自殺

第9話自殺1

 竹下から話を聞いて数日後、吉村から急に電話で連絡が入った。その内容は思ったより衝撃的なものだった。


「西田さん……。高須の親父、高須義隆が二日前に自殺しました。まだ報道はされてませんが、そろそろ出て来るかと」

「えっ……」

思わず絶句した西田だったが、それに構わず吉村は続ける。

「義隆の家も、西署うちの管轄の、義雄の家と同じ宮の森地区にあるんで、西署に2日前の早朝、住み込みの家政婦から連絡がありまして……。あ、義隆は義雄の母親と離婚してからずっと独身なんでね……。それで近くの交番はこから署員が駆け付けると、寝室で既に薬物を飲んで死亡済みだったそうです。パソコンのワープロソフトで書かれた遺書もあって、やはり息子の不始末を苦にした自殺の様でした」

自殺と聞いた時点で確信してはいたが、自殺の原因は義雄の女児殺害容疑だったらしい。高須家並びに高須リアルティの社会的な評価を、「全国放送」で大きく損なうことを仕出かしたのが、甘やかしていた愛息となれば相当のショックを受けておかしくない。まして高齢で、現役の会社社長であっても精神面の耐力も落ちているはずだ。


「それで薬物は?」

「詳しいことはわかりませんが、闇サイトみたいなところで購入出来る、ペントバルビタール? とかいう日本では用いられていない強い催眠薬で、元はメキシコ辺りから入ってくるらしいです。義隆のパソコンからは、インターネットでアクセスして注文した形跡がありました。家政婦の話では、前日に義隆が居ない時に荷物が届いたので、それに入っていたのではないかということだそうです」

「受け取ったのは、発見した家政婦と同じか?」

「いや、家政婦は2人居て、自殺体を最初に発見したのは若い女で、荷物を受け取ったのは義隆の家で長年勤めているベテラン、もう70過ぎの老婆だったようです。何でも息子の義雄が生まれる前から高須家に勤めているとか何とか」

「そうかわかった……。特に他に何かあったわけでもなく、完全に心労からの自殺と見て良さそうだな。しかし、バカ息子は実質2人殺したことになるのか」

西田は唸るように漏らしたが、どんな形であれ、人が警察沙汰になる不本意な死を遂げるのは、刑事畑の長かった西田にしても未だに気分の悪いものだ。まして殺人事件に、それを苦にした加害者の家族の自死まで加わるとなると尚更である。


「それで、高須には伝えたのか?」

何とか気を取り直して更に状況を尋ねた西田に、

「ええ。弁護人の方から。高須と義隆の関係は険悪気味だったそうですが、さすがに自分のせいで父親が自殺したとなると、その後の取り調べでも神妙だった反面、『こんなことになったのは警察のせいだ。俺は犯人じゃない!』と息巻く場面もありました。まあ本当にそうならその怒りもわかりますが……」

吉村は同情というより、明らかに高須本人の無責任さへの怒りがふつふつと湧いてきている様に、西田はスマホ越しに声を聞きながら感じていた。


「とにかく今回は、世論は警察叩きの方向には行かないと思うし、お前たちはこれまで通り捜査して立件していくしかないわけだ。勾留延長もするんだろ?」

「はい。明日請求します」

気分を変えようとしたのか、今度はさっぱりとした口調で返した吉村だったが、その声とは違い、表情にはまだ困惑の色が浮かんでいるのではないかと、西田は勝手に想像していた。


※※※※※※※


 翌日の朝のニュースで、義隆が自殺したことが報じられ始めたが、世間的には、西田の予想通り警察側の責任を問う声は全く無かったと言って良かった。この点は、捜査本部もわかっていたこととは言え、かなり安心したろうと西田は考えていた。さすがに女子児童を性的な目的で殺害するという、「鬼畜」な行為をした容疑者自身に、父親の自殺の原因の矛先は完全に向いていたのだった。


 一方の高須は、結局更に10日間の勾留延長に入って、父親の通夜や葬儀に出席出来ず取り調べを受け続けることとなったが、未だに事件への関与については完全否認を貫いていた。警察側も状況証拠である高須の精液以外の決定的証拠は出せずに居たので、まさに膠着状態だったのだ。このままでも起訴する為には十分な材料とは言え、吉村は事件関与の決定的な証拠が出てこない限り、気持ち悪い心境に置かれたままであることもまた事実だった。それは、高須を完全には追い詰めきれていないというモヤモヤ感と同時に、万が一高須が本当に事件に関与していなかった場合の怖さの両方から来ていた感覚だった。

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