第11話自殺3

 その後、事件を受けて白石署に立ち上がった捜査本部による捜査で、殺害現場となった豊平川河川敷の堤防上の道路に設置されていた監視カメラに、殺害直前と見られる、被害者である佐藤貴代と共に歩くサングラス姿の女性が映っていた。残念ながらかなり昔に設置された、豊平川の河川状況を監視する古いタイプの水害対策用監視カメラだったので、画像は現在の防犯カメラや監視カメラよりボヤケていた。ただ大まかな容姿は判別可能だった。


 この人物が殺害に関与したものと捜査本部は見て、重要参考人として行方を追うことになった。しかしながら、このサングラス姿の、隣に居た身長160センチの貴代と比較して、おそらく170cm前後の長身の女性がほぼ特定されるまでにそうは時間が掛からなかった。


 と言うのも、被害者である佐藤貴代の勤務していた風俗店での聞き込みで、念の為監視カメラの映像から取り出した犯人と思しき写真を見せると、その人物が以前に同じ店に勤めていた女と姿や雰囲気が似ているという有力証言が得られたからだ。


 女の名前は「飯田 景子」。勤務時はクミという源氏名だったらしい。店がコピーしていた免許証のコピーや履歴書は、残念ながら辞めていたので既に廃棄されていたこともあり、住所や電話番号はわからなかった。ただ店長の記憶によれば、現時点でおそらく22歳であり、札幌市内のどこかの大学に通っていたという本人談だった。


 一方で、色々探られて実生活にまで影響することを懸念したか、勤務店では同僚に素性を細かく明かすことは無かった模様だ。1年程前まで同店に在籍勤務していたが、理由ははっきりしないが辞めていた。貴代とは決して仲が良いという程でもないが、たまに会うことがあったと、貴代から話を聞いていた同僚も居た。


 札幌市に該当人物がいるかどうか住民登録を元にチェックしてもらうと、厚別区に該当人物と思われる女性がいた。更に調査すると、札幌理科大学の4年生に同姓同名で年齢も合った女学生が実際に居ることがわかった。早速大学側に詳細を問い合わせたものの、6日前から大学の研究室に顔を見せていなかったという。大学から連絡を受けた、実家の稚内の祖父母も心配して3日程前に来札し、アパートを訪ねたが行方は掴めていなかった。そして、景子が住んでいた厚別東地区を管轄する厚別署に、景子の行方不明の届け出を出していたことも判明した。


 警察の聴取では、両親が幼少期に既に交通事故で他界し、稚内居住の豊かではない母方の祖父母の元で育てられていた。学費のほとんど全てに加え生活費まで自分で稼ぐ必要があり、入学直後から風俗店でバイトしていた様だ。


 厚別署の生活安全課の自宅チェックでは、特に荒らされた様子も無かったものの、置き手紙なども発見されなかった。とは言え、突然居なくなる理由も見当たらず、念の為近所の監視カメラなどをチェックしたが、近くのコンビニで買い物した姿が最後となっていた。


 その後は、犯罪に巻き込まれた可能性を考慮しつつも、自発的な蒸発の線も捨て切れず、厚別署としても積極的に捜査はしていなかったらしい。勿論、今回の事件発覚で改めて徹底的な捜査が開始されることとなった。事件から2日後の今も景子の行方は未だ掴めないものの、室内のパソコンのハードディスクを解析したところ、一度消去したと見られる、祖父母に宛てた驚きの事実をほのめかす文面を復活させることに成功した。


 中味は、まず高須が殺害したとされた女児の殺害に実際に関与したのが自分、つまり景子自身だという信じられない告白から始まっていた。その犯行理由は、高須がまさに主張していた、高須に女児殺害の罪を着せる為だったという。元々、貴代と同じ風俗店に居た頃から高須は景子もたまに指名していたようだ。


 一方で景子は、生命サイエンス学部に通っていたので、学年が3年になり研究がかなり忙しくなったらしい。貴代と一緒の店を辞めざるを得なくなり、その結果学費と生活費を賄うことが困難になりつつあったようだ。更に大学院への進学も考えていたことので、客であった高須から400万程借りていたらしい。しかしながら、代わりとして高須が景子を愛人扱いしたがったため、景子が会うのを渋るようになると仲違いするようになった。すると、今度は景子に借金をすぐ返すようにしつこく迫り始めたということだった。ただ、「時期が来ればきっちり返してもらう」という捨て台詞染みた発言の後は連絡はなかったという。しかし、借金問題が根本的に解決したわけではないので、いつまた急な返済を要求されるかわからない恐怖はあったと記されていた。勿論、返済する意思は当初あったようだが、少なくとも「社会人になってから徐々にというのが限界」という記述は、本人ではなくても理解出来るものだ。


 そこで、高須の強姦での逮捕歴については以前から高須が吹聴していたこともあり、高須に殺人の罪を着せて借金問題自体をチャラにすることを計画するようになった。尚、高須からの400万の借り入れについては、景子の自宅にあった銀行口座の通帳の振込からも事実だと確認出来た。ただ、これらの点は景子の知人などに確認したが、周囲は特に聞いていなかった。とは言え、風俗嬢のアルバイトをしていたこと自体周辺には黙していたのだから、その絡みでの交友や借金などの話をしていなくても全く不思議ではない。


 また、高須自身を亡き者とすることも景子は考えていた様だが、借金問題で自分が疑われる可能性が高くなることから、高須を犯罪者として長期収監させる方を選択したらしい。また被害者を幼女としたのは、1人殺害での長期収容は、悪質な性犯罪による殺人の方が確実という、まさに悪魔の思考からだったと告白していた。殺害自体は自分で行わず、文中では名前が伏せられていた「ある人物」に100万の金銭で依頼したという。


 その上で利用することになったのが貴代だったらしい。借金問題の後、仲違いのせいで高須とは疎遠になっており、高須の精液を入手するには、退店してからも交流のあった貴代を頼る必要があった。そこで高須が来店して貴代とプレイした後、使用済みのコンドームごと景子に渡し、それを景子が保有するという形を取って、女児を殺害した後、そのまま現場に精液を残すという作戦を考えたという。貴代には一定の金銭を払うことを約束していたとあった。


 そしてこの際重要だったのが、景子が専攻していた学科だった。バイオテクノロジーの研究をしていたので、液体窒素並びに専用の保管容器を大学で入手出来たことにより、比較的状態の良い状態を保った精液を何時でも利用出来たのだ。その上で依頼人物に液体窒素を利用出来る保管容器ごと委託したらしい。対象とする女子児童については、高須の家から遠くない場所で、他の人間に気付かれずに犯行を完遂出来る様な相手を、依頼した相手に探させていたと書かれていた。


 ただ、その後女児殺害のニュースや高須の逮捕を受け、事情をある程度察した貴代が景子を脅迫し始めたという。当然景子としては貴代が邪魔になり、最終的に殺害してしまったという告白だった。


 そして、2人も殺害してしまったという事実に、さすがに良心の呵責に耐えられず、しばらく1人で考えたいということだった。かなり自殺を匂わせる文面だった一方、それを消去したということは思い留まった可能性もあるが、行方不明のままである以上、既に自殺した可能性も当然無くはない。


 何れにせよこの内容が事実であるなら、高須は「女児殺害直前に貴代に相手をしてもらった時に、精液を取られて嵌められた」と主張していたが、その時の精液でなかったとしても、奇しくも見立て自体はほぼ正解だったことになる。但し、それを利用したのは貴代ではなく、景子だったという全く別の展開が待っていたのだ。


 また、貴代が自分と付き合いがあることを高須には言っていないことも、しっかり確認していたことが告白文には書かれていた。もし事前に関係が高須に知られていると、自分が疑われる可能性もしっかり考慮していたらしい。実際高須がもしそれを知っていたら、借金の件で揉めていた以上、飯田景子の名前を高須が口にしていてもおかしくはなかったはずだ。


 この点について、早速女児殺害事件の捜査本部は高須に確認すると、しばらく景子には会っていなかったので、その点は全く考えていなかったということだった。しかも、景子の通う大学自体は聞いていたが専攻については全く知らず、「単に理系だから金が掛かる」ということで金を貸していたという証言が得られた。景子の方が精液を利用して嵌めようとしたという認識は無論皆無だったらしい。佐藤貴代が飯田景子との関係を高須に伝えていなかったことを飯田景子が確認しておいた意味は確かにあったようだ。


 また、高須と飯田景子の間の接触については、高須と飯田景子のそれぞれの通信履歴を見る限り、確かに一時期までは頻繁に連絡を取り合っていたが、告白文や高須の証言通り、半年程前から没交渉になっていたのが見て取れた。高須は、実は貸した金自体は返済してもらうつもりは無く、本人が愛人になることを拒否してからは、正直「やった金」という認識だったという。確かに没交渉にした時点で、高須の認識はある程度証明出来ていたので、そうだとすれば飯田景子は余計な殺人を2つも犯したことになるのだから救われない。


 そして、改めて事件当日の景子のアリバイをチェックすると、当時は大学の研究室の他の学生と共に残って実験しており、彼女自身による直接的な犯行はあり得なかった。つまり、「依頼した」という本人の手紙の内容とこの点は合致した。


 これを受け、最終的に道警本部は、女児殺害と貴代殺害の2つが景子によって実行もしくは企画された可能性が高いと判断。2つの事件を統合した特別捜査本部を中央区の道警本部内に設置し直すことを決定。すぐに景子の行方を追う為、公開指名手配をすると共に、殺害が依頼された可能性、もしくは依頼相手を知っている可能性のある景子の周辺人物の事情聴取など、総勢200名の捜査員を動員することにしたのだった。


 しかし、この展開は同時に道警にとって手痛い現実をもたらすことになる。つまり、勾留中の高須は無実である可能性が出て来た上、高須の逮捕の心労により、高須の父が自殺するという事態についても大きな責任を負うことになったからだ。マスコミにも公開捜査の協力を要請している以上、高須の無関与の公算が高まったことを周知させない訳にも行かず、高須の釈放と共に道警側は刑事部長である菊池が謝罪・釈明会見を行う事態へと追い込まれた。当然のことながら、マスコミの批判は全国的なものとなり、トップニュースで連日扱われるレベルにまで高まっていた。


 

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