第12話自殺4

 一方、高須が事件に関与していないとすれば、高須が女児殺害当日の夕方から翌朝に掛けて、一体何処に居たのかという点について、捜査陣は高須に再度尋問していた。高須はその間の所在について、これまでの取り調べでも明確な行動を説明出来ていなかったからだ。まず、高須の主張通り女児殺害については無実の可能性が高くなったことを告げ、その上で事実関係をはっきりさせるよう促したのだ。


 すると、高須は思いもかけないことを告白し始めた。あの当日、高須は一度豊平川の河畔で酒を飲んだ後、ふと思い立ってそのまま札幌駅へと向かい、トイレで持っていた着替えに交換し、札幌駅から特急スーパー北斗で函館まで向かったと言うのだ。しかもその目的は、函館にあるスカートが短いことや生徒の大半が簡単にナンパ出来ることで有名であり、その「手」のマニアが集うインターネット地域掲示板で盛んに「成功体験」が書き込まれている、私立の「セントポール女子高等学校」に、暇なのでナンパしに行ったという、呆れたモノだった。


 ただ、当時函館に到着した時点で既に午後8時を過ぎ、9時も迫る時間帯で、部活帰りの「割と健全」な女子校生ばかりだったせいか、残念ながらナンパには成功しなかった。腹立ち紛れに帰宅途中の20代前半ぐらいの若い女性に痴漢行為をしたという。学生時代の強制猥褻は「故意ではなかった」と当時主張していたが、それも微妙になるような所業の告白だった。そして、それが理由でアリバイを自ら言い出せなかったとのこと。その後、函館から札幌までの深夜バスで帰札し、早朝自宅へと戻ったらしい。


殺人の嫌疑を晴らすためには、強制猥褻の罪が明るみになることぐらい、比較にならない程大したこととは思えないと、捜査員達はやはり当初疑問に感じていた様だ。まして痴漢の被害者が確実に出て来るかはわからず、それ以上にナンパの件は間違いなく女子高生達の証言で証明されるだろうから、普通に函館のアリバイ告白に「賭ける」ことはそう難しいこととは思えなかった。ただ、ギリギリまで潔白を主張した上で、それが認められなかった場合には、いよいよそれらのことを自白する覚悟を決めていたそうなので、強い違和感はあるが、そう異常な考え方とも言い切れなかった。


 早速、函館中央署の協力も得て、当時の高須の服装と本人の写真を元に聞き込みを行ったところ、確かに部活帰りの生徒にしつこくナンパしていた中年の男が複数の生徒に目撃されており、かなり印象に残っていたせいか、顔や服装もある程度覚えられていた。


 しかし、まさかニュースで騒がれている高須と同一人物だとは、「妙に似ていると思った」という生徒も居るに履いたようだが、大半の女子高生達も思ってもみなかったらしい。確かに犯行日時を考慮すれば無理がある。一方で、当日周辺で痴漢をされたという被害届はやはり一切出されておらず、周辺での聞き込みからもそちらでの証言は得られなかった。


 性犯罪被害というものは、心理的になかなか被害届を警察に出せない女性も多く、この点については証言が得られなくてもおかしくない上、取り敢えず女子高生をナンパしていたというのは間違いない。更に深夜バスの運転士も高須に話し掛けられた記憶が参考人聴取で蘇っていた。


 つまり函館に午後8時過ぎまで居た上、深夜バスにも乗っていたとなると、どんなに急いでも女児殺害の時間帯までに札幌の犯行現場に戻ってくるのは不可能であり、それだけで女児殺害のアリバイは成立したのだ。


 これにより、明確に高須の女児殺害関与の疑いは晴れ、捜査本部は高須を釈放せざるを得なくなった。このことで、高須は凶悪変態殺人犯から、前歴報道があったので完全な意味でこそないが、悲劇のヒーローへと一気に180度近く世間から違う形で迎えられた。しかし、高須自身もさすがに「前歴」が絡んだことから、自分の逮捕勾留や父の死について表立って何か発言することも無く、また何故アリバイがもっと早い段階で証明されなかったかについては、マスコミも報道は控える形となっていた。


※※※※※※※


 それからしばらく「喧騒」は続いたが、やや落ち着きかけた頃、疲れた顔をした吉村が閉店間際にマチュアに久しぶりに現れた。出迎えた先輩夫婦は、敢えて静かに出迎え労を労った。


「大変だったな。連日連夜、ワイドショーからニュースまで批判されてたからな道警は」

西田が洗ったカップの水気を布巾で拭き取りながら話し掛ける。

「ええ、参りました今回はさすがに……。しかも真犯人と思われる女子大生の行方もわからず、女児殺害を依頼した相手もわからないままですから、四方八方から槍が飛んでくるような叩かれ様で、本部ほんしゃの上の方も出世に響くとオカンムリみたいです。まあそんなことはこっちとしたら知ったこっちゃないですけどね」

吉村は由香が黙って出したカモミールティーに口を付けながら、投げやりな回答をしてみせた。


「ニュースじゃ詳細はよくわからんが、高須はアリバイもあったらしいが、何ですぐに主張しなかったんだ?」

西田は既に外部の人間であり、報道だけでは事情を詳しく知ることが出来なかったので、吉村がその疑問も含め全体像についてきっちり説明した。


「そうか、犯罪絡みでのアリバイって奴か……。アリバイを主張出来なかったという背景としては、論理的ではあるな」

西田はそう感想を漏らした一方で、

「だが、殺人と強制猥褻の罪なら、明らかに強制猥褻がバレる方がマシだろ? どうにもそこが腑に落ちん」

と言って首を捻った。やはり、高須の損得だけを考えれば、確かに選択の仕方に疑問が湧くことも事実であり、西田としてはその部分は理解し難い感覚を隠せなかった。


「まあそれはそうなんですが、飯田景子が関与したという線がこれだけ強くなってからだと、そんな問題は最早小さいことでね……」

「そっちの目星ゆくえは全く付いてないのか?」

「はい、全くわかりません。周辺の防犯カメラなんかも徹底して当たってますが、飯田景子の行方はさっぱり……」

最後の方は消え入りそうな声で、普段の年齢の割に元気の良い吉村らしさは微塵も感じられなかった。

「殺害を依頼した相手の目星も相変わらず?」

「ええ。そもそも飯田の告白が事実なら、たった100万で女の子を殺すという、ちょっと金額的には理解出来ないですよ。それ以前に400万如きをチャラにするために、冤罪なすりつけるわ女の子殺すわって時点で色々イッちゃってますけどね。で、同僚だった佐藤貴代まで殺害して今度は突然良心の呵責と言われても……。とにかく女児殺害の方は、実際のロリコン趣味な何かの奴に、こう言っちゃなんですが、『趣味と実益』を兼ねて依頼した可能性という話も考えられますが、そんな人物が飯田の周辺に居た形跡は一切ないですしねえ……」

吉村は終始眉間にシワを寄せたままだった。


「ところで、飯田に恋人はいたのか?」

西田の突然の振りに吉村は素っ頓狂な表情を見せた。

「いや、美形ですが恋人はいなかったみたいですね。まあああいうバイトをしてたぐらいですから、そういう部分では負い目があったのかも。理系学部で女子も少なく、モテたのは確かなようですが」

吉村はその問いの意図を探るように西田をチラチラと見ながら答えた。

「そうか……。もし彼女にご執心な奴がいたら、100万程度でも歓心を買うために引き受けるようなこともあるかと思ってな」

西田は敢えて視線を逸らしながら淡々と返した。

「しかしそのために100万で女の子殺すとなると、相当レアケースでしょうよ」

吉村は吉村で、如何にも「ないない」と言いたげに口を尖らせていた。


 その直後から、元部下にこれ以上何を聞き、何をアドバイスすれば良いかわからず西田もしばらく黙り込んだ。しかし、気を取り直した様に、

「そう言えば、高須のアリバイを黙っていたこともそうだが、そもそも高須に罪を押し付けようとした割に、高須のアリバイが成立している日に、わざわざ女児を殺害して高須の精液を付けるとか、大層な犯罪の割に杜撰な面があるな」

と話を切り出した。

「ああ……。まあそれについては捜査本部ちょうばの方でも話は出てるんですが、犯罪者が完全な犯罪を狙っても、どっか抜けているとか言うのは、西田さんもよく経験してることでしょ?」

さほど気にしている様子もない元部下に、

「そりゃそうだが」

そう言ってみたものの、どうも西田はアリバイに絡む不自然さが気になって仕方無かった。



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