第13話自殺5
吉村がマチュアを訪問した4日後の夕方、竹下もまた久し振りに姿を見せた。何でも、住宅ローンを払えずに自己破産する一般サラリーマンが徐々に増えつつあるという現状を踏まえ、これから地元・札幌で自己破産者を訪ね歩いて取材を行うつもりらしい。師匠である東京在住のフリージャーナリスト・高垣真一から、週刊誌の記事の仕事を貰ったのだと言う。しかしながら、自己破産という憂き目にあった人間を取材するのは、相手から承諾をもらう段階まで行くのが難点で、取っ掛かりの時点から完遂させるまで、かなり時間が掛かりそうだと苦心している様だった。
「そもそも、自己破産者を見つけようって時点で相当大変じゃないのか? 知り合いとかの
西田は由香が2人にサービスしてくれたトーストを口に運びながら、竹下に素直な疑問点をぶつけていた。
「ええ? 西田さんにしては随分おかしなこと言いますね」
竹下はカップを置いて、軽く目を剥きながら西田を一瞥したが、怪訝な表情と言うよりは、常に紳士的な態度の竹下にしては多少侮蔑がこもっている様に感じた。
「何だよ、その言い草は……」
思わず軽く喧嘩腰になったが、いい歳をした男同士で言い争う場面ではない。竹下もまた西田の気持ちを察したか、
「いやいや官報ですよ官報。自己破産者は官報に載りますから……」
と、抑え気味のトーン且つ呟き加減で答えた。
「そうか官報か! なるほど」
ここに来てようやく西田は合点が行ったか、思わず自分の額を手で叩くという爺臭いリアクションを取った。しかし、自己破産者の氏名や住所と言った情報が官報に記載されるのは、案外知られていないことでもある。
「官報はかなり頻繁に発行されてますけど、自己破産者ってのは一般的に考えられてるよりかなり多くてビックリしますよ。経験者だけで言うなら、相当の割合じゃないですかね」
「でも、取材が可能かどうかはやっぱり次元が違うんだ」
「そこなんですよ!」
竹下は「そこ」を強調すると、最後に軽く舌打ちした。おそらく無意識だったろう。
「人数こそ多いが確率は真逆でもの凄く低い。電話番号はわからないので、封書で依頼するんですが、こっちの素性自体が怪しまれてるということもあるかもしれませんね。そもそも取材料3万ってのがやっぱり駄目なのかなあ?」
竹下は首を捻った。
「金に困ってるのが見え見えでも、その程度だとそう簡単には食い付かないだろ? まあ一生の恥みたいな感覚があるだろうし、その額じゃあ厳しいかもな。幸い俺にはよくわからんが」
西田はアドバイスするというよりは他人事に終始した言い方だった。
「と言っても、アッケラカンとしているタイプもそれなりに居るとか言う話は、高垣さんから聞いてるんですが、今の所は出てきてくれていませんね。やっぱりギャラの問題かもしれません。倍出す必要があるか……。こっちのギャラも大したことないんで、正直痛い出費ですけどね、そうなったら」
最後には苦笑いした竹下だったが、タイミングを窺っていたかの如く、声色と共に話題を変えた。
「どう思います、高須の件」
とは言え、竹下がやって来て、この話題を来店から一度もしなかったのは明らかに不自然だった。だとすれば意図的に避けているのだろうという推測はしていたので、むしろやっと切り出してくれて西田自身もスッキリした気分になっていた。
「物の見事に覆されて、吉村もマイッてたぞ。まあ誤認逮捕で自殺者まで出たなら、世間で騒がれるのも仕方ないが……」
西田は必ずしも出身組織である警察全てを信奉してはいないが、自分の居た組織が批判に晒されて気分が良いという程、客観視も出来ていない自分を認めていた。
「まあ、父親が息子の殺人容疑逮捕で自殺したというのなら、叩かれること自体は仕方ないでしょう」
一方の竹下は、彼ならではの「突き放した」見方を披露した上で続ける。
「『疑わしきは被告人の利益に』って刑事訴訟的な考えを、警察を辞めた後は徹底して来たんですが……」
言葉を濁したが、この言い方だと竹下からしても今回の1件は妙に「臭う」と捉えているのだろう。
「やっぱりこの話、怪しいと思うか?」
「今の所、真犯人というか、女児殺害を依頼したという飯田景子って女は、佐藤貴代殺害以前から行方不明で、未だはっきりした証拠も出てないし本人自身見つかってすらいない。一見すると、高須が無実扱いされたのは、真犯人が見つかったからかの様に思われていますが、実際には、高須が釈放された決め手は、結局高須が
竹下は敢えて吉村からではなく、これまで同様別の警察筋から情報を得ているらしい。西田は余り考えていないが、竹下は当事者である吉村に、出来る限り負担を掛けたくないのだろう。
「まあ女子高生をナンパしに行ったが、成果もなかったので、腹立ち紛れに現地で強制猥褻事件を起こしたって話だな。ただ、被害者は特定出来てないから起訴も無理。とにかくそれが原因で、勾留中も函館でのアリバイを主張出来なかったという話だ。まあしかし、殺人の嫌疑を一発で晴らせるという点では、ここまで黙っていられるものなのか釈然としない部分もあるが……。吉村の話では、最終的に疑われたままの場合には、腹を決めてその点についても打ち明ける覚悟はあったようだが、それにしてもここまで黙っていたのは、どうにも解せない部分はある」
西田の解説を受け、
「結局、女児殺害のホンボシ……、実行犯ではないですが、その飯田景子の疑惑は、あくまで高須が無関係であることを証明する切っ掛けという役割の方が大きかったとすら思えます」
と、竹下は本音を漏らした。
「なるほど。高須はその疑惑を前提にした、捜査陣からの女児殺害時の自身の行動に対する詰問に答えるということで、自分が強制猥褻絡みで主張出来なかったアリバイを『渋々』自白したという形になった。更に高須のアリバイによる無関与の証明が、飯田景子の関与の間接的な裏付けを逆に強めたとも取れる」
西田も竹下の意見に補足した。
「後、これは吉村にも言ったんだが、飯田の告白文を前提にすれば、高須のアリバイについて考慮しないまま女児殺害を実行した……、正確に言えば、させたことは、結果的に見りゃ飯田景子にとって大失敗だよな? 前歴を利用して高須を嵌めようとした高度な計画の割に、最後の最後に杜撰になってるのも気になる……」
「実行時期については、そこまで飯田が考えて指示してなかったのか、単に実行犯側の問題なのかはわかりませんが、杜撰と言えばその通り。でも逆に考えれば、高須にとっては決定的な利益になってるという事実すらあります」
竹下は西田に一瞬鋭い視線を向けた。
「うむ。しかしそうなってくると、高須がこの事件の大黒幕だとして……」
西田は自分の仮説を竹下も「共有」しているのか、竹下の様子を探ったが、竹下はそれを否定する様子は見られなかったので、
「一体その目的は何だ?」
と続けた。
「そりゃあ今回の逮捕劇で一番大きなアクシデントは、高須の父親、義隆の自殺ですよね?」
竹下の言葉は、高須の父親の自殺が何らかの意図で引き起こされた、端的に言えば実は殺害されたという意図を含んでいると思われ、その思わぬ見解に、
「ちょっと待て! 高須は親父が自然死の段階で普通に相続出来るんだから、後20年我慢すれば確実に遺産は手に入るだろ?」
口を尖らせつつ、竹下の推測が遺産相続を理由にしていると先走って反論した西田だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます