意識が戻らないみたいだし貧血かな?


 そうしたら先生が駆け寄ってきた。


「いったいどうした?何があった?怪我はないか?」


「あ、多分貧血だと思います、幸い怪我はないですけど医務室につれていきますね」


 先生もホッとしたようだ。


「ああ、そうしてくれ、怪我がなくて何よりだ」


「よっと」


 桜田さんの片腕を首にかけるようにしてバランスを崩さないようにしながら両腕で抱え上げる。


 いわゆるお姫様抱っこだがオレ一人で何とかなりそうだ


「桜田さんが軽くて助かったな」


 そして医務室へ運んでいく。


「おや、急患かい?」


 医務室の先生が聞いてきたのでうなずいて答える。


「多分貧血だと思うんですけど……」


「じゃあベットに寝かせてあげなさいな」


「あ、はい」


 ベットに寝かせて毛布をかけたあと、しばらくして桜田さんが目を覚ました。


「あ、気がついたみたいだね」


 桜田さんが何故か真っ赤になって毛布で顔を隠しつついう。


「寝、寝顔をずっと見てるなんて悪趣味だよ」


「へ?」


 更に桜田さんがいう。


「私……内臓とか虫を見るの全然だめなのよね

 気持ち悪くて」


「ちょ?そうなの?」


「はぁ、トラットリアの娘なのに情けないよね……」


 桜田さんは大きくため息を付き落ち込んだようにいう。


「まあ、女の子は虫とか内臓とか苦手なのは珍しくないと思うし、しょうがないんじゃないかな?

 でもそういうのが苦手ならそう言っておいてくれればフォローしたんだけどm難で言ってくれなかったの?」


 俺がそういうと桜田さんは顔を赤らめていった。


「だって、恥ずかしいじゃない?」


「なんで?なにが?」


「料理学校に入ってきてるのに魚や肉をさばくのが怖いなんてさ。

 切り身になっていれば平気なんだけど

 虫なんてもっと無理だし」


「それじゃあ、夏のセミ爆弾とかやばくない?」


「う、うん。

 店の前にセミが落ちてたらパパ化¥かお兄ちゃんに何とかしてもらうよ。

 なんでセミって、地面に落ちてるのに地下ずくと唐突に暴れだすんだろうね?」


「確かにマジでなんでなんだろうな?

 それはともかく、生理的に内臓とか虫は無理ならしょうがないんじゃないかな?

 だめなら無理にやらなくても」


「でもやらないと卒業できないし……」


「それもそうか……じゃあ、徐々になれてくしかないよね」


「徐々に?」


「うん、今までは避けてたんだから慣れないのはしょうがないけど、少しずつ慣れていけばなんとかなるんじゃない?」


「そうかな?」


「たぶん?」


「うん、そうだね」


 そういって桜田さんは笑った。


「あ、せっかくのカルパッチョの材料が……」


 切り身を捌いたまんまほおりだしてきたしもう傷んでるかな……とほほ。


「ふふん、鯛のカルパッチョくらい食べさせてあげるわよ」


「まじで?!」


「まじで」


「ありがとう!」


「こちらこそ運んでくれてありがとうね」


「んじゃ、気がついたってこと先生に報告してくるわ。

 心配してるかもしれないしさ。

 桜田さんはもう少し寝ておく?」


「ん、念のためもうちょっと休んでくから、よろしくね」


 やれやれ桜田さんに大事がなくてよかったな。


 そして鯛のカルパッチョも楽しみだな。


 きっとめちゃめちゃうまいに違いない。


 しかし、虫とか内臓が苦手なのか。


 飲食店だとネズミとか虫とか出たりするのも結構あるんだけど、その辺りはちゃんとしてるんだろうから桜田さんは見ないんだろうな。


 まあ、お嬢様なら不思議でもない気はするけどな。

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