波に乗らず何に乗る

加藤ゆうき

第1話 2022年 金曜日

「ゆうき、スマホ見せて。また派手な柄マスクうてよ」

 金曜日の七十一歳、今日はノッている日か。

 私は大学の課題をやっていた。それでも母を待たせると面倒なのでスマホのアプリを開いた。母の好みを凝縮した海外の通販アプリだ。

 こうなることは予想済みだ。土日は母子の共通休日なので、私にも時間の余裕がある。

「これとかは? Marry me. って書いているやつ」

『お気に入り』保存していたマスクの写真を見せた。全体がレインボー柄、マスクの右下には白い英文。意味は『私と結婚して』

「よかねー! デイサービスの日に着けんば!」

 我が母上様・フサエは私が購入する前提で言った。この波がマスク一枚で終わるはずがない。

「今のなん? ほら、蝶のおったろ」

 はいはい。目敏めざとい母上様に従い、私は他に保存していた柄のマスクを見せた。青砥紫のタイダイ柄に、白い蝶がアクセントの一品。これもアプリのカートに入れた。ついでに女性の顔が前面全体にプリントされた、フレンチ袖のTシャツもカートに。目力と赤いリップがアクセントの一品も、母上様がお気に召したからだ。

 結局、カートに入れた商品を、すべて購入した。

 送料が高いので、来週も私が毎日弁当持参で節約チャラにすることに。満足した母上様は、私たちの部屋を仕切る襖を閉めた。あとはお決まりコース、母上様はテレビ鑑賞のため、自ら車いすから介護ベッドへ移った。

 そう、誰の手も借りず。

 母上様は六十六歳で交通事故に遭い、車いす生活余儀なくされた。当時は介護サービスを受けていたが、スタッフのさがが母上様と合わず、意地のみで自分の世話ができるようになった。今では自分のおむつを替えられる。今も車いすに乗っているのに。

 生来きれい好きの母上様は車いすに乗りながらクイックルワイパーを使いこなす。大波に乗っている日には高らかに歌いながら。毎回ながら、その歌唱力は破壊力バツグン、泡一つで大岩を砕くほどだ。

 私はというと、この瞬間、自作のバスソルトを入れた湯船に浸かっていた。憩いのひとときが台無しになったが、決して逆らうまい。

 誰もができるわけではないことを実現した母上様を、私はなんだかんだで尊敬している。

 我が家は肩書のある家ではないが、あえて『母上様』と呼び、彼女も受け入れてくださっている。幼少期の私が呼んでいた『母ちゃん』呼びなど気恥ずかしい。

 それに、冗談ばかりの日常の中、大波に乗り続けてほしいので、私も面白半分で『母上様』と呼び始めた。それから二年。

 それでももう一種の『波』はもれなくやって来る。

 母上様だって心を持つ人間なので、仕方ないことではあるが。

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