第19話自発4

 5日後に吉村からの捜査が済んだとの連絡で、3人はマチュアに再び集まった。竹下も執筆活動や取材でかなり忙しかったようだが、取材の帰りに寄って吉村の報告を聞く。


「取り敢えずアリバイについては、本人達に直接聞ける段階でもなく、住み込みの家政婦ですから、周辺から探るという方法も取れないのが早々ネックとなってしまって……」

「しかし、それは最初からある程度想定出来ただろ?」

吉村の言い訳に西田が即反応したが、

「そりゃそうです。だから高須義隆宅にある家政婦……と言っても免許持ってるのが久田美智子だけなんで、実質彼女専用の社用車というか、買い出しなんかの家政婦の仕事に使っている車の稼働状況をチェックすることにしました」

と、すぐに言い返してきた。

「なるほど。宮の森にある義隆宅から近い山の手地区で殺された紫苑ちゃんはともかく、佐藤貴代殺害時は時間帯的にも公共交通機関は無理だし、タクシーも目撃情報はない。更にタクシーを使うこと自体が利用客の少ない時間帯、場所だけに目撃証言が出る危険性が高いから、やはり車を利用したという方が考えやすい。飯田景子についても、行方不明後の足取りが掴めていない以上、生きたままどこかへ連れて行かれたか、或いは殺害されて遺体が運ばれたと見れば、こちらも車を使った可能性は高いと見るのが妥当なところだ」

竹下も納得したのか何度も頷いていた。


「しかしながら、Nシステム(走行車両ナンバー識別システム)には、佐藤貴代の事件発生当日、そして飯田景子については、行方不明後近辺の日付に該当車両はチェックされてませんでした」

吉村はいきなり残念な結果を突き付けてきた。

「おいおい、いきなりそれか? 紫苑ちゃんの件はともかく、佐藤貴代と飯田景子については、義隆の家からだと間違いなく豊平川をどこかの橋で渡らないとならないんだから、少なくともその車は確実に利用されていないことになるな」

西田は顔を歪めながら軽く落胆した。だが、

「実は、豊平川を中心部側からNシステムに把握されずに向こう側に渡れます」

と吉村に説明され、

「そうだったっけ?」

と、如何にも現役を引退してから数年経った上、特に札幌勤務時代からはかなり年月的に遠ざかっていたことを露呈してしまった。

「ええ。橋自体にNシステムがない箇所も僅かながらある上、橋の途中や両端ではなく、渡り切ってからしばらく距離を走って初めてNシステムが一方の端に設置されている橋もあるので、その前に横道に入った段階で、把握せずに渡り切れるんです。だから、佐藤貴代の殺害現場も飯田景子のアパートにも、理論上は豊平川周辺のNシステム以外の設置箇所も含め、普通に把握されないまま行くことは出来ます。また上手く住宅街を通れば、防犯カメラなんかも回避出来る可能性がありますからね。そりゃ一般家庭でも防犯カメラは普及しつつありますが、数に限度はある上、走行中の車をはっきりと写す角度に付けている家庭となると、そんなにはない」

吉村はある意味冷静に追い打ちを掛けた。無論、犯行可能性が残ったという意味では、決して悪い事実開示ではなかったが……。

「しかし、素人がNシステムの設置箇所を詳細に把握するのは厳しいんじゃないか?」

「それはネットで検索すりゃ、すぐにどこにどんなタイプのNシステムがあるかすら判る時代なんで」

西田は相変わらず食い下がったが、今度は竹下に一蹴されて、やや元気を失ってしまった。

「ただ、どこにも引っ掛かっていない以上、近隣の買い物ぐらいにしか使っていないと言われれば、Nシステム的には、その反論を否定出来ないこともまた事実ですね。そりゃ車を使った犯行可能性が消えたということもないが、証明出来ないのもまた同じですから、捜査する側としては痛いことに変わりはない」

そんな状況にも構わず、吉村は至極真っ当な結論を述べた。


「他、……例えば友人知人の車やらレンタカーを利用した形跡は?」

西田に代わって今度は竹下が質問した。

「レンタカーについては、足が付きやすいのでまず無いだろうと思ってましたが案の定、札幌周辺のレンタカー店では借りた形跡はなかったですね。友人知人については、免許のない高橋芳子の周辺も含めチェックしてみました。一応、久田美智子の知人の車に、該当可能性のある日時に、飯田景子の自宅から数キロのNシステムに何度か引っ掛かったのがあったんで、他の事件の捜査絡みと嘘を付いて、所有者である美智子の以前の職場の同僚に聴取しました。ただ、元々その所有者自体が白石区に居住してるんで、厚別区にある大型商業施設へのただの買い物に使用したのだと言われました。特に時間帯に証言に反する不自然な点も無い上に、施設の防犯カメラにも該当時間帯に本人が映ってましたんで、こちらについても証言との相違がない。一応は軽く車内の遺留物チェックを任意でさせてもらいましたが、結果何も出ず、そちらの線も薄いということでした。当然、これまでの経緯もあって、我々もダイレクトに美智子や高橋芳子の周辺をあからさまに探る訳にもいかないんでね……。車を借りられる友人や知人関係に漏れはあるかもしれませんが、現状では詳細に調べるのが厳しいので仕方ないでしょう」

こちらについても、捜査上は不完全な面があるにせよ、大まかには否定されたことになると見て良いだろう。


「今の話を聞く限り、大枠で家政婦の関与を強く窺わせる様な情報は無しということだが、久田美智子が利用している車は、Nシステムを避けられる可能性がある以上、もうちょっとキチンと調べた方がいいんじゃないのか?」

再び西田が何事も無かったかの様に話に加わった。

「それについても、当然我々もちゃんと考えてますよ。ただね、大きな問題があったんです」

吉村はそこまで言うと面倒臭そうに、やや投げやりな言い方をしたが、溜息を1つ入れて徐に口を開いた。

「最大の問題は、義隆宅の家政婦用の車両、これはハッチバックタイプのSUVなんですが、これは元々が高須義雄の所有していたものだったということなんです」

思わぬ事実に、西田も竹下も思わず軽く仰け反ったが、

「しかも今年の5月まで義雄が利用していて、お下がりという形で家政婦の使用車へと用途替えしたそうです。この点については陸運局の所有者移転登録履歴でも確認出来ました。正確には、家政婦や義隆への名義変更による移転ではなく、高須リアルティへの会社名義への変更という形ですが……。とにかく、仮に車内に佐藤貴代や飯田景子の遺留物があったとしても、風俗利用歴や交際歴からすると、それなりの量の血液でも出ない限りは、毛髪やら汗程度では、普通に義雄が使用していた時点で何らかの形で付着したと反論されたら、その時点で終わりですからねえ……。特に今回は警察側が大きな失態を犯した形になっているので、更なる失敗は命取りになりかねないから、躊躇せざるを得ないんですよ。殺害方法が血液でも大量に出るものであるという確信があるなら、賭けに出る手もありますけど……」

と、今度は吉村に相当悔しそうに続けられると、さすがの2人もぐうの音も出なかった。そして、

「同じ車種で同色の車が札幌市内だけでも数百台あるらしく、防犯カメラ映像だけでは、ナンバーでも映ってない限り確定するのは無理なんですよ。結局の所、さっきも言った防犯カメラに映っている可能性だけではなく、現場近隣の防犯カメラに運良く映っていたとしても、高須家の車だと特定出来る可能性自体も低いという面で、そっちからの捜査は諦めたんですよ」

と付け加えた。但し、そんな中でも竹下が1つの疑問を呈した。

「義隆と義雄は、義雄が一方的だったにせよ嫌っていたのに、車を譲ってもらえたということは、義隆の家政婦と義雄は交流があったのか?」

それに対し吉村は、

「確かに、息子の義雄は父である義隆を一方的に嫌ってはいましたが、家政婦との仲までは悪くなかった様です。先日も話しましたが、高橋芳子は義雄の母代わりでもあった訳で……。そもそも、家政婦側が義隆にお願いして、高須リアルティの管財部に、社用車と言う形で車を買って欲しいと要望していたらしいんです。それを又聞きした義雄が、『会社の金が無駄になるから、自分の車が余ってるのでそれを使え』と管財に申し出て、所有権が移転したそうです。これについては、管財の方に他の事件をでっち上げて、上手くそちらに絡めて事情を聴き出しました」

と説明した。

「ああ、高橋芳子の件は先日吉村から聞いてたっけ……」

竹下はらしくない記憶の抜け落ちに自分で額に手をやった。


「しかし、車の名義移転が時期的にもタイミングが良い上、ある意味証言に確証性が出やすい第三者的な会社の管財を通すなど、遺留物のチェックを事実上無力化することまで、上手く出来過ぎっちゃあ出来過ぎだよなあ」

一方の西田は両手を頭の後ろに回したまま、苦虫を噛み潰したままで喋ったが、

「まあでも、それはこっちが疑って掛かっているだけと言われれば、それまでですから」

吉村はそこは悔しそうにするというより、観念したのか案外サバサバと状況を受け入れている様だった。


「現状の結論としては、完全に家政婦の犯行を否定は出来ないが、確信を持てるだけの情報もなく、警察としても動きが取りにくい以上、かなり厳しいということでいいのか?」

竹下が自説への確認を求めると、

「まあそういうことになってしまいますかね」

と、吉村は他人事の様に返した。ここに至っては、吉村本人としてもこちら側の要請を受けてやることはやったという感覚があるのだろう。実際、警察側が現在取れる手段は全て取っているとも言えた。

「お疲れさんというべきだろうが、こっちも仕事で色々大変な所だったから、正直、こんなもんかという気持ちもあるわな」

竹下にしては、珍しく愚痴を悪態気味に吐き捨てたが、例の自己破産関連の仕事は思うように行っていない様子がそこから窺えた。

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