第18話自発3

 二日後の夕方、約束の時間である午後6時過ぎに吉村はやって来た。既に竹下は来店しており、3人が揃うのは半年振りのことだった。ただ、挨拶もそこそこに、吉村はすぐに頼まれていた監視カメラの写真を2人が陣取るテーブルに置いた。


「これか」そう言いながら相対した2人が半分腰を浮かせながら写真に見入ると、確かに画像はかなり粗く、大きめのサングラス姿の飯田景子と「考えられている」対象人物は、はっきりと認識出来る訳ではなかった。


「それで、この画像が具体的にどう役立つんですか? 頼まれた時は詮索しなかったんですが」

改めてテーブルを挟んで竹下側の席に座った吉村に、

「高須義隆が自殺した時、女児殺害の捜査本部の誰かは(現場)検証に絡んだのか?」

と、竹下が質問に敢えて答えず問うた。

「状況的に自殺の可能性が高かったんで、捜査本部ちょうばに出入りしてた刑事デカは1人も絡んでないはずです。勿論、西署うちの他の刑事と鑑識は動いてますが」


 常識的には、明らかに自殺となれば、そう細かい捜査や現場検証は行われないだろうし、同時に大きな事件で捜査本部が立ち上がっていれば、捜査本部にリアルタイムで所属している刑事が、改めて別の自殺現場に派遣されるということはない。確かに被疑者の父親の自殺と言えども、明確に事件と関わりがある訳でもなければ、当然の対応と言える。ただ、ここまでの会話を経ても、吉村も竹下の意図は未だ理解出来ていない様子だった。


「そういう事情も影響したよなあ……」

竹下の吐いた台詞の意味は、もし監視カメラの画像から得られる人相程度であれば、捜査本部付きの刑事なら、自殺の検証で久田美智子と対した際にピンと来る可能性があったと言うことなのだろう。ただ、西田からすれば、同じ高身長で、ボヤけた画像から受ける印象が十分似ているとしても、そこまで気が回る刑事は、まずそうは居ない様にも感じられていた。


「それで、これが必要というのは、一体どういう理由ことなんですか?」

痺れを切らした吉村が再度尋ねてきた。

「義隆の家の若い家政婦の女、もしかするとこの画像の女かもしれんぞ」

西田がついに核心に触れると、

「ええ? それ本当ですか!?」

と、さすがに吉村は驚きを隠せなかった。

「俺が言い出したんじゃなくて、竹下が言い出したことだけどな」

功を譲るというよりは、正直、推理の当否の責任を回避する目的の方が大きかったが、西田は竹下に解説を促す。


「これがその家政婦の久田美智子の写真だ」

何時の間にか、持参した封筒の中から、何枚か、角度の違う大きな久田美智子の写真を数枚取り出して吉村に見せた竹下だった。

「お前何時撮った?」

西田が驚いて確認すると、

「否、時間があったんで、昨日張り込んで出て来たところを撮っておきました」

と平然と答えた。とは言え、その部分の説明で時間を掛けている場合ではないので、そのまま竹下に続けさせる。


「それでだけど、この髪型であれば、ウィッグを使えば飯田景子の髪型は偽装出来るだろうし、顔の雰囲気はそっくりという訳でもないがそれなりに近い上、身長も高い点で、飯田景子を装うことは出来たんじゃないか、そう考えてるんだ。そして吉村に頼みたいのは、この久田美智子をウィッグを付けてサングラスを掛けさせると、この画像の女……。まあ当然変装した男の可能性もあるにせよ、美智子だとすればその可能性は無視していいだろうが、その女と一致する可能性があるか、科学捜査で検証して欲しいんだ。勿論、素材としてこの写真を使ってもらって構わない」

「なるほど。そういうことか」

西田は手をポンと叩いたが、

「おそらく、一々そこまでやらなくても、この画像の粗さなら一致可能性の高いレベルにまで行けるとは思いますが、勘ではなく科学的な根拠が欲しいんで」

と竹下は言葉を継いだ。

「確かに、見た感じだけなら十分可能性は感じさせますね……」

吉村も、竹下の考えに手応えを掴んでいる様子がアリアリと感じられた。

「わかりました。鑑識に合成させてみましょう。でも、おそらく行けるんじゃないですか、そんな気がしますよ」

「そうあって欲しいもんだ」

西田も吉村の反応に気を良くしていた。

「ただ、そうなってくると、ちょっと話がこんがらかってるんで、まとめないと」

吉村が話を整理したいと考えている様なので、竹下がこれまで西田と共に考察していたことを詳しく説明した。


「なるほど。女児から佐藤貴代、失踪中の飯田景子、そして自殺したとされる高須義隆、全部が計画された殺人の可能性があるということですか。しかも紫苑ちゃん、貴代、景子は義隆殺害の為に『出汁』にされたと……。そして、その中で重要な役割を久田美智子が演じている可能性があると……。本当に、ホントにそうならとんでもないことですね」

感慨深そうと言えばかなり語弊があるが、複雑な展開に改めて思う所があるらしい。その上で、

「それで、もう1人の家政婦、高橋芳子ですが、そちらも何か関係している可能性はありますよね?」

と尋ねてきた。この点については先日西田と竹下が話し合った時には、特に「議題」には上っていなかったものの、言うまでもなく可能性だけなら十分ある話だ。

「高須、久田と共に、何らかの共犯である可能性は十分にあると思う。義隆自殺の際に現場に居たんだからな」

竹下の分まで西田が答えたが、

「幼い時期に実母と別れた義雄の面倒を芳子はずっと見ていたそうですから、義雄との関係もかなり近いと言えるかもしれません。そういう意味では共犯の可能性は確かに捨て切れない」

と吉村は頷いた。そして、

「しかし、これ下手すると、美智子は他の紫苑ちゃんの殺害や飯田景子の失踪にも絡んでる可能性すらあるってことですよね?」

とまで言い出した。

「確かに可能性だけなら、あり得ないとは言えんな。高須の協力者であるとすれば、他の案件に絡んでいないと断言するのは無理がある。無論、断言するには早いとしてもだ」

西田も脳裏にそんな考えが浮かばないこともなかったが、現状確信が持てないので口に出してはいなかった。とは言え、恐らく竹下も同じ様な考えを持っているのではないだろうか?

「竹下さんはどうです?」

西田の思いを察した訳ではなかろうが、竹下に意見を求める吉村。

「当然その可能性はあると思うよ」

竹下も肯定した。

「なるほど。わかりました。じゃあ、この美智子の写真を使わせてもらって、加工した上で監視カメラの画像と一致する可能性があるか調べさせてもらいますよ」

「おう、よろしく頼む」

西田と竹下がそれぞれ軽く頭を下げたが、

「そうそう。どうせなら、美智子の佐藤貴代殺害時、紫苑ちゃんの殺害時のアリバイや、飯田景子が行方不明になった辺りの行動についても探っておきますよ。スーパーや付近の防犯カメラ映像にも映ってないか再調査しておきます」

と付け加えた。

「そこまで自発的にやってもらえれば取り敢えずは完璧だ」

西田も元部下の手回しの良さを手放しに褒めていた。だが、吉村は急に思い出したのか、

「ところで、美智子が義雄の協力者だとすれば、この先義雄に口封じの為消される恐れはないんですか?」

と真顔で言い出した。しかし、その可能性はこれまでの流れや推理が当たっているとすれば、十分考えられる事態だ。


 西田もまた、

「これはうっかりしてたな」

と深刻な顔付きになった。しかし竹下は、

「その可能性がないとは言えないと思う。ただ、ここまで事件が大きくなった後、家政婦まで消した場合、むしろ証拠隠滅よりも疑惑を再び義雄に向ける可能性が高まらないだろうか? ここまで複雑な演出をしてきたと思われる義雄が、そんな蛇足的な犯行をするとは、正直余り考えにくい」

と語り出した。

「仮にこれまでの犯行は全て自分の仕業だと告白する、飯田景子と似たような形での美智子の自殺もしくは失踪の二番煎じのパターンも怪しまれるだけ。そもそも動機が作りづらいので、高須の関与を疑わせる方向に行きかねない。無論、罪の告白抜きに消しても、義隆の自殺の場面で現場に居た家政婦に何らかの問題が起きれば、それはそれで怪しまれるんだから、何か義雄と美智子の関係に亀裂が生じない限りは余計なことはしないか……。竹下の言うことに分があるかな」

西田もその発言を受けて、自分なりに消化していた。

「わかりました。確かにかえって状況を悪くしかねないですね。その点、美智子の安全にまで気を使わずに済みそうで助かりますよ」

吉村も納得した形となったが、

「しかし、絶対に安全だとは言い切れないから、頭の片隅に美智子の身辺警護の可能性は置いておいたほうが良い」

と竹下は気を緩めない様求めていた。

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