第2話 生命の尊さ(過去)

 ある心地よい春の日。その日も日課である森の散歩をしていた。小鳥たちが鳴き、木々の間から降り注ぐ日光はポカポカと私を暖める。気分が良く、いつもより少し遠くまで歩いた。小川が流れ、珍しいきのこを見つけ、気づけば人間のハイキングコースとなる道まで下りて来てしまっていた。すぐにその場から離れようと、元来た道を戻ろうとする。すると、何処からか泣き声がすることに気がついた。目を閉じ、耳を覚ます。泣き声はここからもう少し降りた所から聴こえるようだった。その泣き声に導かれるように、山を下る。微かな泣き声は足を進めるごとにハッキリとしていく。それとは対照的に、泣き声自体は弱々しく、今にも崩れそうだった。

 箱。それは木陰に隠されるように、そして不自然に置かれていた。中には人間の赤ん坊。これだから人間は嫌いなのだ。必要のないものを軽々と捨てる。それが生命であってもである。こんな、誰も通ることのない山奥の山道に隠すかのように赤ん坊を放置するなど、殺す以外の他に目的はないのだろう。穢らわしい。箱の中の生き物に目をやる。大嫌いな人間。それでもやはり赤ん坊というものは妙な可愛らしさがある。空腹で死ぬよりかはマシだろうと、首に手をかける。それは、最大限の慈悲であった。暖かい。力を込める。弱々しくも生命を主張する鼓動が手に伝わる。その心地が気持ち悪く、そして不思議で思わず手を離す。殺されそうになっているというのに、泣き疲れたのかスヤスヤと眠る赤ん坊。思わず涙が溢れる。生命の奇跡。当たり前だけど当たり前でない。こんなにも小さく、簡単に壊れてしまいそうな生き物が懸命に息をしている。気づくと私はその小さな赤ん坊を抱え、もと来た道を戻っていた。

 それからというもの、殆ど人と関わったことのない老いぼれた狐はたった1人でその赤ん坊を育てた。名前は自分自身を貫けるように"真"と名付けた。

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