大文字伝子が行く81-1

クライングフリーマン

大文字伝子が行く81-1

午前2時。本庄病院。みちるが目を覚ました。愛宕はすぐにナースコールを押した。

目の前に、愛宕とあつこと久保田警部補がいた。

「あなた。家は?」「今、消火活動中だ。」愛宕は、ぶっきらぼうに応えた。

「叔父様は?叔母様は?」「無事だよ。」と、久保田警部補が応えた。

「赤ちゃんは?」「・・・。」愛宕は答に困った。

本庄副院長が看護師を伴って、病室に入って来た。みちるは怒号と嗚咽を始めた。

廊下に伝子となぎさが入って来た時に、二人は、その騒ぎに出くわした。看護師の一人が走って来て、病室に入った。入れ替わりに、久保田警部補とあつこが廊下に出てきた。

「あつこ。まさか。」「その、まさかよ。みちると愛宕君は署長夫妻を脱出させるのに精一杯だった。みちるの火傷は大したことなかったけれど・・・。」

あつこは首を振った。その時、久保田警部補のスマホのバイブが鳴った。

久保田は、少し離れて小声で話していたが、やがて電話を切って、伝子達のところに来た。「全焼だそうです。消防士は、タダの放火じゃない、と言っているそうです。」と久保田は伝子に報告した。

「恐れていたことが現実になってしまった。セキュリティーシステムは?」「『歩くソックス』に入っていますが、それ以外にも警察に届く通信システムもブラックボックスもあります。緊急記録システムです。町内の監視カメラも実は、他の地域の倍近くあります。」

「放火犯人は現場に戻るって言いますよね。」「ええ。捜査はこれからです。署長夫妻は、取り敢えず当家に宿泊して頂きます。青山警部補が連れて行きました。」

二人の会話を聞いていた、なぎさが「おねえさま。奴らの仕業では?」と伝子に尋ねた。

「ああ。多分な。」と伝子は短く応えた。

同じ頃。大文字邸。高遠は理事官と話していた。

「初産が流産なんて。みちるちゃん。自分を責めるでしょうね。」「うむ。折角激しい運動を避けていたのに、残念だよ。また詳しい情報が入ったら、報せるよ。お休み。」

午前9時。大文字邸。

高遠のスマホに電話があった。愛宕だ。ひょっとしたら、みちるが?と高遠は思ったが、違った。

「昨日、先輩達、ウーマン銭湯に行ったでしょ。」「うん。」「あそこの店長さんが、貸し切りだったことにクレーム入れる振りした女がなんだかんだ探りを入れてきたらしいんです。前に協力した時に防犯カメラ、隠しカメラで色んなところにセットしたいたんで、その場所に誘導して映像を残したらしいんです。今朝早く、警視庁宛にメールで送ってきてくれて、もしやと思ってウチの家に仕掛けてある隠しカメラの映像と比較したんです。」

「残ってたの?全焼したのに。」「家の中じゃないですよ。お隣の家の植木の中。協力して貰っているんです。それで、同一人物がウチの近くをうろちょろしていました。」

「じゃあ、放火犯は間違いなく奴らの一味ですね。」「すぐに指名手配して、マスコミに発表すると管理官が言っていました。まあ、下っ端でしょうけど、いよいよ手段を選ばないようになったということです。みちるがEITOかDDに関係していると踏んでいるのかも知れない。それで・・・。」「放火ですか。消防では、燃え方が異常だと言っていると理事官が言っていましたが。」

「さっき、消防から連絡がありました。普通は放火するときは、燃えやすい場所にライターで火を点けて火種を放り込むとか、ガソリン巻いて点火するそうですが、今回は何か薬品が混ざった液を蒔いたようです。しかも、導火線を使っている。」「凝ってますね。」

「だから、死の商人の一味の仕業ですよ。」「愛宕さん、今どこです?」「丸髷署。病院にいても仕方ないし。マスコミが嗅ぎつけて、消防車が早く着いたのは、身内の家だからだろうとか揺さぶりをかけて来ました。腹立つから、僕はそっと、撮影しました。」「貴重な画像ですね。その記者も奴らの仲間ですね。」「え?そうなんですか?」

「『身内』って言ったんでしょ?」「ええ。」「世帯主は誰です?みちるちゃん?」「いえ、僕ですけど。」「署長の身内はみちるちゃんでしょ?」「あ。そうか。」

「巨産主義者の最大の欠点は『自慢したがり』だそうですよ。既に馬脚が現れている。」「写真、捜査本部に上げておきます。」「多分、偽記者ですね。でも、本物かどうか確かめる必要はあるかも。」

電話を切った後、Linenのメッセージを読むと、DDメンバーから色んなメッセージを受け取っていたことが分かった。」

【依田:俺には慶子と社長を守る自信がない。】

【福本:祥子も身重だ。先輩。どうしよう?】

【物部:店と栞を守るには?大文字。高遠。知恵があったら、教えてくれ。】

【服部:僕は海自に寝泊まりすればいいけど、コウさんはどうしたらいい?】

【山城:僕だけでなく、蘭ちゃんもやはり狙われますよね?叔父さんやおばあちゃんはどうしたらいいですか?】

【南原:文子さんは、どこかに避難する位なら、僕と一緒に死ぬ、って泣きました。】

【文子:龍之介さんだけでも助けて下さい。】

【慶子:俊介だけでも助けて下さい。】

【祥子:お腹の子供だけ何とか助けられないかしら、先輩。】

【栞:物部だけでも、EITOのシェルターに逃げられないかしら?】

【コウ:私は最近入ったので、敵は知らないと思います。】

【蘭:私はお兄ちゃんのところへ行きます。】

【山村:一度、テレビ会議したら、どうかしら?高遠ちゃん。】

高遠は、PCで皆のLinenメッセージを表示させた後、愛宕に電話して、内容を伝えた。

「愛宕さん、編集長の言う通り、会議が必要です。愛宕さんも参加して下さい。」

1時間後。EITOの作業班が新しいディスプレイをセットし、高遠にシステムの説明をして帰って行った。

高遠は理事官に連絡し、EITO用のPCのディスプレイと、新しいディスプレイの中間になるように、自分のPCを置いた。2つのディスプレイにマルチ画面が映し出され、リモートテレビ会議が始まり、高遠が進行した。

午前11時から始まった会議は3時間続き、終了した。

「お腹減ったー。」誰もいない家で大きな声を出し、高遠はインスタントラーメンを作って食べた。

午後3時。物部から電話が入った。「高遠。今EITOの作業員が帰ったよ。上手く行けばいいけどな。」「副部長なら大丈夫ですよ。いつものポーカーフェイスでお願いします。」

続いて、福本が電話してきた。「今、作業員が来て、犬小屋の改造を済ませたよ。江南さん、こっちに常駐して大丈夫なの?」「僕だってジュンコの面倒見られるよ。」

また、電話が鳴った。今度は、山城から電話だ。「これから、オスプレイに乗ります。僕は一ノ瀬さんと海自で寝泊まりします。」

電話を切ると瞬く間にまた電話だ、服部からだった。「今、馬越さんが迎えに来ました。本当に現れますかね、高遠さん。」「分かりません。囮を頼んだりして済みません。」「いや、僕が言い出したことですから。」

「順調かな?」と言って現れたのは、依田と慶子だった。「済まないな。俺たちだけEITOのシェルターで。今行ったけど、映画のセットみたいだな。ちゃんと家があるのに、ドア開けたら、基地の中って。」「気にしないでいいよ。有給休暇取れた?」「うん。」「僕はね、ヨーダ。一度襲った相手は襲わないと思うんだ。襲ったのは社長でもターゲットはヨーダだったろ?」「じゃあ、副部長を襲って失敗したら、副部長は、今後無事ってこと?」「そう。拘る理由がないからね。でも、用心の為EITOがシステム入れたよ。」

「やっぱり高遠さんは名探偵ね。」「おだてないで。まだ作戦は始まったばかりだよ。」

そこへ、森と綾子がやって来た。「婿殿。森さんも泊まっていいのね。」「はい。森さんはヨーダと蘭ちゃんの大家さんではあるけど、大文字関係者だからね。そう言えば、蘭ちゃん、着いたかな?」

その時、EITOのPCが起動した。理事官が映った。「南原蘭さんを送った結城警部から連絡が入った。あおり運転まがいの車が来たので、後方支援の白バイに任せた、と。もうすぐ南原家に着くだろう。」

南原から高遠にLinenのメッセージが届いた。【蘭が到着した。】

午後4時半。喫茶アテロゴ。物部と栞が忙しく働いている。

若いカップルが入って来る。注文を済ませると、男の方が外にスマホの電話をかけに行き、帰ってくると、女の方がトイレに行く。その間に物部は注文のコーヒーを2つ、テーブルに置いた。

女がトイレから帰って来ると、コーヒーがまずいと言い出した。女が男と揉めだした。

物部が喧嘩を割って入って止めようとすると、カップルは物部に殴りかかった。

物部は平気な顔をして、「痛いな、お客さん。」と言った。

青山警部補とあかりが、それぞれカップルに手錠をかけた。「現行犯だからね。録画もしているよ。」他の席の客も立った。

「え?警官?」「ご明察。じゃ、署で詳しく話を聞こうか。」そう言って、青山警部補は栞と物部に会釈して、他の警察官と出ていった。

辰巳が、奥の倉庫から出てきた。「どうだ?」「ばっちりですよ、マスター。」

同じ頃。服部は馬越の運転する車に乗っていた。

「今のところ、何もないですね。お送りした後、私が張り番していますから。」「自衛隊でも張り込みってあるんですか?まさか。あつこ警視が誰か派遣してくれるそうです。私は、オマケ。」「オマケですか。」二人は笑った。

アパートに入ると、コウが待っていた。「馬越さんの夕食はいいの?あなた。」と、服部に言うコウに、「お構いなく。交代したら食事とりますから。」

午後5時。依田と慶子がやってきた。どうやら、EITOの基地内の家では落ち着かないようだ。

「どうも、大変なことを見逃していたようだよ、ヨーダ。」「どうした?」と、依田が尋ねると、「慶子ちゃん。ウーマン銭湯って何時閉店?」と高遠は依田には答えず慶子に尋ねた。

「午後8時。」「ウーマン銭湯にいたのは?」「午後5時から午後6時。」「貸し切りは、伝子さんが連絡したのかな?」「いや、銭湯から。ちょうどいい、って先輩が腹ごなしに誘ってくれたの。」「何で貸し切り状態だから、ってクレームつけた客がいたんだろう?6時まで待てばいいのに。」

「その時間に入りたかったんじゃないの?」と横から依田が言った。

「普通、諦めないかな?」「まあね。僕は違うことが気にかかっているんだけど。」

「なんだい?」「先輩、死んだことになってなかった?」「なってた。池上病院に行った時にばったりあったんだよ。」「で、ばらした。」「うん。みちるちゃん家が燃えだしたのは、何時だっけ?」

「午後9時。特殊な薬品を混ぜた灯油だそうです。」答えたのは、入ってきた愛宕だった。「それで、燃え広がったのが午後11時。」愛宕がため息をついた。

午後5時半。高遠はEITO用のPCを起動させた。

「草薙さん、ウーマン銭湯のこと、調べて貰えませんか?先代の経営者のことから。」と、高遠は言った。「うーん、何か考えがあるんですね。調べましょう。」

話の途中で、高遠のスマホが鳴りだした。高遠が出ると、「高遠さん、Linenのメッセージ読んでくれた。」「ごめん、まだだ。」

高遠は、スマホのスピーカーをオンにした。

「市橋総理が誘拐されたんだよ。犯人からの要求は身の代金じゃなくて、エマージェンシーガールズ13人との交換だって。」電話を切った高遠は「14ひく1は?」と呟いた。

午後6時半。テレビナショナル。以前はテレビAという仮名だったが、今はそう命名されている。

政府とEITOの合同記者会見場は、テレビナショナルのスタジオになった。リモートによる会議で、マスコミしかスタジオにいない。

画面の斉藤理事官と、麻生島副総理は苦虫を潰している。斉藤理事官は状況を説明した。

「午後5時。総理官邸に煙幕弾が撃ち込まれました。スナイパーの仕業だと思われます。SPがすぐに対処しましたが、SPに化けた犯人に連れ去られてしまいました。そして、こともあろうに、EITOのエマージェンシーガールズとの人質交換を要求してきました。場所と時間はまだ分かりません。」

理事官に続いて、副総理が発言した。「政府は早急に閣議を開きます。野党の皆さんやマスコミの皆さんは、ご不満だろうが、閣議決定で緊急対処します。」

また、理事官は言った。「事件が解決次第、詳細を発表します。犯人を刺激することになりますので、取材等の活動はお控えいただきたい。」会見は、僅か5分で一方的に終わった。会場の記者たちは不満を漏らしたが、かまわず副総理と理事官は退席した。

大文字邸。高遠たちは、テレビを見ていたが、突然終わったので、テレビを消した。

午後7時。慶子が作ってくれたハヤシライスを依田と高遠は食べた。

コーヒーを飲んでいると、EITO用のPCが起動し、画面に草薙が映った。

「お待たせしました、高遠さん。大変なことが分かりました。ウーマン銭湯のオーナーは偽物かも知れません。先代夫婦には子供がおらず、銭湯は赤字で一旦閉店しました。近所には適当にごまかしていたようですが、いつの間にか後を継いだ形になっています。夫婦の死亡届は出ていません。また、改造に関して金融機関から融資を受けておらず、夫婦の預金も手つかずです。改造資金はなしでした。詳細は分かりませんが、乗っ取られたと考えてよさそうです。何か役に立ちますか?事件はまだ起こっていないようですが。」

「ええ。もう起こっていますよ。」画面が消えた後、愛宕は「死の商人の拠点だった、ということですか、ウーマン銭湯は。」と驚いた。

「そうです。伝子さんと一佐がEITOに戻り次第、会議をしましょう。もう病院を出たはずだから、8時くらいになるかな。」と、高遠は言った。

「愛宕さんは、ついていなくて大丈夫だったの?」と、依田が尋ねると、「追い出されちゃった。家はまだ入れないし。」と愛宕は舌を出した。

「今夜は、ウチのゲストルームに泊まってください。明日は忙しくなりますよ。」

午後8時半。EITOのPCが起動し、画面に理事官と伝子となぎさとあつこが映っている。

―後編に続く―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大文字伝子が行く81-1 クライングフリーマン @dansan01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ