第2話 日曜日
この日に来た『波』は、明らかにトップランナー性質の私が悪い。スタミナがあるわけでもないのに、月曜日から土曜日まで休まず勉強するからだ。日ごろから最低限の炊事と自室の掃除はしているが、日曜日になるとそれさえする気にならない。ひたすらベッドで眠る。
母上様はそれをお気に召さない。
「あんた、そんな弱っちこくてどうするの」
始まった。
「人はカネ、カネ、カネなんだから。そんなんだと将来、介護の人間に世話されて終わりだよ。カネは取られるうえにスタッフの愚痴を聞かされる。こんな惨めな人生は二度とごめんだね」
カネ、とは無駄に高い料金のこと。当初は毎日夜に一回ヘルパーさんに来てもらっていた。介護のみで家事サービスは無し。それでも最高で、月十四万円も請求された。それから利用頻度を下げて、週二回の利用で一万六千円程度まで下げられた。それもこれも母上様の頑張りがあってこそ。ひとつ、母上様に頭が上がらなくなる。
スタッフの愚痴とは、そのままの意味。特定のスタッフが自分の長男や嫁の愚痴をあろうことか利用者である母上様にぶつけていた。うちに来るやいなや愚痴が始まりニ十分、ようやく仕事しようかなという雰囲気。当然、我が家は会社にクレームを入れた。十回以上電話したが改善どころか、そのスタッフを我が家専属にした。
この介護サービスを絶つべく、母上様が自力で身の回りを世話できるようになった。またひとつ、母上様に頭が上がらなくなった。
そういうわけで、私は母上様のありがたい「お説法」に逆らわない。それに、おっしゃっていることはあながち間違ってはいない。
ここから、私の行動パターンは決まってくる。
母上様の波が低く渦巻き始めると、私は静かに襖を閉めて、忙しく着替える。ブラジャーもきちんと装備する。それから本棚から選別したもの、ポケットWiFi、スマホを自室からバッグへ移す。
母上様が玄関へ運んだゴミ袋をも持って、無言で家を出る。外の避難先で勉強するのが、私なりの『波』をやり過ごす方法だ。
夕方帰宅すると、朝の『波』はどこへやら。
母上様は上機嫌でクイックルワイパーを使いこなしていた。ちなみにおむつの上にズボンなどの衣類を穿かない派。中身を換気するために、あらぬ場所を解放していた。
「隠してよ」
私の、日曜日初の反抗。これだけは譲れない。
「乾燥させんと、床ずれになるけん。尿って塩分があるじゃん」
「せめて私のいないときにやってよ」
「あんたが勝手に帰ってくるからじゃん」
そこで私が降伏する。これが我が家の日曜日だ。
夜は他の曜日と変わらず、冗談が止まらず飛び交う。
私は母上様のハイな『ご説法』を聞きながら月曜日の準備をして、また勉強。母上様にかかる手が少ない分、自分が納得する結果を出したい。社会人になって大学へ入学したので、その気持ちはなおさらだ。
おかげで自室のレイアウトは殺風景。掃除機がけだって五分あれば十分。
母上様のご不満をBGMに就寝。日曜日も波に乗った一日だった。
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