第8話序章8
それから数日の間、報道上は事件に特に動きは見られなかった。吉村からの連絡も訪問も無かったが、竹下が高須義雄を始めとした、高須家の詳細な情報を持ってマチュアに突然現れた。西田が要求した訳ではなく、単に北海道を代表する不動産会社の御曹司が殺人の被疑者となったことで、竹下の興味を惹いただけらしい。そしてその情報は、高須リアルティの会社関連のモノはほとんど無く、ほぼ高須一族についての情報だった。
高須不動産の創業者でもある、高須義雄の祖父・
1982年に、息子である義隆に高須不動産を譲った後は、高須不動産がバブルで更なる急成長を遂げ、会社名も高須リアルティに改名したのを見届けた1989年に他界している。
高須リアルティの中興の祖でもある義隆もまた、父同様「女好き」で若い頃から愛人を囲っていたとされるが、これまた父同様に唯一の嫡出子である義雄に会社を継がせるため、
尚、義雄の母であり、唯一義隆が婚姻関係を結んでいた妻の昌子(離婚後旧姓の田原に戻す)もそのような容貌だったとのこと。結局義隆の女癖の悪さから離婚したものの、跡継ぎである義雄を置いていかざるを得なくなったらしい。離婚した1979年から2年後の1981年に他界している。
そして義雄だが、幼少の頃より母親と生き別れた上、その後母が死んだこともあって一度も会えなかったことからも、父・義隆に対する複雑な感情を持ったまま成人したとされる。一方で、父である義隆の方はと言えば、跡継ぎとして義雄を溺愛しており、金銭面でも割と贅沢な暮らしをさせていた。
そんな義雄だったが、祖父と父から「女好き」の気質を受け継いだせいか、はたまた源氏物語の光源氏と母である桐壺更衣の関係同様だったか、亡くなった母の面影を追うかの如く、華やかな女性遍歴を重ねていたらしい。
しかし、少なくとも「恋愛関係」前提の女性遍歴が40前にして、性風俗店や買春にまで手を出す様になって、挙げ句強姦事件を引き起こすなど、最近の義雄の所業には違和感を覚える近親者も多かったとされる。同時に、義隆もそんな息子の暴れっぷりに手を焼きつつも、溺愛している息子だけに歯痒い思いもしていた様だ。因みに竹下は、高須が学生時代に強制猥褻絡みの前があったことについては知らなかったという。
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「しかし江戸時代に『好色一代男』なんて話があったはずだが、3代続けて女好きとは恐れ入ったな。まさに遺伝だろうなこりゃ」
西田は竹下の報告を聞き入った後に、妬み半分で感想を漏らしたが、
「それはそうとして、遺産相続でトラブルを起こさない点は、変にしっかり考えてますよ。勿論、認知してなくても、調停やら請求訴訟で認知せざるを得なくなる(作者注・後述)こともあり得ますけど、それはそれとして」
竹下はむしろ感心した様子だった。
「しかし、今度の件で義雄が立件されるとなると、目論見が外れて、世間体から義雄に会社継がせるのは、オーナー会社でも到底無理じゃないの?」
率直な疑問を口にすると、
「社会的な影響も大きい事件で、それなりの規模の会社ですから、まず無理だと自分も思います」
竹下も頷いて見せた。
「結局世の中そうは上手く行かなかったってことになるか……。俺達は幸か不幸か、相続やら女関係のトラブルも無く、そういう心配は無くて良かったよな」
西田の自虐的な苦笑いに、カウンターで横に居た由香は、
「当然よね。そもそもウチの人はモテないし」
と竹下に目配せしながら軽目の悪態を吐いた。
「全く以て奥さんの仰る通りです」
冗談交じりに大袈裟に同意した竹下に、
「おいおい! そっちの味方になるなよ!」
苦笑しながらも苦言を呈した西田だった。だが、
「しかし、西田さんもどっかで思ってるんでしょうが、この事件そんなにすんなり解決するんですかねえ……。普通ならそうなんでしょうが……。何か気になる」
と竹下は含みを持たせた言い方をした。
「それは何とも言えんな。俺も現役で捜査してる訳じゃないから……」
そう否定したものの、西田もまた、心のどこかに引っ掛かりは残ったままだったのも事実だった。
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高須が紫苑を殺害したと見られる証拠は、現場に残った精液の状況証拠だけという状況が続く一方で、刑事弁護を父・義隆から頼まれて行うこととなった、刑事弁護で札幌地域ではやり手と知られる木村弁護士の助けも借り、高須は黙秘もしくは完全否認という「戦法」を継続していた。但し、警察や検察側としては、遺留精液の存在のみで、「強力な状況証拠」として起訴から公判維持まで押し通すつもりでもあった。まして、日本の刑事裁判では検察側圧倒的有利の現実がある。状況証拠だけでも立証有利な状況からして、それで十分だと思ったのもおかしな判断ではあるまい。しかしながら、最初の勾留期限から更に勾留が延長された中、事態は思いもかけないことから動き始めた。
※※※※※※※作者注・後述
非嫡出子が、血統上の実父に対して父子関係の確定を求める裁判手続を、総合的に「認知の訴え」と呼ぶ(民放787条)
この認知の訴えの大前提として、まず家庭裁判所での「調停」を申し立てる必要がある(調停前置主義)。その調停での審判において、実父が認知することに合意し解決に至った場合には、確定審判は確定判決と同等の効力を有する。
一方で審判で合意に至らない、つまり実父が認知をしない場合には、地裁へ「認知請求訴訟」を提起することが出来る。ここからはいよいよ裁判で認知が認められるか否かが決められることとなる。
また実父が既に死亡している場合には、家裁での調停は行われず、いきなり認知請求訴訟を提起出来(死後認知)、この場合の被告は「検察官」が代理して行われる。尚、死後認知の場合、3年以内に訴訟請求する必要がある。
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