第22話自発7

 数日後、警察内部の捜査では相変わらず進展がなく、煮え切らない状態で仕事をしていた吉村に竹下から連絡があった。

「竹下さん、何かありました?」

電話を取った吉村には、あれから音沙汰こそなかったが、あの時の様子からして何か感じ取ったからこそ連絡してきたのだろうという考えが既にあった。


「ああ。吉村に是非調べてもらいたいことがある。久田美智子、飯田景子について、それぞれ出自から詳しく調べて欲しい。どうせ捜査じゃやってないだろ?」

「出自? ですか? 飯田景子の方はもちろん、久田美智子の方も基本的な個人情報の類や、最近の生活面などは普通に洗ってますが?」

「いや、もっと細かい情報が欲しいんだ。具体的には親類の細かい情報なども」

「はあ……、まあやれと言われればやりますが」

こちらは想定外であった突飛な申し出に、吉村は携帯を耳に当てながら困惑していた。

「とにかく念の為探ってくれ。そして念の為と言えば、殺害された佐藤貴代についてもやってもらえると助かる。おそらく、現状の情報以上のことは出て来ないとは思うんだが……」

竹下は急に言葉尻を濁した。何も出て来ないことを前提に調べさせることは、やはり後輩相手であっても気が引けるものだ。


「まあ竹下さんの頼みですから、何か意味があるんでしょうし、断れないですけど、こっちも一応、まだ捜査はやってるんで……。そっちを優先しなきゃならんことはわかってくださいよ……。あ、それはともかく、そう言えば、あの後遠藤家に例の件について聴取しましてね」

突然話題を変えてきたが、言うまでもなく例の件とは狂言疑惑のことだ。

「その口ぶりや、話の頭から話題にしなかったところを見る限り、空振りだな?」

「図星です。虚偽告訴罪やら警察こっちに対する偽計業務妨害罪絡みでちょっと脅したんですが、『事実だ』の一点張りでね」

警察官が「脅し」とは物騒な話だが、さすがに「捕まる可能性がありますよ」程度だろう。

「どっちにしろ相手には、『示談で金をもらった』という外形がしっかりある以上、こっちからもそれを覆すことは難しいし、仕方ないよな」

竹下も遠藤家側から突き崩せるとは思っていなかったので、これは想定内のことだ。

「とにかくそういうことで。それで、頼まれた件については、ちょっと時間が掛かると思いますが出来る範囲でやっておきます。こっちも高須が女児殺害のホシから消えるわ、佐藤貴代と飯田景子の件もよくわからないままだわで、捜査本部は結構殺伐としてましてね」

そこまで言い終えると、深い溜息が思わず出ていた。竹下もまた、

「スマンな」

としか言うべき言葉を見つけられなかった。道警の辛い立場は、OBでありながら時に批判的でもある竹下ですら、同情したくなるものと言えた。


※※※※※※※※※※※※※※


 しばらく時間が経ち、夏本番という頃になり、ようやく吉村から連絡が入り、マチュアで久し振りに3人が集結した。吉村からは「驚くべき話があるが、詳しく説明したいので電話ではなく集まって話したい」ということで、わざわざ集まっていた。そうは言っても、竹下も自己破産の連載記事が既に始まっており、当然原稿は既に完全に出来上がっていたので、忙しさは峠を超えていた。西田は年中暇なので特に問題はない。


「お呼び立てして申し訳ない」

吉村の一言から始まったが、

「呼んだのはお前だが、来ているのはウチの店だ」

という西田のツッコミが入った。しかしそのツッコミにも、妻の由香による、

「ウチの店じゃなくて私の店です!」

とカウンターから若干怒気を含んだ更なるツッコミが入ったのは言うまでもない。苦笑いしつつ言い返せない西田を他所に、

「結論から言うと、久田美智子と飯田景子は異母姉妹の可能性があります。つまり、高須義雄と2人もまた異母兄妹ということになりますが……」

と、仰々しく言い出した。

「はあ?」目を剥いて叫んだ西田と対照的に、竹下は予期していた様に軽く目を伏せた。

「竹下さんは、やっぱりこれを読んでいたんですよね? 高須義隆の隠し子疑惑の噂についても聞いてたんでしょ? そして、佐藤貴代殺害の際に防犯カメラに映った飯田景子を装った美智子の容姿が似ていたことの理由にもなっている」

吉村が竹下の様子を探りながら確認すると、

「まあな」とだけ喋り、「やっぱり佐藤貴代は関係なかったんだよな?」

とすぐに言葉を継いだ。西田もまた、竹下から聞いた高須家の事情について思い返していた。


「そっちは高須家とは一切無関係でした」

持ってきた資料に目を落としながら告げた吉村に、

「おそらくそうだろうとは思ったが、念には念を入れてね……。忙しい所申し訳なかった」

と素直に謝意を延べた。

「否、とにかくそんなことはどうでもいいレベルの話になったんで、ちゃんと説明しますから」

先輩からの謝罪を制して、取り敢えず吉村は話し始めた。

「えっと、美智子と景子の話に入る前に、一応家政婦の婆さん、高橋芳子についても勝手に調べてきたんでそちらからまず簡単に」

竹下が調査を頼んではいなかった芳子についてだが、もちろん調べてきてもらって困ることなどない。むしろそこまで気を回してくれた吉村に竹下は感謝していた。


「彼女は元々は釧路の出身で、釧路でホステスをやっていたそうです。ご存知のように年の割に容姿淡麗ですが、昔は売れっ子だったようでススキノのクラブにスカウトされて50年程前にこちらに出てきたようですね。そこから高須家の家政婦になったようですが、その経緯についてはかなり昔ということもあり、どうもはっきりしない。噂話レベルとしては高須義雄の祖父、つまり高須義継の愛人だったという話がありますが、当時を知る人の情報が我々には掴めず、その点の裏は取れてません」

この吉村の発言に、

「うん? 義雄の父親である義隆ではなく、祖父の義継の愛人だったって言うのか?」

と西田は確認を求めた。

「ええ。確かに芳子は美人ではありますが、義雄の好みではないというのが多くの人の証言です。彼はモデルのようなスラッとしたタイプが好きなことが一貫していて、和風美人の芳子はタイプじゃないので、おそらく愛人関係ではなかっただろうというのが多くの見立てでした。それでもし愛人関係にあったなら、義継の辛みだろうという話です。そしてその裏までは取れてません」

吉村の明確な回答に、西田も竹下も取り敢えず納得した。


「じゃあそろそろ本題に」

今までの話は前座だったと言わんばかりに吉村が改めて切り出す。

「まずは久田美智子ですが、1983年の6月に札幌で生まれました。母親の名前は久田静子。若い頃から札幌の高級クラブでホステスをしていたそうです。美智子の父親については表向き不明です。ここまでは普通に調べていました。ただ今回の竹下さんの依頼で色々突っ込んで調べてみると、どうやらその実の父親がおそらく高須義隆。つまり死んだ高須の実父ということです。これについては、まだ存命の母の静子に直接確認はしてませんが、周辺情報からある程度信憑性はあると見て良いという話でした」

「おい! 信じて良いんだろうな?」

西田は吉村を凝視しながら念を押したが、

「そりゃそこまでは自分が直接調べた訳じゃないですから、絶対100パーとは言いませんよ。ただ、竹下さんが読んでいたことも考えると、ほぼ正解だと思いますが」

そう如何にも面倒だという様子を隠さずに答えた。


「それで?」

一方の竹下は無機質に話の続きを求めた。

「ええ、じゃあ続きを。久田美智子と母静子は、母一人娘一人で、母の故郷の室蘭に1985年頃に引っ越し、高校卒業までは室蘭在住。母親はパートしながら娘を育て上げたそうです。そこから札幌の聖苑女子短大に進学し、そのまま札幌で一度就職しています。母親はずっと室蘭です」

「ちょっと待て? 母親はパートだと言ったが、奨学金関連もあるから一概には言えないが、その進学資金はどうやって工面したんだ?」

話を遮った西田だったが、竹下もその点は気になる様で、

「高須からの資金援助か?」

と尋ねた。

「申し訳ないですが、そこまでは……。おそらくはそうなんでしょうが、確証はありません」

吉村は口ごもっていたが、元上司2人もそこまでは調査出来ていなくても文句は言えなかった。そもそも真相究明を図るなら、当事者にも接触する必要が出て来るが、今はその段階ではない。

「まあそれは仕方ない。で?」

西田に促され再開する。

「就職先は、三島建設ですね。三島建設は高須リアルティと物件建築のことで取引関係がありますから、まず高須のコネじゃないかと見てます」

「そうなるとだ、私生児という関係ではあったが、高須義隆はある程度は久田母子と関係性は維持出来ていたんだろうなあ」

西田の見立てに竹下も、

「生活資金も進学資金も就職先も面倒を見ていた。本来取るべき責任は取っていないが、経済的な部分ではそれなりにやってくれたんでしょうね」

と同調していた。


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