自発

第16話自発1

 竹下は早速仕事の合間を利用し、自殺したとされる義雄の父・義隆の周辺を探り始めた。何でも、義隆の自宅は、「主が自殺した家」として縁起が悪いので、息子の義雄のめいで来年辺りに取り壊すことが決定したとのこと。跡地は駐車場にでもする計画らしい。怪しいと睨んでいる住み込みの家政婦2人も、義雄が補償金を払った上で職を解かれ、取り壊し前には出て行くという話も含め、高須リアルティの内部情報として既に得ていた。


 高須本人はと言えば、父親が死んだこともあり、高須リアルティの実質的にトップとなったのだが、正式な代表取締役・社長就任は、自身や父親のことで世間を騒がせたこともあり、先延ばししているということだった。現時点では別の役員が暫定的に社長に就任し、高須自身の就任は再来年辺りになるのではという、こちらも内部からの情報だった。


 一方、西田は妻の由香に断った上で、高級住宅街の宮の森地区にある亡くなった義隆の邸宅を、外からちょこちょこと「勤務中」に出かけて何度か偵察していた。来年には取り壊すというのに、しっかりと庭の手入れなどをしている家政婦2人を、ただの通行人を装いつつチェックしていたのだ。


本来ならこちらも竹下に任せることも出来たが、やはり遠巻きながらも対象がどういう人物なのか自分の目で確かめておくということは、捜査の基本として重要であったからだ。竹下には取材と称して直接2人にアタックしてもらうことにしていた。


 2人の内、若い方の家政婦は「久田 美智子」と言い、年齢は34歳。ショートカットで見た目シュッとした美人だった。身長も女性にしては高めで160cm後半はありそうだった。老女の方は「高橋 芳子」と言い、年齢は74歳。こちらも加齢による劣化は免れていないとは言え、若い頃は和風美人だったろうと思わせる風貌だった。


2人の年齢と名前の情報については、吉村に「興味がある」程度の説明をしただけで、事前に警察情報をもらっていた。尚、吉村にはまだ自分達が勝手に「捜査」し始めたことを告げてはいなかった。勿論何か「確証」があれば打ち明けるつもりではいたが、現時点で現職の吉村を煩わせるようなことはしたくなかったのだ。


「こりゃ2人とも義隆の愛人だったんじゃねえか?」

西田は義隆宅の近くの路上に駐めた車から様子を窺いながら、ある種の下衆な想像をしていた。しかし、竹下から聞いていた義隆の生前の素行を考えれば、そうおかしな推測でもあるまい。ただ、実際に接触までは出来ない以上、偵察を行うのみで西田の「捜査」が及ぶのは取り敢えずこのレベルまでだ。


 竹下の方はと言えば、その西田の偵察の後、高須家の一連の警察沙汰についての取材と称し、直接義隆宅を訪れていた。まず何の事前通告もなしに尋ね、インターホンを押した。無論、直接取材に応じるなどということを期待していた訳ではない。一度直接話しておくことが重要だと思ったからだ。


 インターホンで「取材に来た」と告げると、芳子と思われる老女の方が、応対しに玄関の扉を開けて出て来た。正直、インターホン越しで断られることを想定していたので、竹下としてもやや面食らったが、西田から聞いていた通り、老女とは言え、若い頃は美貌に恵まれていただろうことを十分に想起させる風貌だった。和服が似合ったことだろう。

「大変申し訳ありませんが、取材ということでしたら、会社の方を通してお願いします。私達が勝手に喋って良いことはありませんので」

思ったより丁重に断られたが、芳子の後ろの方に若い、おそらく美智子と思われる女性の姿が垣間見えていた。様子を見ているらしく、室内の扉を半分開けて上半身だけ出しているという形だった。


「そうですか。残念ですが仕方ないですね。仰る通り、高須リアルティさんの方に問い合わせてみます。ただ、また伺うことがあるかもしれませんが、その時は1つよろしく」

竹下は白々しく社交辞令を並べたが、実際に2人の姿を間近に見ることが出来、その点については十分成果があったと満足していた。


※※※※※※※


 取り敢えずそれぞれの立場で、自発的に相手の様子を探った後、西田と竹下はいつもの様にマチュアで「捜査会議」に臨んでいた。


「それにしても、2人ともなかなかの美人だな。片方は既に婆さんだが」

客席のテーブルに陣取った西田の物言いに、カウンターの中に居る妻の由香が、鋭く刺す様な視線を送っていたことに気付くまで大した時間は掛からなかった。そもそも西田自体が、人のことをとやかく言う前に既に初老の域であることは言うまでもない。誤魔化す様に「うぅん」と咳払いした西田を見ながら、

「確かに2人共、年齢の差こそあれ美形という点は共通ですね」

と竹下は冷静に答えた。

「両方共、自殺したことになっている父の義隆の愛人だったかもしれんぞ。俺はそんな気がしてならんなあ」

「確かに、義隆は女好きだったという話ですから、そういう可能性は無くはないですね」

「うん、絶対そうだと思うぞ」

西田の無駄に力強い断定には返答せず受け流した竹下だったが、

「しかし、愛人を同じ家に住まわせるって、そう簡単じゃないとも思いますけど」

と、元上司に気を使いつつ留保した。


「ところで、美智子の方を見てどう思いました?」

相変わらず話題を突発的に転換してくる竹下だったが、西田も慣れたもので

「どう思うってどういう?」

と素直に応じた。

「美智子の容姿についてですよ。どうも気になる」

「いやあ美人だということ以外は特に……」

西田は困惑気味だったが、竹下の本意が何か掴もうと凝視もしていた。

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