第14話自殺6
「遺産目当てという点では、自分も相当疑問です。ただ、義雄と義隆という息子と父の関係性自体が悪かったという事実がある限り、遺産目当てというよりは、目の上のたんこぶをさっさと除去しておきたいという願望があっても、そうはおかしくはないでしょ?」
「経営上であれ、家族としてであれ、目障りということはわからんでもないが、そこから実父の殺害までするかぁ?」
竹下の回答に西田は改めて疑問を呈した。
「しかし、父の義隆が自殺するというシナリオにおいて、義雄自身は警察の留置場という鉄壁のアリバイに守られた上、わかり易すぎる程の自殺の動機までお膳立てされているんですから、これ以上無い好条件ですよ。単に警察に捕まるだけなら、女児に猥褻行為をした上で精液でもぶちまけときゃ完結するんでしょうが、父親が苦にして自殺したと『見せかける』材料としては、それまでの強姦歴の顛末と比較しても弱い。だからわざわざ(女児を)殺害したとも取れる。本当にそうなら酷い巻き込まれ方ですが……。義雄は絶対疑われることもないですし、捜査も自殺するだけの明確な理由があるんだから、それ程本格的にあれこれ調べないでしょ?」
竹下の言葉には次第に熱がこもって来ていた。
「その前提で、この事件には幾つかのキーポイントがあります。まず高須が女児殺害で確実に逮捕されること。次にその逮捕中に高須の父親を殺害すること。最後に高須が女児殺害についてシロであると証明されること。つまりアリバイが成立することです」
竹下のこの見解には西田は軽く頷いた。
「そうであるとすれば、女児が殺害される時間帯に高須は確実にアリバイを成立させる必要がある。一方で高須は女児殺害時には現場には当然居られないわけで、高須が函館に行った後、たまたま女児がああいう『絶妙』な場所で『絶妙』な時間帯に1人で遊んでいるところを、殺害を依頼された実行犯がタイミング良く殺害出来たというのは出来過ぎな印象が拭えないんですよ。何度も挑戦していたんですかねえ」
「いや、それは偶然ではない可能性が高いはずだ」
西田が竹下の疑問に口を挟んだ。
「どういうことですか?」
「吉村の話では、女児はスーパーの駐車場で夜遊ぶ際には、ほぼ必ず学校帰り直後に1度そこで遊んで、そこで夕方まで遊び、そこから1度帰宅して、またそこに夜に1人で遊びに来る習慣があったらしい」
「ほう!」
西田の話に竹下は軽く目を見開いた。
「つまり、高須が函館に出発する直前に、女児が現場で遊び始めていれば、女児は夜もまたそこで遊んでいる確率が極めて高い。実行犯が女児の行動を露骨にならない程度で監視し、女児が遊び始めたのを確認した時点で高須に連絡を入れる。これは飛ばしの携帯でも使って連絡を取り合っていたと見るのが自然だろう。捜査段階で携帯の履歴なんかは調べるのが常だし、その想定ぐらいはしているだろうから」
西田は自分の説を復習するかのように一度溜めた。
「そして高須は函館に向けて出発。函館に居る間に女児を監視カメラから外れた殺害現場で殺害し、高須の精液を付着させるということなら、高須の絶対的な逮捕と同時にアリバイ作りは割と確実に成立するんじゃないか? それならば、高須と実行犯は何度も殺害とアリバイ作りに挑戦する必要はないはずだ」
「なるほど。どういう経緯で女児に目を付けたかはともかく、そういう女児の
まだ確定事項でも何でもなかったが、竹下はスッキリとした表情だった。
「そうなってくると、飯田景子がどこまで犯行に関与していたか、知っていたかということが次に問題になります。こっちの聞いている話では、飯田景子が持っていた液体窒素が高須の精子の保持に重要だったと、飯田景子の告白文に書いてあったそうですが?」
竹下が西田を窺う様に視線を送った。西田はこの点について吉村から聞いていた詳細を竹下に教えた。
「それは、おそらく本当のことでしょうね。当然その告白文自体は飯田景子自身が書いたものではないでしょうが……」
情報を確認した上での竹下の意見に西田は、
「それは、実行犯がいつでも女児を殺害し精液を付着させられるように、高須の精液を液体窒素で保管しつつ、実行の機会を探っていたということ自体は事実ということでいいんだな?」
と念を押した。
「ええ。いくら女児の行動が概ね読めたとしても、どの日に現場で遊ぶかまでは事前に確実に把握するのは無理でしょ? 勿論、そこで遊ぶ頻度がよくわかりませんが」
竹下の発言を遮る様に、
「晴天の日には、かなりの確率で現場で遊んでいたそうだぞ」
と西田が補足した。
「そうですか……。ただ、チャンスを確実にモノにするには、新鮮な精子を常に用意しておく必要がありますからね。女児が学校帰りに遊び始めた段階で、液体窒素の入った保管容器から取り出しておけば、夜の殺害時までには丁度良い状態になっていた可能性が高い。やはり、2日置き程度で高須から精子の提供を受けるよりは、1度の提供で済ませた方が接触がバレる危険性も減りますし、メリットは大きいんで、問題はないかな」
自分に言い聞かせるように語った竹下だったが、
「飯田景子は高須に借金があったわけですから、計画を一切知らないまでも、高須が液体窒素関連の提供を求めれば、飯田景子はそれに応じるぐらいはしてやったでしょう」
と結論付けた。
「なるほど。飯田景子がどの程度まで知っていたのか、関与していたのかは、現時点ではよくわからんが、そこだけはおそらく事実だと」
西田も同意した。
「でも、おそらく既に消されてるんでしょうねえ……」
その直後に不意に漏らした竹下の行方不明の飯田景子の「消息」についての推測は、竹下ならずとも西田も同じ結論だった。
「ところで、佐藤貴代……、飯田景子に殺されたと思われていた風俗嬢だが、そいつについてはどういう考えだ?」
「これが難しいところです」
竹下はやや口ごもるように一度視線を机にやった。
「女児実行犯ではないんですよね?」
「ああ、本人にアリバイがあるし、本人の親しい人物にもそれらしき者は見当たらないそうだ。勿論、無関係な奴に佐藤貴代が依頼した可能性もあるが、それならそもそも高須本人が実行犯に依頼するだろうしな」
西田は当然の結論を淡々と述べた。
「そうなると、あくまで『高須の精子を飯田景子が手に入れる役割を果たした』と思わせる為だけに、佐藤貴代は高須に利用されたと見ているわけですか?」
「まず飯田景子を液体窒素の入手目的で利用しつつ、最終的に全部責任を負わせるという計画を立てたとする。その時に、一番良いのは飯田景子自身が高須の精液を入手出来る関係を保持していることだが、それがなかったので佐藤貴代という現時点で高須自身が『接触』していた佐藤貴代を飯田景子と高須を結びつける仲介者として仕立て上げた……」
西田はそこまで言うと口ごもった。しかし、
「ただ、そこまでやるなら、飯田景子との関係を借金の取り立てで壊すより、あたかも愛人関係が成立しているかの如く維持しつつ、最後に飯田景子のせいにするという簡略した手で良かったように思うなあ」
そう加えると首を
「それは、関係性が壊れる前には計画を思い描いていなかったとすれば、そうおかしい話ではないんじゃないですかね?」
竹下は助け舟を出したが、
「それはそうかもしれないが、そうなると佐藤貴代は、没交渉だった高須と飯田景子を精液のやり取りの仲介者役としての役割を、一方的に押し付けられるためだけの存在だったのか?」
と、疑問を呈した。
「実際に精液のやり取りがどうだったのか証言されると困るので、口封じに殺害したとなると、やりすぎ感は否めませんがね」
竹下も端切れが悪くなったところに、
「最初に高須が逮捕された際、高須の取り調べで出て来た『真犯人は佐藤貴代』という主張で、佐藤貴代には高須の精液について保管してなかったかどうか聞き込みに行ってる。で、本人にその時に否定されてる時点で、それが事実であろうとなかろうと、果たして高須側が口封じする意味なんてあるのか?」
と、竹下の知らない話を西田が出すと、
「ああ、そうだったんですか」
そう困惑した表情を浮かべた。
「そうなってくると、佐藤貴代を殺害する必要性については……」
竹下は一瞬ためらったものの、
「高須の当初の訴えは、彼による女児殺害真犯人の見立て自体は、敢えて佐藤貴代だと主張すること。その時点では唐突な印象を与えてしまう液体窒素利用の線も当然出さない。ただ、高須の精液が別人によって犯人偽装に利用されたという骨格のみ、一度提示しておくことが重要だったんだと思います。そして表向きは『偶然』に後から、貴代を殺害したと偽装された景子の告白文によって表沙汰になった『作り話』に、高須が一度提示した与太話が真実性を与えることに成功したと言えるんじゃないですか? また、監視カメラに映る前提で、景子に似せた人物、これが実行犯かどうかはともかく、それを見せつけておけば、貴代の知人への聞き込みや事情聴取の過程で飯田景子の名前は勝手に浮上するでしょう。逆に言えば、佐藤貴代が殺害されるぐらいじゃないと、自然な形で飯田景子に捜査が及ばないとも言える。捜査されれば、その流れで飯田景子の家から告白文も見つけられる可能性は高い。なかなか気付かない様に捜査を導いて、自然と高須の思惑通りに動かされているとも取れる。勿論、こっちの見立てが正しいとすればですがね」
そう言うと、竹下は先程よりは自説に説得力が増したと思ったか、少し表情が緩んだ。
「佐藤貴代を飯田景子に似せた女、場合によっては女装した男かもしれんが、そいつに殺害させることで、捜査により自然と飯田景子が浮かび上がる経緯にはなるな、確かに。如何にも自分の預かり知らぬところではめられたという印象付けにはなる。自分の犯罪絡みのアリバイも問い詰められて仕方なくという形式も取れるし、色々メリットも多い。女児殺害も佐藤貴代を殺ったそいつかもしれん」
西田も満更でもないという感想になった。ただ仮にそうだとしても、高須義隆の自殺の理由である、女児殺害での息子の逮捕による心労という枠組みと、高須の鉄壁のアリバイの為にここまでやるのかという疑問を払拭することはやはり出来なかった。
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